そうして彼は硬くなった

ゴリゴリくん

そうして彼は硬くなった

 とある冬の日。俺はふと天井を見上げた。辺りは金属製の壁に囲まれ、足元は茶色い液体でびしゃびしゃだ。……それにしても冬だというのにひどく暑い。この金属の壁の内側だけ真夏のように感じる。


「キャーーッ!!」


 あまりの暑さにボーッとしていた俺の意識を、一人の悲鳴が現実に引き戻した。


「どうした!!」


 その悲鳴を聞きつけて壁の内側にいた者達が次々に集まってくる。


「あ、あれを……」


 声の主はそう言って一点を指差す。その先には茶色い液体にプカプカと謎の塊が浮かんでいた。


「これが一体なんだってんだ……。これはっ!」


 俺はそこで初めてその塊の正体に気が付いた。だが、今の今までわからなかったのも無理はない。何故ならソレはすでに俺の知っている姿では無くなっていたからだ。血色の良かった肌は茶色に変色し、体も小さく縮こまっている。そして何より硬くなっているのだ。全身が。


「硬い……。カチカチになってるぞ! カッチカチだ!!」


 俺の言葉に周囲はより一層ざわめきを大きくする。


「一体誰がこんなことを……彼は今日の主役だぞ!?」

「私怖い! この中に犯罪者がいるかもしれないんでしょ!」

「いや、外部の犯行かもしれん」


 騒ぎたてる各々を黙らせるように俺は声をあげた。


「皆さん落ち着いて! ……周りをよく見て下さい。周りは高い金属製の壁に囲まれていて外部からの侵入は絶望的です。……そして内部の者が外に出ることも……」

「それってつまり……」

「はい! 彼を……。このすき焼き鍋の主役である牛肉さんをカチカチにした犯人は、この中にいる!!」

「っ!!」

「……!!」

「なっ!!」

「ウソッ!!」


 食材達はそれぞれ驚きを隠せないでいる。無理もない。すき焼きの牛肉を硬くするという凶行に及んだ犯人と同じ鍋の中にいるのだから。


「ちょっと待ってくれよ白菜さん。じゃあ何かね? すき焼きになろうと集まったワシらの中に牛肉の旦那をやった奴が紛れていると、そう言いたいのかね?」

「その通りです。豆腐さん。そして俺はすでに犯人の検討がついています」


 俺の言葉に乱切りにされた人参が飛び付く。


「そうか! 犯人は白滝だろ! 昔から言うじゃないか。白滝は肉を硬くするって」

「違う! 私やってないわ!」

「大丈夫ですよ、白滝さん。あなたが犯人でないことはわかっています。それに白滝が肉を硬くするという説は近年否定されています」


 俺は全員を一瞥すると小さく咳払いをする。そして淡々と推理を披露し始めた。


「まずは被害者をよく見て下さい。茶色に変色し、身も締まっている。これは明らかに長時間煮込まれた症状です。恐らくそれが原因で彼はカチカチになってしまったのでしょう」

「そうか……。つまりこの事件は事故! 調理した奥さんのミスによる悲しい事故だったんだね!」

「いいえ、春菊さん。これは犯人によって仕組まれた立派な殺肉です! そしてそれが出来たのは……」


 俺はゆっくりと右前方を指差した。


「人参さん! あんただけなんだよ!」

「……!」


 一瞬顔を強張らせた人参だったが、即座に平静を装うと、彼は努めて冷静に反論を始めた。


「僕が犯人? ははは! これは面白い。じゃあ聞くけどね、白菜さん。僕がどうやって牛肉さんを煮込んだのさ? まさかこの体でコンロを動かしたとか言うまいね?」

「いや、実際に火を扱ったのはこのすき焼きを作った奥さんだ。だが、あんたは奥さんのものぐさな性格を利用し、牛肉さんをカチカチに追いやったのさ!」

「あの~、白菜さん。よろしかったらその方法もワシらに聞かせてもらえんでしょうか? あっ!もちろん無理強いはしませんから!」


 長時間煮込まれたせいか豆腐さんの角はすっかり取れ、物腰も柔らかくなっている。


「わかりました。そのヒントは人参さんの体そのものにあります」

「体に?」

「ええ。人参さんの切り方を見て下さい。……乱切りです。」

「ふっ。素人探偵さんよお。僕が乱切りだからってなんなのさ?」

「普通すき焼きに使用される人参は肉の後から入れるため薄く切られます。あなたは火の通りが遅いですから」

「だからどうした!」


 核心に触れたからか、徐々に人参の口調が荒くなる。


「しかしあなたは火の通りが悪い乱切りになっている。恐らく奥さんに切られる際、身体を捻って無理矢理切り方を変えさせたのでしょう。あの奥さんのことだ。最初が狂えば後の人参の切り方も雑になることは用意に想像できます」


 俺はクタクタになった葉先をたなびかせながら、人参をさらに追い詰める。


「後は簡単だ。あんたは極力コンロの火が当たらない場所を陣取り待てばいいだけ。そうすれば火の通りが悪いあんたに合わせ、奥さんは火にかける時間を伸ばす。そして……彼は死に至ったんです」

「だ、だが、他の奴だってその気になれば……」

「他の食材は、白菜に豆腐に春菊に白滝。どう考えても時間の引き延ばしはあんたにしか出来ない。さあ! 観念しろ!」

「……あいつが……、あいつが肉かった。いや、憎かったんだ」


 人参は憑き物が落ちたような顔でこちらを見ると、ぽつりぽつりと語りだした。


「いつも牛肉はすき焼きの中心。野菜の俺は残されて鍋の底から奴を見上げてた……。今にして思えばただの逆恨みだけどな。……なあ、白菜さん。あんたいつから俺を疑ってたんだ?」

「あんたが白滝さんに疑いを向けた時さ。白滝さんが肉を硬くするという説に根拠は全くない……。俺たち鍋の食材を生業とする者には常識だ。なのにあんたは即座に彼女に疑いを向けた。それが解せなくてね」

「なるほどね……全く、厄介な葉菜類だ」


 人参が小さく笑ったその時、鍋の外側から楕円形の物体が投げ込まれた。


「警察だ! 今から捜査を開始する! 全員動くな」


 突然現れた長ネギはそう言いながらギョロリと俺たちを見回す。


「長ネギ警部。もう事件は解決しましたよ」

「ん? おお! 白菜くんじゃないか!

 ええっと、たしか『キムチ鍋殺人事件』以来だねぇ!」

「お久しぶりです。その節はどうも」


 長ネギ警部はがははと笑うと俺の肩を強く叩いた。


「君が居たならすぐに解決だろう。さて、すまないが詳しい話を聞きたい。一緒に署の方に来てくれんか?」

「わかりました」

「話が早くて助かるよ。……おおい! お前ら! こっちにパトカーを回せ! 白菜くんを『溶き卵署』にお連れするんだ!」


 やれやれ、まだまだ帰れそうにはないな。だが、もうすぐ鍋の季節も終わる。そうしたら少しは探偵業の方も落ち着くだろう。そうしたら……何をしようか?

 そんな事を考えつつ、俺は箸につままれながら溶き卵の中に吸い込まれていった。

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