第125話 忘れていたこと
今回の合宿は初めて予定通り最後までここで過ごす事が出来た。
「何か起こるかなと思っていたけれど、何も無かったね」
「リゾート出来た。満足」
「良かったです。今までが今まででしたから」
うんうん、皆で頷く。
夏の合宿は途中で中止。
冬の合宿は途中で移動。
今回も何かあるかなと俺も密かに思っていたのだ。
でも最初の方で殿下が来襲してきた他は特に何事もなかった。
めでたしめでたしという奴だ。
今回、帰りは一気に帰ることにした。
途中ドバーシのアキナ先輩別宅に寄ってエビスさんに挨拶するだけだ。
何故一気に帰ることにしたか。
その方が遅い馬車を追い抜かすのに楽だからだ。
ある程度時間が経つと両方向の馬車がすれ違う事が多くなる。
そうなると追い越しをするのが大変だ。
双方の馬車が出発したばかりの頃ならすれ違う処まで馬車が行っていない。
改良した蒸気自動車は大分良くなった。
カーブでも少し安定感も出来たし、坂道にも強くなった。
その分最高速が犠牲になっているのだろう。
けれどどっちみちそんな速度は出さない。
道の状態がそこまで良くないので、最高でも
シモンさんは逆転器で弁のタイミングを調整しながら飛ばしまくる。
行きに比べて運転に慣れてきた感じだ。
蒸気圧をあまり下げずに上手く速度を出している。
ただこの世界の感覚に慣れた目には恐ろしく速く動いているように見える。
ぶっちゃけ速すぎて怖い。
実際はサスペンションやゴムタイヤ、剛性の高い金属部品のおかげでゆっくり走る馬車よりも遙かに安定性は上の筈。
それはわかっているのだけれど。
行きはまだシモンさんが慣れていない分動きが丁寧だった。
でも今はこの車の挙動を完全に把握しているようでとにかく飛ばしまくる。
この車にはシートベルトもエアバッグも無いのだ。
「頼むもう少し速度を落としてくれ」
「これでも大分余裕をもって運転しているつもりだけれどな。あと
「そうそう。どうせなら速い方が時間短縮にもなるだろうしさ」
「同意」
すぐ後ろに座っているヨーコ先輩、フールイ先輩は強硬派。
そんな訳で行き以上に短時間でウージナの研究室へと到着してしまった。
水路の横の通路を通って、蒸気自動車を中へバックで入れる。
中へ入ってほっと一息。
ここへ来ると帰ってきたという感じがする。
蒸気ボートと蒸気自動車が入り、更に気球を痛まないよう吊り下げて保存しているので少し手狭になりつつある。
でも色々揃っているし使いやすいしなかなかいい場所だ。
公然の秘密基地って感じかな。
いや言葉に矛盾があるな、そう自分で突っ込みを入れた時だ。
「何か入口に手紙が入っています」
ナカさんが気づく。
「資材が大量に届いているので事務室に顔を出すようにとの事です」
えっ。
ちょっと考えて思い出す。
そうだ、鏡の件を忘れていた。
俺はとっさに皆の方を見る。
うん、皆さん今の今まで忘れていたけれど思い出したという顔だ。
「取りあえず何人分作らなければならないですかね」
「取り急ぎとして女王陛下、王配陛下、皇太子殿下、第二王女殿下、第二王子殿下ですね。あとはシャクさんにも進呈した方がいいでしょう。それ以下はおいおいという事で」
つまり急ぎで6枚は作る必要がある訳か。
「取りあえず取ってこよう」
「私も付き合おう」
体力派2名が毎度おなじみの荷車を引いて出て行く。
「どうせなら大きさを少し変更した方がいいですわ。もう少し細くていいので長めにすれば、全身が映るようになると思います。あと大型のものでなく、テーブルの上に置ける程度の物を作れば色々需要があると思いますわ」
「そうだね。小さいものなら売り物にしても採算が合うと思うよ」
あ、何か余分な考えが紛れ込んできたような……
「どうせなら小さくてデザインに凝ったものを作りたいと思います」
「賛成。洗面所に置きたい」
「小さくて手持ちに出来るサイズも欲しいよね。鞄に入れてさっと自分の顔を確認できる程度の」
「それもいいですね。ちょっと可愛いデザインにして」
これはアレだ。
スキンケアグッズを作り始めた時と同じあの感じ。
寄ってたかって自分の欲しい物を作りつつ売りさばくあの状態だ。
小さいとはいえ
俺にはわからないが作る事はもう決定した模様。
そして作り方をシモンさんが知っている以上、もう俺は止める事が出来ない。
というかシモンさん、早くも耐熱煉瓦を加工し始めている。
やる気十分のようだ。
まあいいか。
香水の他にも研究したり作る物が出来て。
そう思いつつ俺は小さくため息をついた。
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