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「……は? なに馬鹿なこと言ってるんです?!」


「でも、ローズはカーライルのレオン様のことが好きなんでしょう?」


「なっ……!」


 とりつくろう間もなく、ローズの顔が薄闇の中でもわかるくらい赤く染まった。それを見てベアトリスが笑う。



「ほら、ね」


「レ、レオン様はとても素敵な方です! でも、恐れ多くも私がそそそそそそそそんなこと……!」


「さっき一緒にいた方がレオン様なんでしょう? 二人の雰囲気はどう見ても恋人同士そのものだったわよ?」


「見てたんですか?! なら、さっさと声をかけてくれればよかったのに!」


「やあね、私そこまで野暮じゃないわよ」


「! ど、どこからどこまで見て……」


「うふふふ」


 にやありとベアトリスがご令嬢らしくない笑みを浮かべた。ちょっと見ないうちに、やけに庶民臭くなっている。




「ねえあの様子だと、絶対にレオン様もあなたのことをお好きなのよ?」


「……そんな、こと……」


 とたんに、ローズの目に涙が浮かぶ。


 そう見えたとしても、レオンの目に写っていたのは、伯爵令嬢のベアトリスだ。



「私は、ずっとお嬢様のふりをしていたのです。だから、レオン様が私のことをお好きなように見えたとしたら、それはきっとお嬢様のことを……」


「なんで? 私、レオン様になんて会ったこともないもの。ずっと一緒にいたのは、あなたでしょう? ローズ」


「私……?」


「僕にもそう見えたよ」


 きょとんとしたローズに、ベアトリスの後ろにいた青年が声をかける。



「彼が好きになったのは、ベアトリスという名前の君だよ。頑固で融通のきかない彼が、あんなふうに血相変えて女性を追いかけるようになるなんて、思ってもいなかった」


 真面目で実直を悪い方に言い換えて、その青年は笑った。



「でも、あの方はお嬢様の夫となる方で……」


「そんなの、好きになるのに関係ある?」


「ありますよ! 私は……ただの、使用人です。私では、駄目です……」


 ぽたぽたと、ローズの目から涙が落ちる。


 レオンのことを考えるだけで、胸が苦しくなる。彼がいい人だと思えば思うほど、ベアトリスにお似合いだという気持ちの裏で、ローズの心は苦しくなるばかりだった。


 ようやく、ローズはその苦しさの理由に気づいた。



「もしかして、私、レオン様のことが……」


「好きなのよ。あなたは彼の事を。ね、ローズ」


 ベアトリスが優しく涙をぬぐってくれる。


 だが、たとえいまさらそのことに気づいても、どうにもならない。二人の間には大きな身分差の壁が立ちふさがる。彼の隣に並ぶことができるのは、ベアトリスのように身元のしっかりとした伯爵令嬢だ。短い間だから身代わりもできたが、夫婦となったらそうはいかない。



「大丈夫だよ。きっと彼も君も、お互いをあきらめなくてもいいだろうから」


 妙に明るく言った青年にローズが涙で濡れた目を向けると、ベアトリスは呆れたように言った。


「あなたのそういうのんきなところが好きだけれど、早くその大丈夫の根拠を聞いてこの子の涙を止めてあげたいわ、ハリー」


「あなたは……」


「ああ、紹介が遅れたわね」


 ぴたりと寄り添いながら、ベアトリスが言った。



「この人はハロルド。雑貨の卸しをやっている商人で、私の夫となる人よ」


「ハ……ロルド?」


 聞いたことのある名前だ。どこで聞いたのかローズが思い出している間、ハロルドはレオンによく似た笑顔でローズを見つめていた。

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