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「俺は……」
「みんなもあんなに楽しそうじゃないですか。一緒に踊りましょう」
戸惑っていたレオンだが、ふいに肩の力を抜いて、ふ、と笑った。
「どうせ、お前と共にいられる最後の夜だしな」
「レオン様、何か言いましたか? 周りがうるさくて声が……」
「いや、なんでもない」
レオンは、引かれていたローズの手を持ち直すと、上品に腰を曲げてローズに向かって貴族の礼をとる。
「踊っていただけますか? お嬢様」
まるで宮廷のホールにいるように、レオンは気取って言った。虚をつかれたローズだが、まけじとスカートの裾を片手で引いて優雅に腰をおとす。
「許します」
「恐悦至極」
そのやりとりを面白がって見ていた人々が、二人が手をとると大きな歓声をあげた。祭りは最高潮に達しようとしていた。そうして二人は、何曲も何曲も、夜が更けるまで踊り続けた。
☆
踊りつかれたローズは、木にもたれて一休みすることにした。
「もういいのか?」
隣で同じように木にもたれたレオンが言った。
「ちょっと休憩です。あの火は朝まで続くのですか?」
「俺も最後までいたことはないが、明け方まで踊る者もいるそうだ」
「綺麗ですね」
ちらちらと舞い上がる炎の柱は今だ高く、その周りで踊る人々を黒い影に変えている。幻想的なその風景を、ローズはぼんやりと見つめていた。
「……方、が……」
小さい声が聞きとれずに、ローズは問いかけるような視線をレオンに向ける。けだるげに木に背を預けたレオンが、微かに笑みを浮かべてローズを見下ろしていた。その姿に、ローズは小さく息を飲む。
(レオン様って、こんなに色っぽい方だっけ……)
「……と、言ったんだ」
「あの、聞こえません。もう一度……」
「お前の方が綺麗だ、と言ったんだ」
「え……」
とっさに何も言い返すことができずに、ローズは固まった。そんなローズを見下ろすレオンの目が、何かを決意するようにきつくなる。
「やっぱり、嫌だ……」
絞り出すような声で言われたその言葉の意味をローズが問う前に、ふいにレオンがローズを引き寄せて強く抱きしめた。
「!」
「お前を、誰にも渡したくない。たとえ……兄上でも」
ローズの細い体を、レオンの硬い腕が包みこむ。合わせた胸に早い鼓動を感じて、ローズの体が一気に熱くなった。
「あ、あの……!!」
抗うこともできずに硬直するローズからゆっくり体を離すと、近い距離でレオンは彼女の揺れる瞳を見つめた。
「この先何があっても、俺を選んでくれるか?」
「……どういうことですか?」
混乱したままローズは聞き返す。
今のレオンは、恐れを感じるほどにひたむきな顔をしていた。だからとても大事なことを言っていることはわかるのだが、ローズには話の意味がつかめない。
「家も、すべてもなくすことになっても、俺はお前を離したくない。だから、頼む。お前も……俺だけを、選んでくれ」
ただ、切羽詰まったようなレオンの言葉に、ローズの心が不安でかき乱される。
「レオン様、一体、何を言って……」
そのローズの頬に、レオンは、そ、と片手を添えて仰向かせる。大きな手の熱は、ローズを宥めるように暖かく力強い。そのまま、覆いかぶさるようにレオンの顔が近づいてくる。
(レオン様……)
レオンの吐息がローズの唇にかかって、ローズのまぶたが落ちかけた。
「ベアトリス……俺は、お前を……」
囁かれた名前に、ローズは、雷に打たれたような衝撃をうけた。
(そうだ! 私は、今はお嬢様の……)
「っごめんなさい!」
触れるほどに近づいたレオンの身体を、思い切りローズは突き飛ばした。驚いたような……傷ついたような顔のレオンをその場に残し、ローズはその場から逃げ出した。
☆
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