Page 6 転移の仕組み
「私はいま、王立魔法科学研究所にいるの」
「は?」
「だから、王立……もう、そんなことはいいんだけど。とにかく、いま向こうでは、私、眠っている状態なの」
「眠る?」
「そう。だから」
と言って話してくれた件は興味深かったが、ここでは置いといて。
それよりも、「いない」というのは、どうも俺には実感が難しい。リリスは幽霊のようじゃなく実体があって、つかめるし体温もあるから。「そこにいる」ことに変わりない。
それでも、その、なんだ。俺以外に見えない、聞こえない、さわれない……とかってのは、本体は向こうにいて、意識だけが魔法でってことが関係あるんだろうな。魔法の仕組みは何回聞いてもぽかんとしてしまうけど、俺にしか「見えない」ってことは、正確には俺だけに「見える」ってことらしいのだ。
なんかわからんが、ここにいて、ここにいないのがリリスだって。
彼女は眠っている。で、意識だけ飛んで……俺の前にいる。
それを知った時、正直にいうと、ガッカリした。
本当に。なんだよ、いないのかって。いや、いるんだけどさ、目の前に。
でも、ガッカリしたよ、試験官さま。ほんと……ああ、なんだろう。いま、嘘は書いちゃいけないルールは、結構酷だなって思った。こういう「悲しみ」を書く必要がどうしても出てくるから。俺はリリスが、本当はここにいないんだって知って、ちょっとだけ寂しく思ったんだ。
なぜって、それは、あの夢の話が関係している。だから迷っている。嘘は書かず、でもすべては書かないですむ方法があるような気がして、ただでさえどう書けばいいか悩むのに、さらに苦労して。
そりゃあね。すべて本当のことを書いてしまえばいいんだろうって思う。
小細工なんてせずに、ありのまま。俺の心のままに書けば。隠さずに、全部。
でも、試験官さま。たとえ、リリスがこれを読まないとして。実際、ちょっとこんな感じでいいか読んでもらおうとしたら、「ダメなんだって」と大慌てで拒否したところをみると、試験のルールの一つ、それもかなり重要度が高く、絶対リリスは読まないようだけど、それでもあなたに読まれるってだけでも、俺はかなり迷うんだ。
だって、もしかしたら、リリスの評価に関わるかもしれないし。
あとは……そう。俺にだって秘密にしたいことはあるから。
でも、その隠し事のせいでリリスが損するのは避けたい。ぜったい。
どう、試験官さま。俺も難しい立場にいるってわかってもらえるかな。
……なんて、思うんだ、け、ど。
魔法が存在する世界において、試験官をしているあなたには、俺のこの迷いもすべて筒抜けで、隠そうとしていることもバレバレなのかもしれない。それこそ、リリスがここに来る前から。
いや、もしかしたら。だから、リリスがここへ来たのだろうか。俺のところへ。だからこそ、来たってわけなんだろうか。選ばれた理由はそれ?
だとしたら……、それは……やっぱり魔女がすることだなって思う。ほんと、魔女だよ。喜ばせるつもりだとしても。リリスは全部、わかってて……
それとも、彼女は何も知らないのかも。
あなただけが知ってる?
試験官とかそういう権限がある人たちは周知ってやつなのかもしれない。
だから、リリスを俺の元に送り込んだ? 考えすぎかな。
俺は知らないことが多いし、リリスは秘密ばかり。
だから「気をつかわないで書け」ってことなのか。
リリスの評価に関わるかもしれない、なんて思うなって、ことだろ?
どうせ考えたところで、何が正しい判断なのか俺にはわかりようがないから。
でも、気はつかう。
なぜ、と思うなら、試験官さま。俺たちはそういう民族なんだと思ってくれ。
それか。俺はそういう人間なんだと。
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