005 満員電車

 選択を間違えてしまった。

 夕方6時過ぎ、馴染みで遠方にある古本屋の帰りに電車に乗ったんだけど見事通勤ラッシュに捕まってしまったのだ。

 学生は夏休みだけど世間は変わらないもんな。あと5年もすれば僕も仲間入りなんだろか。

 最寄駅まであと30分、今の主要駅で相当人が入ってきたからもうきつきつだ。

 ドア側は確保できたけど……、少し後ろに下がると別の人と肩が当たってしまった。


「すみません」

「ごめんなさい! えっ」


 その透き通った綺麗な声には聞き覚えがあった。


「太陽さん?」

「妹ちゃん!」


 僕の親友の妹、神凪月夜かみなぎつきよだ。最近よく会うとは思ってたけどまさかここで出会うことになるとは。妹ちゃんは触り心地の良さそうな白のブラウスにロングスカート。その美麗な顔立ちにさっきから視線を一身に集めていた。


「女性専用車両に行った方がいいよ」

「あんまり電車に乗ったことないんですけど、やっぱりそちらに行った方がいいんですか?」

「そうだね。妹ちゃんのような子は特に」

「でも太陽さんに出会えたからこっちの方がいいかな。でも今の駅で人がすごく増えちゃいましたね」


 微笑む妹ちゃんはマジで女神のようだ。運命の出会いみたいな顔をされたら嬉しくってきゅってくるよ。

 ただ、まだ到着までは時間がある。


「こっちに来な」


 僕は妹ちゃんの肩を掴んでドアの方へ押しやった。こんなかわいい子が満員電車に乗るのはいろんな意味で宜しくない。僕が壁にならないと……。

 到着までこっちのドアは開かないはずだから問題ない。


「大丈夫ですか?」

「だ、だいじょうぶ」


 電車が駅に止まり、人が入ってくる。正直な所かなり背中に圧力が来ている。我慢を解くと、僕が妹ちゃん覆いかぶさる格好となり、僕の精神がやばい。ん? 妹ちゃんと僕の目が合う。


「えい」

「ちょ!」


 妹ちゃんに我慢の方向とは逆に引っ張られ、妹ちゃんに覆いかぶさる形となった。変なところに触らないように両手はあげたままだが、体は密着だ。


「私は気にしないですよ」


 僕は大丈夫じゃない。


「でも男の人って胸板しっかりしてますね〜。ちょっと羨ましいかも」


 やん、駄目よ……そんなとこ触っちゃ!

 ラフなTシャツ1枚だったのはまずかったか。知り合いに会うと思わなかったもん。僕は顔を一度正面に戻す。僕の視界には妹ちゃんのくりっとした目とやや高めの鼻、ふわふわの唇で覆われる。

 くっそかわいいな、本当にこの子は!


 私ね……太陽さんのこと好きになったかもしれない


 耐えられず僕は顔を大きく上に背けた。

 あと胸板触りっぱなしなんだけどソフトタッチはやめてね!


「うお!」

「きゃ!」


 急カーブか急ブレーキか電車が大きく揺れ、バランスを崩した僕は左手を壁に突き立て何とか体勢を整える。まだ足りない。思わず右手が妹ちゃんの後ろ頭に触れてしまった。


「ごめん!」

「このままでいいですよ」


 そうは言っても……、背中まで伸びる妹ちゃんの栗色の髪。

 艶が出ていてサラサラだ。どんなシャンプー、リンスを使えばこんな髪質になるんだろう。あまりの触り心地の良さに右手で髪を解くように下へ滑らせる。

 滑らした手は髪を伝って、耳に触れ……そのまま頰に手のひらが触れたのだ。


「あ」


 僕の右腕の手のひらが妹ちゃんの頬を撫でる形になっていた。

 恐る恐る顔を向けると目をぐるぐるさせ、頰を赤らめて、体を震わす彼女の姿が……。どう見てもこれから口づけします……みたいなフリだよね。


「う、う、う、嬉しいけど、まだ、ちょっと早いような……」

「ごめんなさい」


 迷惑行為で訴えないでください……。

 このまま僕達は最寄駅まで過ごすのであった。

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