016 下校

 夏期講習1発目の授業が終わり、各々帰る時間となった。

 特進科は勉強第一という所もあり、部活動の参加は緩い。野球部やサッカー部等練習が激しく、集団スポーツへの参加は基本推奨されていない。

 体育科、普通科のメンバーで構成されているから仕方ないよね。

 特進科の生徒は文化部がほとんどだ。星矢も弓崎さんも文化部所属となっている。僕は中学からやっていたこともあり陸上部に所属している。

 この学校の陸上部はそんなに強くないのもあってゆるゆるだ。僕には案外そういう所がちょうどよかったのかもしれない。

 サボリすぎると監督に怒られるから適度には行くんだけどね。


「だけど……今日の部活は朝だったのか」


 星矢はバイトがあるといって早急に帰ってしまった。夏休みは稼ぎ時だから仕方ないよな。

 明日は昼からだから参加はできるけど……暇になっちゃったな。

 図書室は夏休み期間は解放されていないし、図書館でも行くか。

 その時ポケットにしまっていたたスマホが震える。


「月夜からだ。陸上部……部活してないけどお休みですか? そうだよっと」


 送信完了。っと、次のがまた来た。ん、これは!


 なら一緒に帰りませんか。



 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 神凪月夜は間違いなくかわいい。100人いて多分99人はかわいいと声を上げて叫ぶだろう。

 実例として瓜二つの兄、神凪星矢かみなぎせいやが昨年秋に行われる学園祭イベントでミスター・恒宙こうちゅうに選ばれたくらいだ。

 今年は月夜がミス・恒宙こうちゅうに選ばれる可能性が高い。


 そんな女の子に帰りませんかと言われる僕は……何者なんだろうね。

 月夜には非公式ファンクラブがあるようでその内そいつらから闇討ちされそうな気がする。


 最初の段階で見落として帰っておけばよかったな。

 僕は下駄箱で上靴から下靴へ履き替える。月夜はもう来ているだろうか。


「太陽さん、お待たせしました」


 今日は特進科の生徒しかいないから下駄箱もガラリとしている。

 普段、月夜のような女の子が下駄箱で男を待っていたら大暴動が発生するよ……。彼女の横を許されるのは兄の星矢だけだ。

 恒宙こうちゅうの女子のブレザーは白を基調として赤のチェックのスカートが魅力的だ。また胸の赤のリボンがワンポイントとして存在する。これを月夜が着るだけで本当に感動的な被写体となる。

 一度撮ってみたいけど……。


 校門を抜け、僕達は帰路につく。神凪家は学校と僕の家の間にあるので帰り道は最後まで一緒だ。


「今日図書館行くけど、月夜はどうする?」

「ごめんなさい、今日は友達と遊びにいく約束があって……、太陽さんの部活がないって先に分かっていれば断ったんですけど」

「断らなくていいよ! そんなに図書館行きたかったの?」

「そういうわけじゃ……ないんですが」


 月夜は小さく息を吐いた。栗色の髪は今日も風がふくたび、綺麗に流れる。

 また触りたいな……。って変態か! 満員電車で触れた時の感触が忘れられないんだよね。


「太陽さん?」

「なんでもないよ!」


 話題を変えよう。


「星矢の奴、あっという間に帰っちゃったね。走っていくからびっくりしたよ」

「あはは、私も下駄箱で見ましたよ。お兄ちゃんったらもう少し落ち着けばいいのに」


 あれ?


「月夜はいつから下駄箱にいたの。さっきお待たせしましたって言ってなかったっけ」

「……。そ、その、そ、そ、それは……授業が早く終わったんです! そうなんです!」

「は、はい」


 顔を紅くさせ、くりくりの二重の瞳で強く言われてしまったら僕はそれ以上の追求ができない。

 しばしの無言のまま、神凪家に到着した。


「それじゃ……また明日ね」

「あ、太陽さん」


 アパートの前で呼び止められた。


「週末は暇ですか?」

「え、ええと……どうだったかな。部活はなかったと思うけど」

「じゃあ、ちょっと付き合ってもらってもいいですか?」

「買い出し? それとも何か手が必要なの?」


 月夜は首を横にふる。真面目にまっすぐに僕を見つめた。


「その……、遊んでみたいと言ったらだめですか?」

「え!? えっと……その予定表を見てからでも」

「駄目です。ここで太陽さんを帰すと断る理由を考え出すので駄目です」


 くそ、僕の心理を理解してやがる。星矢だな、あいつが入れ知恵してるんだな。

 やりたいことがあるわけではないから別にいいんだけど……。何もないのに断るのはさすがに失礼だ。


「分かった。予定は開けておくよ、週明けだし、詳細は追々ということで」

「はい!」


 月夜は嬉しそうに笑顔を見せた。

 普通の女の子だったら意地でもいかないけど……月夜だったら僕は……どうしても応えてあげたくなっちゃうな。


 月夜に手を振り、僕も帰路につく。

 あ、星矢の奴……忘れ物してたの思い出した。月夜に渡しておかないと……。

 僕は急いでアパートに戻り、階段を登ろうとしたらそこで……月夜が座り込んでいた。


「誘えた……誘えたよぉ……まだどきどきする」

「月夜?」

「うっひゃあああああああああ!」


 月夜は奇声と共に飛び上がり、慌てて、後ろを振り向く。

 そしてすぐ、僕をぐっと睨みつけた。


「太陽さん……えっちです!」

「何で!?」


 月夜は階段を駆け上がり、家の中に入ってしまった。

 わ……忘れ物。

 僕は立ち尽くすことしかできなかったのだ。

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