第02話 今年は真面目にやりましょう

「合宿う?」


 りようどうさきは、素っ頓狂な声を出した。

 聞き取れてはいたが、予想もしないことだったので。


 現在は、給食後の昼休み時間。

 校舎と校庭の間にある二つのベンチに、令堂和咲、あきらはるあきかずおおとりせいへいなるの五人が腰を下ろしている。


「ほうよ。魔法使いとして強くなるための合宿じゃ。ぐろ先生が、やっぱり今年もやらなきゃダメかなあ、って。校長に掛け合おうとしたら、校長からもやったらどうかいわれたらしい。……旅費も出して貰えるけえ、その辺は心配せんでええよ」


 と、微笑む明木治奈。


「……実はのう、正直ゆうとじゃなあ、アサキぼんの実力がクソ過ぎじゃけえ。ほんの少しピーでも引っ張り上げよおっちゅうごっつ優しい企画じゃがい」


 カズミが、普段の掠れたような声を隠して、ちょっと可愛らしい声を出した。

 言葉のチョイスは、凄まじくいかつい感じだが。


 それを隣で聞いて、治奈が苦笑しながら、


「カズミちゃん、ひょっとしてうちの真似しとるつもり? うち、そがいな喋り方はしとらんじゃろ。……嘘だからね、アサキちゃん。実力がどうこうっていうのは。お互いを知ることで連係プレーにも役立つし、うちらだって去年やっとることじゃ」

「アサキ個人がヘタレなままじゃあ、連係もクソもねえだろ?」


 びしっ、とカズミが糾弾する。


「そがいなこというかの? 今回の話が出たのは、こないだの剣道の時に、アサキちゃんの首を締めたり、プロレス技を掛けて泣かしたり、無茶苦茶やっとるのが一名おって、校長と須黒先生が同時にため息を吐いたのがきっかけじゃというのに」

「はあ、誰だそいつは? 連れて来い!」


 誰なんでしょねー、っといった感じに半ばぶすくれた顔で頬杖をつくアサキであったが、すぐに表情をニュートラルに戻して、


「わたしの能力が酷いのは間違いないし、しっかり鍛えて貰わないとなあ、とは常々思っていた。でも、合宿といっても、その間にヴァイスタが出たらどうするの? みんなを知る、とかなんとかいうのなら、みんなで行くってことだよね。須黒先生が代わりに戦うとか」


 ひっさびさの大変身で。


「先生はもう変身出来んじゃろ。心配無用、周囲にある中学高校の、警戒エリアを広げて貰うけえね」


 治奈の答えに、アサキの頭に浮かぶのは納得ではなく、また別の疑問。


「そんなこと簡単に出来るの?」


 問いに、治奈は小さく頷いて、


「校長に頼めば、色々と融通はきかせてくれるけえね。もちろんお互い様ということで、うちらが遠くに行かされることもある。所属の魔法使い全員ではなく、一人や二人が助っ人に来てくれたり反対に行かされたり、ということもある」

「へえ」


 そうなんだ。


「去年の冬にさあ、隣の天王台第二中学から、よろずのぶぶんぜんひさってのが助っ人に来たんだけどな、まあ態度が成葉よりもチャラチャラチャラチャラしてて、あたしずっとムカムカして、ブン殴りたくて仕方なかったよ」


 物騒なこというのは、もちろんカズミである。


「同じ目的の仲間なんじゃから、そがいなこといわない。……とにかく、こがいな互助のシステムがないと、せっかくの花の中学生が天王台から一歩も出られなくなってしまうじゃろ? 合宿の件はほぼ決定で、留守中のことも、もう数校から承諾は得ておるんで、後は保護者の許可じゃな。すぐさんたちに話しておいてくれる?」

「分かった」


 アサキは微笑み頷いた。


「でもなんていえばいいかなあ? 魔法使いの特訓なんていえないでしょ」

「女子五人で一泊の東北旅行したい、とでもいっておけばええじゃろね」

「東北?」


 具体的な場所が出たので、食いついた。


「ああ、福島県の、なんといったかなあ。去年も行ったとこなんじゃけど。……嘘の行き先を教えても、リストフォンのGPSでバレるけえ、大まかな行き先は正直に伝えた方がええじゃろ」

「そうはそうだね。じゃあしゆういちくんたちに話して許可を貰っとくね。……そっか、福島かあ。仙台にいた時に、遠足で行ったきりだなあ」


 空を見ながら福島の名所を回想していると、いつの間に立ったかカズミがぐいーっと肩を当ててきて、アサキをぎろり睨み付ける。


「おいアサキ、分かっているたあ思うが鍛えに行くんだからな! 遊びに行くんじゃねえんだからな! ただし、お菓子を買えるとこなんか近くにないから、ある程度は用意してこいよな。夕方は交換会だからな」

「はあ……」


 旅行が楽しみ、というのがバレバレなんだけど、カズミちゃん……


「カズにゃんは確か去年さあ、一番はしゃぎすぎて特訓そっちのけで遊んでて怒られてたよねえ。あれいない、ってみんなで探してたら、一人でボートに乗ってたりして、ピー子先輩にばっしばっし往復ビンタされてたよねえ」

「船着き場で待って叱るなら普通じゃけど、ピー子先輩がボート借りてカズミちゃんのこと追い掛けてデッドヒートの上で捕まえて、水上でビンタ食らわせよったんじゃよな」

「カズにゃんを湖に突き落として、ロープで引き回したんだっけ?」

「そこはよく覚えてないけど、ピー子先輩とかしず先輩ならやりかねないなあ」


 成葉と治奈は、その時の映像を思い浮かべているのか腹を抱えて大笑いしている。


「えー、そうだっけえ? カズちゃん覚えてないなあ。チミたちの記憶違いじゃないのお、一年生で脳味噌がまだ未熟だったからさあ。つうかよお、今いうんじゃねえよ! そういうことをよお。色々と緩んじゃうでしょお! 雰囲気がさあ」

「カズミちゃんっ」


 アサキは、不意にカズミの両手を取った。

 真顔で、じっと見つめながら、口を開く。


「今年は、真面目にやろうね」

「何様だあ!」


 カズミは握られた手を振りほどくと、アサキの襟首を掴んでベンチから引っ張り立たせ、押さえ付けつつ背後に回り込んで腕と足を絡ませて、ぐいいと締め上げた。


「食らえ! コブラツイストおおお!」

「いたたたたた! ギブアップ、ギブアップ! カズミちゃん、痛いよ! 痛い痛い痛い痛いっ! やあめえてええええええ!」


 まっとうなこといっただけなのにっ、

 合宿前に身体が壊れたら、どうしてくれるんだあああああああああ。

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