第207話 試運転びより

 学園祭の2週間前の安息日。

 この日は朝から綺麗に晴れた。

 風も無いし絶好の飛行びよりだ。

 まずは熱気球の試運転から。

 巨大なアンカーを6本、グラウンドに力任せに打ち込む。

 昨年同様これはシンハ君のお仕事だ。

 そのアンカーを気球セットに結びつけたら空気注入。

 今回は万能魔法杖を持った俺が一人でやってみる。


 温度120度の空気を作成して内部に注入。

 ちなみに『熱気球空気導入魔法』という魔法を予め記述魔法で作っておいた。

 だから『熱気球空気導入魔法、実行』で自動的に適温の空気が入っていく。

「これで空を飛ぶのだ。楽しみなのだ」

 今回の乗員はユキ先輩、タカス君、フルエさん、俺、シモンさん、ミド・リー。

 他の皆さんは下で待機だ。

「そろそろ浮くぞ」

 俺がそう言うのとほぼ同時にふっと足下に力がかかった。

 熱気球が浮き始めたのだ。

「凄いのだ凄いのだ。どんどん上がっていくのだ」

「こんな簡単な仕組みで空を飛ぶなんて不思議ですね」

 上昇速度がちょっと速いので心持ち気球内の温度を下げる。

 今日の気温とこの人数なら110度で大丈夫だな。

 それにしても他の人に温度を伝える事が出来ないのが面倒だ。

 多少誤差は出るとしても温度計は作るべきだろうか。


 気球はゆっくりと浮き上がって、やがて隣の丘より上まで出た。

 海が日光を浴びてキラキラしているのが向こうに見える。

 街ももうミニチュア状態だ。

「これは楽しいのだ。このまま旅行を楽しみたい位なのだ」

「まだそうやって旅行するノウハウは無いですからね。風向きとかを把握しないと」

「でもそれが出来れば空を旅する事も出来る訳ですよね」

「移動だけならもう魔法で出来る」

「それでは面白く無いのだ。空を飛ぶのが楽しいのだ」

 確かにこれはタカス君よりフルエさんの方が正しい。

 旅行はただ移動することじゃない。

 移動の道中を楽しむのもきっと大切だ。


 下からロープが引っ張られた。

 そろそろ降りてこいという事だろう。

「それじゃ降りますよ」

 気球内の温度を10度下げる。

 ゆっくりと下降が始まった。

「何か残念なのだ。もっと飛んでいたいのだ」

「学園祭では毎日飛ばしますからね。天気さえよければ」

「なら毎回乗るまでなのだ。あの万能杖を使えば私でも操作できるのだ」

 今年は俺の他にタカス君も鑑定魔法を持っている。

 だから熱気球の操縦補助について半分は彼に任せよう。


 さて、熱気球が終わったら今度は飛行機だ。

 カタパルトは既にセットしてある。

 プロポ代わりの操縦桿も準備完了だ。

「かなり煩くなりますから耳栓をつけて下さい」

 そう言って俺はエンジンを起動する。

 熱魔法で加熱した空気を入れればパルスジェットは簡単に始動する。

 出力が安定したところでロック解除。

 カタパルトで一気に加速して模型飛行機は飛び立った。

「おお、飛んだ飛んだ」

「問題はここからです」

 記述魔法を駆使した操縦がうまくいくかだ。

 操縦桿を右に回す。

 模型飛行機は斜めにスライドしながら高度が落ちていく。

 慌てて操縦桿を元に戻した。

 更に軽く引き上げ操作をして高度を上げる。

 結構難しいな、この操作。

 今度は右に倒しながら右に曲げる。

 うまく行った。

 模型飛行機は少し高度を落としつつも綺麗に旋回。


「綺麗に曲がったじゃないか」

「まだまだです。うまくこの校庭に着陸してくれるか」

 校庭を中心にして大きく旋回させつつ高度を上げる。

 燃料切れでエンジンカット。

 今度は旋回しながら高度が下がっていく。

 旋回の輪を大きくして、1離2km位先からこっち向きの進路にのせる。

 エレベーターを駆使して少しずつ高度を下げ着陸姿勢。

 鑑定魔法を駆使してもなかなか操作が難しい。

 それでも南東方向からほぼ最初の予定通りの高度で模型飛行機が降りてくる。

 一度着地してバウンドしたところでドラグシュートを開いた。

 模型飛行機は一気に速度を落とし、そして止まる。

「無事成功です」

 ちょっと安心。

 何せ模型とはいえ大物だ。

 校庭外で墜落したらけが人が出るおそれもある。

 何とか無事着陸してよかった。


「いいな。これが実用化されれば本当に空の旅が出来る訳だ」

「まだまだエンジンも改良しなければならないし、専用の飛行場も作らなければならないですけれどね」

「飛行場って何?」

「飛行機を飛ばしたり着陸させたりする場所。真っ直ぐで長い舗装道路が1離2km以上あるような広い場所が必要なんだ」

「なかなか大がかりなんだね」

「エンジンも次の段階のものを作らないとな。これじゃ振動が大きいし煩いからさ」

「確かに煩いよね。研究室でもかなり音が出るし」

 模型飛行機のエンジンを魔法で冷やして荷車にしまう。


 さて、今日はもう1件試運転がある。

「さて、それじゃ自転車の練習をするよ」

 シモンさんが言った通り、自転車の試運転だ。

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