Page 5 リリスの名前

 夢のことを書くつもりだったけど、とりあえず止めにする。いや、ちょっとどう書こうか考えようと休憩がてらゲームしてたんだけど、気が変わった。それよりリリスの名前について書く。


 魔女の名前だからか、それともそちらの世界では誰だってそうなのか。そもそも魔女以外の職業がどうなっているのかもよくわからないのだけれど、とにかくリリスが言うには名前を相手に教えるというのは、信頼を示す最大の方法らしいのだ。


 で、リリスは初日に名前を教えてくれた。研修では、そういうルールらしいけど。というか、まぁ、俺、忘れるし。全部最後は忘れんだから、どうでもよさそうなもんだが、とにかく彼女は名前を教えてくれた。信頼の証として。


 それが、こちらだ。


 ルガルガナンチャラピーピー……やめた。


 つまり、聞き取りづらいし長い。これが一般的なのか、そちらでは。

 まともに聞き取れたのは「リリス」だけだったからリリスと呼んでいる。

 いやがってないから、変なところを切り取ったわけではなさそうだ。


 こちらでは「リリス」に変な意味はない。日本語では、だけど。女性の名前ではあり得る。アマリリスとか花の名前だし。リリーは百合だっけ? 海外のイメージだ。イギリスぽい? フランスかな。日本人でも最近ではありかもしれない。


 キラキラネーム……って言ってわかるだろうか。

 そちらのデータに、あったらあったですごいけどさ。


 ともかく、俺のことをリリスは「ナオ」と呼び、俺は彼女のことを「リリス」と呼んでいる。そちらではどうか知らないが、呼び捨てはかなり親しい意味を持つんだ。だから俺たちは……なんだ、まぁ、悪い関係ではない。


 そう、それこそ信頼ある関係だ。俺とそうなるのは難しいと思う。いま、俺って、友達が少ないから。だからリリスはすごいんだよ。俺と普通に会話してて。そこは評価していいと思う。


 強引に巻き込まれて拒否権なんてなかったけどさ。相手は魔女だっていうし、拒否したり歯向かったりしたら、どうなるかわかったもんじゃない。


 ……まぁ、もちろん抵抗なんてしない。はじめから俺はすんなりこの現状を受け入れていた。こんなに異常で突飛な状況なのに。


 と、ここでやはり夢の話をしたほうがいいような気がしてきた。

 とはいえ、なにも夢自体はどうってことないはずだ。

 あなたはわかりきったことを俺がもったいぶっているように思えるかもしれないが、俺にとってはなかなか語りづらいってことはわかってほしい。


 だって、このノートに書いたことはすべて本当のことじゃないといけないんだろ? 嘘を書くとわかるって。どうやってわかるのか、それこそ魔法でどうかなるのか、リリスはあいまいな説明しかしてくれなかったけど、俺がたとえば嘘ばっかり書いてしまえば、それはリリスの評価に関わってくるとか。


 ここに書くこと、その内容で、リリスが異世界(と書いてあってると思うが)に来て、人間とどう交流したか判断するらしい。嘘ばかり書くようじゃ、ホストである俺と信頼関係が結べてないってことになり、成績が下がるってことなのかな。


 そうなると、やっぱり俺は重大なことを負かされてるんだなって気がして、何をどう書けばいいのか、すっげー、プレッシャーを感じるんだけど、リリスは「素直に書けばいいの、私を必要以上に良く書くとかしないで。あなた、試験が上手くいくようにって、褒めそうだけど。それはナシ。素直に」なんて言うんだ。


 だから、それが難しいっての。わかんないかな。


 嘘はなしというルールだから、ここでも書いてしまうが、俺はリリスに自分で「記録」を書いたらどうだって提案した。それを俺がノートに書けばいいと、俺の字で。いい案だと思った。楽そうで。


「ダメだって。それに、もし私が書いたとして、あなた字が読めないでしょ」


 これは盲点だったね。リリスの書くそちらの文字は読めない。まったく。

 リリスが名前を言ったとき、「わからないから、書いてくれ」とメモ用紙を渡したけど、書いてもらった文字は良く言えば記号、悪く言えばナメクジの這ったあとのようだった。読めるわけがない。


 でも、リリスはこちらの字が読める。正確には読めているわけじゃないらしいが。魔法で読めるようになる、とか、意味がわかる、とからしい。言葉に関してもそう。魔法で解決。


 そうだ。その時ついでに説明してもらったことによると、実際にはリリスはこちらの世界には来ていないらしいな。来ていないというのは、体が、という意味で。リリスの本体はそちらの世界に残ったまま、意識だけがこちらに飛ばされているんだって。

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