第129話 シンハ君の決意

「さて勉強しようと思ってノートを見てみると凄いんだ。綺麗にまとまったノートとかじゃない。でも授業中に先生が言った事とにかく全て書いてある。ミタキやミド・リーはノート取らないだろ。ミタキは教科書にたまにメモするだけだし、ミド・リーに至ってはそれすらしない。でもヨーコ先輩のノートはそれと真逆だ。とにかく何でもかんでも全部書いてある」


 シンハ君が言う通り俺はノートを取らない。

 授業で聞いた事で教科書に載っていない事があれば教科書の該当する場所の余白にメモするくらいだ。

 元々必要な事はだいたい教科書に書いてある。

 だからいちいちノートに取る必要も無い。

 むしろノートなんて取るのは非効率だ。

 俺自身はそう思っている。


「驚いたんで後でヨーコ先輩に聞いてみたんだ。何であそこまでノートに書き込むのかって。そうしたら言っていたよ。『私は地頭は良くないからな。何が重要で何がそうで無いかその場ではわからないんだ。だからとにかく全部メモしておいて、全部憶えるんだ』って。

 凄いよな。『生まれつき勉強が出来ない』以外の言い訳として『俺はやれば出来る、やらないだけだ』ってのがあるけれどさ。なら『やれば出来る』為にどうすればいいのか。実際にやるというのはどういう事なのか。その見本をしっかり見せて貰った気がした」


 なるほどな、そう俺は思う。

 さっきも思ったが俺自身はノートを取らない派だ。

 逐一ノートを取るのはあまり意味のある行為だと思っていない。

 必要な事だけメモすればそれで充分だ。

 でもそういう方法論もある訳か。

 必要な事がわからないから、とにかく全部記録して憶えるなんて方法が。


「思ってみればヨーコ先輩の剣術もそうなんだ。女子としては身長があるけれどそこまで高くも無い。剣を振るう速度も筋力も先輩以上の奴はそこそこいる。

 それでも先輩が強いのは何故か。積み重ねた練習量とそこからくる経験なんだ。何度も繰り返しているからこそ、その時その時に応じた角度や動きが自然に出来る。ミタキ風に言うと最適化っていうんだっけか。

 生まれついて天才という訳じゃない。ただひたすら積み重ねた結果が圧倒的な剣術の強さなんだ。勉強についても全く同じ。それに気づいた時、俺は恥ずかしいと思ったよ。勉強が出来ないという事に俺が甘えていたなと気づいたんだ。

 これからも仲間として先輩と同じ場所にいるのはどうすれば恥ずかしくないか。そう考えてさ。取りあえず出来る事は見習ってみようと思ったんだ。

 無論先輩と同様にノートを全部取ったりとか最初から出来る訳じゃない。でもそれを目指す事だけはしようと思ったんだ。先輩の仲間として恥ずかしくないようにさ」


 奴は今、春休み中に奴自身が言った事を実践している訳だ。

 凄いなと思うし、俺には真似できないなとも思う。

 勿論俺は俺が出来る範囲の事しか出来ない。

 俺自身の方法論も変えるつもりは無い。

 でも奴の努力を見ていると、俺も筋トレくらいはしようかなと思ったりもする。

 鑑定魔法によると俺は筋肉が付きにくい体質らしいけれどな。


 本日最後の授業が終わる。

 先生に対する礼が終わって着席した後も、奴はノートの残りを取る。

 今回は割とすぐ終わったようだ。

 鞄にノート教科書その他一式しまって立ち上がる。

 さて俺も行くとするか。

 既に全部しまい終えていた鞄を持って廊下へ。


 廊下にはヨーコ先輩が待っている。

「今日はどんなトレーニングをするんだ?」

「いつものメニューだな。準備運動して走って、魔法無しでの模擬戦だな」

「よし、今日は負けない」

「返り討ちにしてやる」

 そんな事を言いながら2人は歩いて行く。

 何か青春しているよな君達。

 何か色々な意味でお似合いだよ。

 本人達は気づいているのかどうか知らないけれどさ。

 俺としては取りあえず妙なお出迎えが無くなって一安心だ。

 アキナ先輩は高等部だからこっちに顔を出さなくなったし。

 今日も研究室に行ったら、俺は鏡作りの監視をしながら研究。

 シンハ達は訓練に行くのだろう。

 いつもと同じ楽しい時間が今日も始まる。

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