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 自分の考えを振り払うと、ローズは顔をあげた。


「レオン様は、お一人なのですか?」


「ああ。お前の姿が見えたので、エリックは先に帰した。お前こそ、ソフィーは一緒ではないのか?」


「え、ええ……その」


 まさか、黙って出てきましたとも言えずに、ローズは話をそらす。



「あの、熊を素手で倒したのですか?」


 一瞬目が点になったように見えたレオンが、ふ、と笑った。


「一度、格闘大会で戦った相手が、熊というあだ名の大男だったのだ。その噂に尾ひれがついたのだろう」


「勝ったのですか」


「腕っぷしには自信がある。それより、そんな恰好までしてせっかく出てきたのだ。どこか行きたいのではないか?」


 含み笑いをしながら、レオンが行った。どうやら、ローズが祭りが見たくて出てきたと思っているようだ。



 ローズはおそるおそる言った。


「あの、お祭りで一番賑やかなあたりを、見てみたいです……」


 あの男は、マトレ通りをここらへんで一番賑やかな通りと言っていた。それが嘘でなければ、そこがローズの目指す場所だ。



「では、マトレ通りだな。祭りの中心となる地区だ」


 予想通りのレオンの答えに、ローズは内心ほっとする。


(あとはうまく、私に似てるというその人が見つかればいいのだけれど)


 すたすたと歩き出したレオンのあとを、ローズはあわててついて行った。



  ☆



「わあ」


 小路から大通りに抜けると、とたんに人が増え騒がしくなった。あちこちに臨時の屋台がたち、行き交う人々が楽しそうに笑い合っている。



「にぎやかですね」


「そうだな」


「あれは、なんですか?」


 柱や店の入り口の上などのあちこちに、大きめの人形のようなものが飾られている。わらでできていることだけが共通しているが、いろんな服を着ていたり花を飾られたり、中には動物をかたどったものまであった。


 ローズが聞くと、レオンは少し驚いたような顔になった。


「この祭りに来るのは初めてか?」


「一度見てみたかったのですが、伯……父上が許してくれなくて」



 秋まつりは庶民の祭りだ。そんなところへ貴族が行くものではない、とリンドグレーン伯爵はベアトリスがこの祭りに来ることを一度も許してくれなかった。



 なるほど、とレオンは言って、近くにあったかかしを見上げた。


「これらは、この祭りの主役でもあるかかしだ。ああやって飾って豊穣の感謝をささげた後、明日の夜にはすべて燃やして天に帰す。その周りで踊ったりもするな」


「そうなんですか! 楽しそうですね」


 浮かれたローズは、ついつい自分の口調に戻ってしまう。ベアトリス同様、ローズもこういう祭りは見ているだけでも心が弾む。


 レオンは、そんなローズの様子を楽しそうに見ながら、通りの先にあった広場に向かう。



「ここが祭りの中心地だ。ほら、あそこに祭壇があるだろう」


 レオンの指さす方向を見ると、広場の中央には木で組まれた祭壇があった。


 その周りが一番人が多いが、ベアトリスらしき姿は見えない。きょろきょろとあたりを見回しているローズに、レオンは続けた。



「あの祭壇と共に、街中のかかしを燃やすのだ」


「街中の? それはすごいですね。明日の夜ですか?」


「ああ。……見てみたいのか?」


「はい」


「では、連れてきてやろう」


「え? よろしいのですか?」


 きらきらした目で自分を見上げたローズを、レオンは目を細めて見ている。

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