第225話 だから彼女は出てこない

 そんな出来事が起きても学園祭は続く。

 忙しい間を縫って実演や展示の合間にあちこち他に出向いたりもする。

 タカス君は掘り出し物を見つけたと上機嫌だ。

「やっぱり女性の描いた百合物は違うよな」

 そう俺に話してくれたが俺は作者を知っている。

 奴はペンネームこそ女性名だが実は男だ。

 だがその件については彼には言わないでおこう。

 知らない方が幸せな事も世の中には沢山あるのだ。

 他にも学園祭とは関係無いが彼が追っかけている作家の新刊本が出たらしい。

 まさかユキ先輩達が動画の前にこっそり会議室で描いていた奴じゃないよな。

 確かめていないのでその辺は不明だけれども。


 俺自身もそこそこ成果を手に入れた。

 数少ないクラスメイトのミササ君との付き合いで手に入れた文芸部の同人誌。

 これが思ったより面白かったのだ。

 他にもなかなかいい感じの音を奏でる自動オルゴールとか。

 来年のいい感じのカレンダーとか。

 買い食いでも焼きそば屋があってこれがなかなか美味しい。

 この国で一般的な麺と違う、前世日本風の麺の焼きそばだ。


 勿論この焼きそば屋には俺が絡んでいる。

 ひと月前ミササ君から相談されたのだ。

『文芸部で金が無いので模擬店をやりたいんだが、他と差別化で出来るような食べ物は何かないか』

 文芸部では同人誌を毎回出している。

 既刊を読んでみたところなかなか面白いのだが収支は良くないらしい。

 可哀そうなのでラーメン麺の製法を教えた訳だ。

 更にそれで簡単に作れるメニューとして焼きそばのレシピも。

 実は俺はラーメンらしい麺を食べたいなと前々から思っていた。

 スパゲティを重曹で茹でると近い物にはなるがやっぱり微妙に違う。

 でも俺自身研究を抱えていて麺のトライ&エラーなんてできる状況にない。

 そもそもうちの研究会では忙しすぎて試食販売等も出来ないだろうし。

 だから誰か他の人開発してくれ、という想いを彼に託した訳だ。


 今回は麺以外は簡単に出来るよう、出品メニューは焼きそばのみ。

 それも適当なソースが無いので塩焼きそば。

 ソースが焼けるあの匂いは残念ながら無い。

 でも目新しいのとコストパフォーマンスが高いのとで大いに売れているそうだ。

 実際に食べてみたけれどなかなか完成度が高い。

 前世で知っているものと遜色ない出来だ。

 あとはソース焼きそばとか、できればラーメンの類も開発してほしい。

 なおソース焼きそばのソースは出来れば甘目が俺の好みだ。

 出来れば広島風お好み焼きなんて開発してくれれば最高!

 勿論この世界にオ●フクソースは無いけれど。


 そんなこんなでついに最終日。

 アンコールに応えて模型飛行機を2回飛ばし、やっと減った質疑応答をなんとか終えて教室後ろの休憩スペースに戻ると。

 アキナ先輩にシモンさんとタカス君、ナカさんがお客さん4人と何か話していた。

 客のうち3人は知っている顔。

 1人は初顔だ。

 知っているのはターカノさんとこの前来た『他の学校の研究室』の2人。

 残り1人も中等部くらいの女子だ。

 あの副院長はいないよな。

 とっさに周りを見回す。


「今日は副院長はいませんよ、ご心配なく」

 ターカノさんにそう言われてしまった。

「副院長はああ見えてちょっと過保護なくらい心配性なんです。前回は知らない場所へ行くという事で心配だからとご自分も同行された訳です」

「普段も忙しいと言いながら研究室によく顔を出すよね」

「この前帰った時はちょっと落ち込んでいたよ。せっかく学生気分で行ったのに顔バレしていてつまらなかったって」

 なるほど。

「それで頼んでいた材料とかタイヤの試作品を持ってきてもらったんだ。だから早速研究室で試そうと思って」

「熱気球や飛行機をしまいに行くのと一緒に行こうと思って待っていたのですわ」


 状況はわかった。

 この面子の理由もわかる。

 研究室代表と技術担当、それに警戒兼接待兼隠蔽魔法解除担当だ。

 そんな訳で飛行機セットを俺が、熱気球セット入り荷車をタカス君が引っ張って研究室へと向かう。

「向こうの学校の方がやっぱり大きいのかな」

「単体の大きさはここの方が大きいですね。オマーチの学園は敷地が手狭になってあちこちに分室を作っていますから。こちらの皆さんの研究室も分室にありますし」

 もうオマーチの学校だという事を隠さない模様。

 まあ副院長が顔バレした以上は隠しても無駄だよな。

 高等部外れの教室から研究院はすぐ。

 そんな訳であっさりと俺たちの研究室にたどり着く。


「色々なものがあるようですね。様々な隠ぺい魔法がかかっているようですけれど」

 普段使わない部分には逆鑑定魔法と隠蔽魔法をかけている。

 特に学園祭中は様々な人が学校内に入ってくるから念のためだ。

「色々ありますけれど、まずはタイヤを使う蒸気自動車から行きましょうか」

 そう言われてから気付く。

「そういえばタイヤとか材料とかは何処にあるんですか」

「空間系魔法使いのとっておき魔法、アイテムボックスに収納中です。普段はまず使わないのですけれどね。今回の製品が大きくて重かったので」

 アイテムボックスも空間系魔法のひとつだったのか。

 よし今度頑張って使えるようにしてみよう。

 まずは蒸気自動車にかかっている魔法をそれぞれ解除する。


「なるほど。乗合馬車より少し大きいくらいの大きさなのですね」

「これでも馬がいらない分馬車よりは小回りがきくよ」

 ターカノさんに新しいタイヤを出してもらって、俺とシモンさんの工作系魔法で交換する。

「工作系魔法でないと交換できないのですか」

「一応ネジで交換できるようにしてあるけれどね。車体を何かで持ち上げなければならないし、タイヤも重いし。だから工作系魔法でやった方が簡単かな」

「これでどのくらいの速さで移動できるのでしょうか」

「馬車より遥かに早いよ。道さえ空いていれば最速の飛脚人を追い越せるし」

「以前乗せていただきましたけれど、あれは少し速すぎましたよね」

「ターカノさんも乗られた事があるのですか」

「2度ほど。今と少し形が違いましたけれどね」


 ちょっと思い出したことがあるので聞いてみる。

「そういえばこの蒸気自動車を量産する話はどんな感じですか」

「ジゴゼンが頑張って試作品を作っている最中です。タイヤは先に届けてありますし形も既にできているのですけれどね。蒸気機関以外にもハンドルが中心に戻る強さとか、段差を乗り越えたときの振動を消すバネとか色々調整する場所があって、なかなかいい感じにならないって言っていました」

「もうその段階まで作っているんですか」

「あの人はあの人なりに天才でして。一度魔法で見たものは再現できるというとんでもない人なんです。でも流石に今回は苦労しているようですね」

 なるほど、シモンさん以上にチートなお方という訳か。


「前に蒸気ボートを改良して頂いた事があったじゃないですか。実はあれの開発にもジゴゼンが絡んでおりまして。彼女なりの自信作のつもりでしたけれどああも見事になおされてしまって凹んでいたんですよ。ですので蒸気自動車は絶対元のもの以上にしてやるって力が入っているんです。ですから先日も今日も来なかった訳でして」

 何か悪い事をしたなあ、という気分になる。

 蒸気ボートの時はシモンさんがあれでもかこれでもかという感じで新機構を入れまくってしまったしさ。

「それでは次にその蒸気ボートを見てみましょうか」

 俺とナカさんでそれぞれ魔法を解除する。

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