第04話 わたしの魔道着
「おっせーよお、新入りい!」
「ごめん」
まだ慣れていない土地ということもあり、地図上では抜けられそうな細い道が行き止まりだったりして、迂回しているうちに迷ってしまったのだ。
「まあまあ、カズにゃん」
成葉が、にこにこ笑顔でなだめる。
「んじゃあ、これから異空に入っぞ。分かってると思うけど、相手は二匹だ。で、とりあえずの作戦だけど、基本はあたしと成葉が二人で一匹に当たって各個撃破する。アサキは、もう一匹を上手に引き寄せてくれればそれだけでいい。で、残り一匹になったら数に物をいわせて三人がかりでボコボコにしちまおう」
カズミが、なんだか簡単なことのようにさらりと説明する。言葉はさらりどころか無駄に物騒だが。
「分かった」
戦いのイメージというものがいまひとつ浮かばなかったけど、とりあえずアサキはそういって頷いた。
あれこれ聞いたり、話し合ったりしている時間など、ないのだから。
自分が少し遅れてしまったのが、いけないんだけど。
「それじゃあ行こう、アサにゃん、カズにゃん」
成葉の言葉に、うん、と頷こうとするアサキの目が、驚きに見開かれていた。
すぐ隣にいたはずの成葉の姿が、溶けるように消えてしまっていたのである。
いや……
よく見ると、消えてはいない。
よく見ると、空間が少しぐにゃりと歪んでおり、それがまるで濁った透明ビニールシートの幕を何枚も重ねたように見えるのだが、そのビニールシートの向こう側に、うっすらとではあるが成葉の小柄な身体が見えている。
にっこり笑顔をこちらへ向けて、両手をひらひらと振っている。
「おいアサキ、ぼーっとしてんじゃねえよ。さっさと入っぞ」
カズミは、左腕を立てて、なにな払うかのように拳を軽く横へと動かした。
と、次の瞬間、彼女の姿もまた消えていた。
消えたというか、空間の向こう側へと移動していた。
濁ったビニールシート幕の向こう側から、カズミと成葉がこちらを見ている。
カズミが、「早くこいってばよ!」とでもいいたげなイラついた表情で、おいでおいでをしている。
そうか、二人とも、異空とかいうところに入ったんだ。
でも、どうやって?
聞いてないよ、異空への入り方なんて。
えっと、二人ともどうしてたっけ。
「た、確か、左腕を、こうやって立てて」
カズミたちの真似をして、カーテンを開く感じに、手を横へ動かしてみる。
やってみたものの、しかし、なにも起こらなかった。
濁ったビニールシートの向こう側で、成葉とカズミがなにかゼスチャーをしている。
それぞれ左腕のリストフォンをこっちに向けて、側面部分を指差している。
「ボタンを押す、ということ?」
尋ねるアサキであるが、カズミたち二人の顔は「はあ?」という感じになるばかり。
おそらく声がまったく聞こえていないのだろう。
アサキは自分のリストフォンを、カズミたちへと向けながら、側面のボタンに人差し指で触れてみる。
これ? という意味を込めて、首を軽く傾げてみせる。
うんうん、という感じに、カズミと成葉が頷いた。
「よし、それじゃ早速」
アサキは、リストフォンの側面にあるボタンを人差し指でかちり押し込み、そして腕を立てた。
ぎゅ、拳を握る。
「え……」
驚愕に声が漏れ、目が見開かれていた。
空間が、空気が、まるで布さながらに、はっきりと手に掴めるのである。
見えない透明なカーテンを開かの仕草で、アサキは、握った手を真横へと動かした。
すぐ目の前に、くっきりはっきりとした姿で、成葉とカズミが立っていた。
「おせーよ、もう。バーカ」
カズミが腕を組んで、だんと足を踏み鳴らした。
「ごめん。でも、異空への入り方なんて、教えてもらってなかったから」
とりあえず謝ってしまったけど。
「はあああ?
「まあまあ、カズにゃん。こうして一歩一歩前進して、少しずつ慣れてけばいいだけだから」
成葉は、にっこり笑顔で、アサキの背中を叩いた。
「ありがとう、成葉ちゃん」
感謝の言葉を吐きながら、アサキはぐるりと周囲を見渡していた。
ここは、今までいた公園だ。
だけど、今までいた公園ではない。
視界に入る物ことごとくが、加工した画像のようにぐにゃぐにゃに歪んでいる。
成葉とカズミ、そして自分という、現界から入り込んだ以外のすべてが。
歪んでいるだけでなく、色調も奇妙であった。
全ての色合いが、ネガフィルムのように反転しているのだから。
現在は夜であるため、空は真っ白だ。
ここが異空なのだという実感が、まだあまりない。
昨日、あんな死闘を繰り広げたところだというのに。
昨日と同様に、こんなに瘴気腐臭にまみれた辛気臭い空間だというのに。
「さ、変身しちゃおうよ」
真っ白な闇の中で、成葉が大声を出しながら腕を振り上げた。
頭上で、クラフトと呼ばれる特殊なリストフォンをかざすと、側面のスイッチを押して、ゆっくりと腕を下げる。
眩い光が起こす逆光の中、着ているものすべてが溶けて、白銀の糸がより合わさって身を覆い、白銀の服になる。
その上から、白銀に黄色の装飾が施された防具が装着され、さらに頭上からふわりと、背中側が長い、硬そうな袖なしのコートが落ちてきて、成葉は前屈みになりながら翼のように手を広げて袖を通した。
目を開き、笑むと、
「
くるんと回転し、右腕突き上げ決めポーズだ。
「おっしゃ、それじゃあたしもいくぜ!」
カズミは、おりゃあと叫び声を張り上げながら左腕を振り上げ、クラフトのスイッチを押した。
成葉と同様、目の眩む強烈な光と同時に、カズミの服は溶け消えて、白銀の糸が束なって生地になり新たな服となり、手、足、胸に青の装飾の入った防具が装着される。
青い防具が装着され、ふわり落ちてくる袖無しコートに腕を通すと、笑顔アップで拳を握り、ぶんぶうんと後ろ回し蹴りを放ち、だんと足を打ち下ろす。
「
びしっと決めポーズ、を、取ったのを見て、
「わ、わた、わたしも……」
残るアサキが焦りだした。
へへ、変身、しないと。
と、心の中でまで言葉がつっかえつっかえになっているうちに、緊張のあまり手から汗がどどっと出てきた。
上手く出来るかな、変身。
昨夜は治奈ちゃんのクラフトで、なんとかかんとか変身することが出来たけど。
思ってもいない服になるだけならまだいいけれど、着てるものが消えるだけ消えて魔道着が出ずに素っ裸になってしまったりしたら、もう生きていけないよ。
異空で、カズミちゃんたちしかいないとはいえ、恥ずかしいという自分の心は騙せない。
そうなったら、もう……
「お嫁に……行けない」
「わけ分かんねえこといってんじゃねえぞ!」
ガキッ、
「あいたあ!」
カズミにゲンコツ食らったアサキは、痛みに両手で頭を押さえた。
すぐ殴るんだからなあ、カズミちゃんは。
でも、やれるだろうかとか、そんな心配なんかしている場合じゃないよな。
考えるより先に実行だ。
世界を守るために。
アサキはクラフトに右手を添えると、どうか力を貸して、と話し掛けるように強く念じた。
目覚め呼応するかのごとく、クラフトが淡く青い輝きを放った。
側面のボタンを押したアサキは、
「変身!」
叫びながら、拳を天へと突き上げた。
すーっと腕を立てたまま下ろしていくと、不意に全身が眩い輝きに包まれた。
輝きの中、アサキのシルエットからぱあっと服が弾け飛び、空気に溶けた。
糸のようなものが周囲をぐるぐる回りながら、より合わさり、アサキの首から下のすべてを包んでいく。
白銀の布が、つま先からするすると折り返されてスパッツ状になり、同時に手も指先から折り返されて二の腕まであらわになる。
頭上に浮いているごちゃごちゃとした塊が弾けて、アサキのすね、胸、前腕、手の甲、などに防具状に装着されていく。
ふわりと落ちてくる、背中側の長い袖のないコート。
前へ屈みながら、舞う白鳥の翼かのように腕を後ろへ上げて、それぞれ腕を通す。
上半身を起こしたアサキは、服をなじませるために腰を軽く捻り、右、左、と拳を突き出した。
赤く彩られた白銀の魔道着姿になったアサキは、はっとした顔になると、
「そ、そうだっ!」
さっと左手を高くかかげながら、ちょっと引き気味へっぴり腰になりつつ天を見上げた。
「……どしたのアサにゃん?」
黄色の魔道着、平家成葉がぽかーんとした表情で見つめている。へっぴり腰の、変な格好になっているアサキを。
「あ、いや、武器が落ちてきてそれを掴むのかなあと思って。落ちてきませんでしたあ」
アサキは姿勢を戻しながら、えへへと照れたように笑った。
「ひょっとして、お前はアホなのか」
カズミの痛烈な一言。
「え?」
なにが? といった感じに、アサキがきょとんとした顔になっている。
「もう持ってんだろが」
「ん、おーっ、ほんとだっ!」
視線落とすと、右手にしっかり剣を握りしめていた。
「結構ずっしりくるなあ」
「だったらすぐ気付けよ」
カズミの突っ込み。
「本当にサイトで選んだ通りの剣だあ」
でも突っ込み全然聞いてない。
覚悟して臨んだ初めての変身に、リストフォンでセレクトした通りの武器に、と、ちょっとだけ気分が高揚していたのである。
これから戦いへと向かう、その緊張や恐怖はそれとして。
ふと、視線を落として自分の身体を見る。
白銀の服に、やはり白銀に赤の装飾が施された防具。
ちゃんと、変身出来ているぞ。
これが……わたしの魔道着なんだ。
これから、この魔道着で、この剣で、この世界を守るんだ。
しみじみ胸の中に実感と覚悟を噛み締めていると、突然耳元でバリバリと鼓膜破らんばかりの大声が爆発した。
「選んだ通りの剣だあ、とかどうでもいいから、とっとと名乗れよ! 戦意に影響すっだろがよおお、このボケ!」
「え、な、名乗り? やんないとダメなの? やっ、そんな睨まないでよ。やるよ。……それじゃあ……ま、ま、
「弾け方が足らーん!」
ガチーーッ、と頬骨を直接殴るような痛々しい音とともに、アサキの身体はくるくる回りながら吹っ飛んで、地面に激突、それでも回転衰えず、さらに回りながら顔や全身をゴツゴツゴツゴツ打ち付けた。
「あいたたあああああ! 足らんもなにも、弾けなきゃいけないもんなんですかあ?」
イジメにも似た理不尽な暴力による激痛に、アサキは涙目になってよろよろと起き上がった。
「あったり前だろ! せめて最低限はテンション高くパーッと名乗らなきゃあ、こっちだって盛り下がるだろが。もしヴァイスタに負けたら責任取れんのかよ!」
「だって恥ずかしいよお! それに、変身直後ならともかく少し過ぎちゃってるしい」
「変身し直せばいいじゃねえか!」
「やだよお」
なんで名乗りが悪いからって、そのためだけに変身をやり直さなければならないんだ。
恥ずかしい。
そもそも、わたしはわたしなりに、戦意を高めようとしていたんだ。
なのにさあ……
「昨日も戦ったとはいえ、気持ち的にはこれがわたしの初陣なんだ。なのに、そっちのやってることこそ、戦意を下げる行為じゃないかあ」
不満高まって、ついガーッといってしまい、はっとした顔になるアサキであるが、もう遅い。伸びるカズミの両手に、がっしり首を掴まれていた。
「新入りがああ、イチイチはむかうなあああああ!」
「く、首を締めるのやめてえええ」
「久々のお、アンドレ・ザ・ジャイアントの必殺技ネックハンギングツリーーーーーッ!」
「ぐ、ぐるじ……ひさびざじゃ、ない、お昼にもやられ……ぐるじいやめてええ」
両手でぎりぎり締め上げられ持ち上げられて、青ざめた顔で掠れた声を漏らすアサキ。
「カズにゃんもアサにゃんもお、遊んでる暇ないってばあ。ヴァイスタが誰かを襲う前にい。早く行こうよお!」
成葉がもどかしそうに、足をバタバタバタバタ踏み鳴らしている。
「うおっ、ヴァイスタのこと素で忘れてたあ。いくぞアサキ! いつまでもふざけてんじゃねえぞ、ったく」
首締め解除したカズミは、ちっと舌打ちすると、くるり踵を返して走り出した。
「まったくもお」
成葉が苦笑を浮かべながら、その背中を追う。
「なんか納得いかない、絶対に納得いかなあない」
その背中を、ぶつぶつ不満を漏らしながらアサキが追う。
ヴァイスタとは昨日も戦っているが、正式にメンシュヴェルト所属の魔法使いとして戦うのは初めて。
いわば、これからヴァイスタと二回目の初戦を向かえようとしているというのに、なんだって戦いの前からこんな目にあわないといけないんだ。
すっかり枯れ果て、涙も出てこないアサキであった。
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