019 お弁当

「ごはんだよ! ほらっ、星矢くんも太陽くんも机ひっつけて!」


 今日は騒がし娘の水里さんがいるためこんなにも明るい。

 1人やっぱりこーいう担当がいるとグループの雰囲気も違うよね。昨日は遠慮がちだった弓崎金葉ゆみさきかなはさんも水里さんがいるため表情が明るい。


「水里さんがいてくれると安心です」

「ありがと~金葉ちゃん、大好き!」


 水里さんは飛び込むように弓崎さんを抱き着く。水里さんってボディタッチ多いんだよね。美少女同士の触れ合いは眼福だけど、目のやり場に困る時がある。


「ふむ、金葉ちゃん。また大きくなったな」

「な、なんてこと言うんですか!」


 そして耳のやり場にも困る。異性の前では言わないでほしい。ほんとデリカシーないよね。下種な話だけど、弓崎さんはこのグループで一番大きい物を持っている。身長低いけど、頭と胸が……すごい。


「水里くんは相変わらずだな」


 教室の扉を開け、入ってきたのは大層華美な美少女……いや美女だな。

 腰まで伸びた霞色の髪は素人の僕でも分かるくらいしっかり手入れされており、凡人の僕は呆然と見上げてしまうのみだ。

 しっかりとした口調でとても同学年と思えないほど大人びた彼女の名は九土原彩花くどばらさいか

 僕達は彼女を九土さんと呼んでいる。2人ほど除いて……。


「それが私だよ、彩ちゃん!」


 彩ちゃんと呼ばれこめかみを少し動かす九土さん。かわいい下の名前で呼ばれるとむず痒いらしい。僕として下の名前呼ぶのが苦手なので九土さんの方がありがたいけどね。

 彼女が僕のクラスで最後の特進科の生徒。これで5人集まりました。見ろよこの眉目秀麗、容姿端麗な連中。僕だけ場違いだよね。


「星矢」

「なんですか先輩」


 星矢と九土さんは軽い小話を始める。

 実は九土さんは小学校卒業後ずっと海外にいたこともあり、1つ年上で同学年なんだよね。

 この2人小学校が同じで実は割と意味深な仲だったりする。今も星矢が先輩と呼ぶ時点でちょっと怪しい。

 過去にいろいろあって、現代の今、再会したという……ラブコメが始まりそうな関係だ。

 5月に再会した時なんてすごかった。全校生徒の前で九土さんが星矢に愛の告白してたからね。 

 そんな感じで九土さんも星矢に好意を持っている。


「太陽くん」

「は、はい!」


 話が終わったと思ったら九土さんは僕に話かけてきた。

 九土さんって大金持ちのお嬢様でもあるんだよね。正直言うと苦手です。美人すぎて苦手というものがある。


「もう体はいいのか? あの7月のあの時……相当なケガだっただろう」

「たいしたことはないよ。3週間ぐらいで退院したし、元気元気」

「本当に申し訳なかった」


 九土さんは45度の角度で頭を下げた。

 7月下旬のあの出来事。あれは単なる事故だ。むしろ手際の悪い僕の責任が多いくらいだ。旅行を企画してくれた九土さんに落ち度はない。

 入院時もそう言ったんだけど……真面目な人だからなぁ。普段はからかい上手なのに。

 こういう時は……。


「前も言ったけど九土さんに落ち度はないよ。謝られても僕も困るし、これで終わりにしよう。それより冬休みのことを考えよう。スノボーいや温泉かな!」

「君はまったく……」


 この話題は強制的に終了させた。あの時のことは別に思い出す必要なんてない。もう終わってしまったことなんだから。


「何かあったんですか?」


 昨日と同じで月夜が教室にやってきた。ちょっどいいタイミングだ。

 僕達5人の雰囲気も柔らかなものに変わった。助かるよ。


 やっぱり月夜は僕の机の上で弁当を広げる。女性陣の机にすればと思うが邪険にあしらいたくはない。

 各々弁当を広げて昼食を取る。6人揃うと会話は弾む。だけど……。


「星矢君」

「星矢」

「神凪さん」


 話題の中心はいつも星矢である。このグループは星矢を中心として集まり、存在しているのだ。僕は星矢がいなければこのグループに加わることはなかっただろう。

 外の連中から星矢のおこぼれをもらうのか? なんていじわるなことも言われるけど……僕はそんなことを思ったことはない。

 星矢は最後に誰を選ぶのか……この恋の行く末を僕は見守りたいのだ。この高校生活一番の楽しみなんだ。


 ただ、そんな僕の思いを乱すのが……隣にいる……この女の子。


「太陽さんちょっといいですか?」


 月夜は机の側に置いている通学カバンからタッパを取り出した。

 少し遠慮がちに僕の弁当の横にそれを置く。


「これは?」

「昨日ちょっと試しに作ってみたんです。弁当のおかずにしようか……ちょっと迷ってて、味見してもらってもいいですか?」


 星矢じゃダメだったのだろうかと思ったけど月夜の料理を食べられるならそんな問いをする必要もない。

 タッパの上のフタを開けると卵焼きが2切れほど入っていた。

 さっそく1切れ頂きましょう。箸でつまんで口に持っていく。月夜がじっと見ているのがすごく食べずらい。

 ネギとなんだろう、カニカマかな。味もちゃんとついていて……おいしい。


「すごく美味しいよ。本当に月夜は料理が上手だね」

「――っ! あ、ありがとうございます」


 素直に美味しいと思う。もう1切れもいただきご馳走様でした。

 月夜は嬉しそうに、でも表情を大きく変えないように唇をぐっと閉じる。そんな様子の月夜が微笑ましかった。

 僕じゃなくたってきっと美味しいと言ってもらえるよ。


「月夜の料理だったらいくらでも食べられるよ」

「…‥じゃあ、また作ってきてもいいですか」


 ほんのりと頬を緩めている姿がとてもかわいい。思わず見とれてしまいそうで言葉を出せず頷く。

 やったと小さく声を上げる様子を見ると思わず胸がドキリと来る。本当に優しくていい子だ……。

 今週の昼食は楽しみだな。

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