第29話 焦る子爵殿と最後の夜
昼ごはんはジャンクにフィッシュバーガーをメインにした。
流石にパンはバンズではない。
でもフライドポテトもそれっぽく付けて、俺としては満足だ。
あとはコーラでもあったらな。
ソーダっぽい飲料は一応作ったけれど。
なおソーダっぽい飲料とは高圧容器に水とレモン汁と水飴、あとはアキナ先輩に作ってもらったドライアイスを入れて放置しておいただけの代物だ。
メニューがそれだけだとジャンク過ぎるので一応サラダもつけておく。
この世界だとこれでもご馳走だと思って皆さん美味しそうに食べてくれる。
まあ確かにここでは珍しい食べ物や飲み物なんだけれどさ。
さて、食べている間にシモンさんに相談だ。
「シモンさん、ちょっと作りたいものがあるので相談だけれどいいかな」
「いいよ。どんな物?」
そんな訳で被覆導線について説明する。
電気という概念が無いので結構面倒だった。
「うん、可能だよ。樹の樹脂を薄く塗って乾かせば大体そんな感じになるかな。ただ柔軟性はそれほど無いから、必要な形を説明してくれたらそのとおりに作るということになるけれど」
よしよし。
「今回の合宿中には出来ないかもしれないけれど、何とか設計図をつくるんで頼む。設計図というよりは概念図という感じになるかもしれないけれど」
「わかった。参考までにどんなものか教えてもらってもいいかな」
「当初の目的は石鹸の材料になる水酸化ナトリウム水溶液を量産するためなんだ。木炭か何かで熱を発生させ、それで水蒸気を作って回転させる装置を作って、その回転を食塩水を分解することが出来る電気にする。ただ将来的にはその回転する力を使って他に色々な事を出来るようにするつもりだ」
とりあえずは蒸気機関と直結して直流発電機として作成。
でもいずれはそれ以外の事にも使いたい。
「うーん、ちょっと想像がつかないけれど、構造を教えてくれれば出来ると思うよ」
「頼む。すぐには概念図も描けないと思うけれど、これが出来ればスキンケアグッズももっと数多く作ることが出来るようになるんだ」
「本当?」
ミド・リーが身を乗り出してくる。
「あれってとにかく並べると売れてしまう状態なの。もっともっと作れればいいのにと思ってたのよ」
「ウージナに帰ってからの事になるけれどさ」
「でもこの合宿って多分もうすぐ終わりになると思うな。当初の予定は1週間だったけれど、シンハの親が来るんだろ。ならこの建物も色々使うんじゃないか」
確かにそうなるかもしれない。
「そのあたりはまだわかりませんけれどね。とりあえず私達はここでの休暇を楽しむまでですわ。幸い午前中に材料を色々採取致しましたし、午後は皆でのんびり夕食を作りつつお話をしましょうか。ミタキ君の料理がどう作られているかも見てみたいですしね」
「僕は賛成。確かにミタキの料理美味しいからさ、できればレシピとか知りたい」
「トマトケチャップは実家で量産して販売させる予定だから、レシピは秘密な」
「残念です。でも他の料理も色々参考になりそうです」
「同意」
そんな訳で昼食の片付けをしながらのんびりと夕食の準備をすることになった。
「ならミド・リーはこのパンを乾かしながら粉状になるほど細かくしてくれ。大きめの砂粒くらいになればいいから」
「何に使うの?」
「揚げ物をかりっとさせるのに必要なんだ」
つまりはパン粉である。
「この
「まずはじっくり蒸して柔らかくする。その後にバターと水飴、牛乳を入れて混ぜ合わせ、最後に焼く」
要はスイートポテトだ。
「聞いただけで美味しそう」
人数が多いのでガンガン指示を飛ばしながら色々なものを作る。
ミド・リーあたりは指示にない余分な事をやりそうなので監視しつつだ。
ナカさんやフールイ先輩は家でも多分作るのだろう。
安定感ある手付き。
アキナ先輩やシモンさんは手付きはいいのだけれど怪しいことをしそうな気配もプンプンと。
だからミド・リー同様監視は欠かさない。
ヨーコ先輩はまあ、パワー仕事専門に頑張ってもらおう。
今は不在のシンハ君と同じポジションだ。
そんな感じで一通りの料理ができたかなという午後4時頃。
家の前で馬車が止まる音がした。
そうだ、忘れていたけれどシンハ君が戻ってきたんだな。
多分親父さんと一緒に。
「よっ、戻ったぜ。親父も一緒だけれどよ」
「話を聞いたが本当にいいのかいミタキ君……あれ?」
親父さんの台詞が途中で止まる。
見ると俺の背後、つまり女子の皆さんのあたりを視線がさまよっている模様だ。
「ニシーハラ侯爵家のヨーコ様、それにウシーダ辺境伯家のアキナ様ではないですか。それにミタキ君以外はお嬢様方ばかり。何故このようなところに?」
「これは挨拶が遅れました。いつもはウージナの別宅をお貸しいただきありがとうございます。私をはじめこのメンバーでいつもお世話になっております」
しれっとアキナ先輩が挨拶して頭を下げる。
親父さんはちょっと固まった後シンハ君を右手で小突いた。
さてはシンハ君、このメンバーの事を親父さんに言っていなかったな。
「これはこれは失礼いたしました。ろくなおもてなしも出来ずに」
「いえ、このような素敵な場所をお借り出来て大変感謝しておりますわ」
階級差もあるのだろうがアキナ先輩のほうが役者は上の模様。
「ただ今後の件でもしこの家をお使いになるのなら、私達も片付けて宿屋にまいりますけれど」
「め、めっそうもない。こちらは私一人ですのでどうぞこの家をご自由にお使い下さい。私は宿屋でここの代官と話がありますゆえ」
「あとこちらにお世話になっている事を、出来れば父上等に話さないでいただけると助かりますわ。そうですよね、ヨーコさん」
「そうだな。私の家も同様に頼む」
「かしこまりました。それでは私はこれで失礼いたします」
親父さんはそう言うと逃げるように馬車の方へ。
おい親父さん、本題の話をほとんどしていないぞ。
仕方ないからシンハ君に耳打ちする。
「俺が行くまでちょっと親父さんを止めておいてくれ。見本その他を持っていって話をするから」
「任せろ」
俺はキッチンへ戻り、水飴を小瓶に入れ、完成しているスイートポテトを2つとずんだ餡蜜2つを適当な箱に入れて馬車の方へ。
「おじさんすみません。水飴の見本とそれを使った料理の見本です。どうぞよろしくお願いします」
「そうそうそうだった。その件だった」
親父殿、侯爵令嬢達を見てよほど焦ったらしい。
「しかしこの水飴の件は本当にいいのか。そっちの店で作るなりマージンを取って作らせるなりしたら相当儲かると思うのだが」
「そうすると安い値段で行き渡らないですしね。この水飴は甘さの質を考えると蜂蜜の半値以下で行き渡らないと商品としての価値は無い。それならこの大麦を生産しているこの地で量産していただいた方がいいですから」
「なるほど。なら責任を持ってこの地の名産として量産し、出来るだけ安価に広く行き渡るようにすると約束しよう」
そこまではいい。
「ところで御令嬢方がいらっしゃるのは最初からかね」
やっぱり聞かれた。
でも親父さんは割と話せる人だし、素直に全部話しておいた方がいいだろう。
「実は……」
◇◇◇
その日の夜。
夕食を食べながら話し合った結果、俺達の合宿は明日終わらせる事になった。
「なかなか楽しかったのですけれど、他からこの件が漏れるとまずいですしね」
「残念だな」
よく考えれば当たり前である。
仮にも貴族令嬢がお供も連れずに男子混じりで同級生と泊まって遊んでいるのだ。
バレたら大目玉をくらうことは間違いない。
まあシンハ君の親父さんから漏れることは無いとは思う。
頼むから出来れば明日で解散してくれとは親父さんからのお願いだから。
「あの石鹸を作る建物はお借りしたままでも大丈夫ですよね」
「それは大丈夫、親父が確約したしな」
「なら一安心ですね」
親父さんは不安なままだろう。
でも他に適当な場所は無いから仕方ない。
「俺は甘い物を作ることが出来たし、満足かな」
「それならこの旅行も目的達成ですわね」
「それにしてもここの料理、美味しかったよな」
「このカキフライという食べ物、ぜひウージナでも食べたいですわね」
話はそんな感じで色々な方向に走りはじめ、最後の夜はふけていった。
なお翌日帰る馬車の中で、俺は最初から睡眠魔法で眠らされたのはお約束。
この方が楽だしさ、まあ仕方ない。
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