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「おとなしくしてればお前だって気持ちよくなれるからさ。俺たちけっこう……」


「何をしている」


 その時、低い声が割り込んだ。ローズは振り向いて、そこにいた人物に目を瞠った。


「レオン……様……」


「お前たち、この女性に何か用か」


 鬼気迫る表情で言われて、男たちがひるむ。



「お前も、この女を狙ってたのか?」


「俺たちが先に見つけたんだ。関係ない奴はひっこんでろよ!」


「関係なくはない」


 言いながら、レオンはローズを掴んでいた男の腕を取って思い切りねじ上げた。


「い、いててててて!」


「彼女は、俺の妻だ」


「つ、妻?」


「適当な嘘つくなよ! やっちまえ!」



 男たちは、人数の多い自分たちに分があるとおもったのか、一斉にレオンに襲いかかった。ローズは思わず顔を覆う。


 男たちの方があきらかに多いのだ。勝てるわけがない。相手もそう思ったからこそ、襲ってきたのだろう。


 しばらく罵倒や何かの倒れる音が続いたあと、聞こえるのがうめき声だけになった。ローズは恐る恐る目をあける。と。


 立っているのはレオンだけだった。その手には、意識がもうろうとして崩れ落ちそうになっている男の腕を握っている。



「レオン様!」


 あわててローズはレオンの側に駆け寄る。


「レオン……カーライル家の、レオンか!」


 男の一人が、声をあげた。


「レオン?! あの、熊と格闘して素手で倒したという……?!」


 一様にぎょっとした男(+ローズ)たちに向かって、レオンは腕を掴んでいた男をぶつけて言った。


「去れ」


 あわてて、男たちは走り出す。



「っくそ!」


「所詮家を継げない公爵崩れだろ」


「○○の××が!」


 口汚くののしる男たちを睨みつけたあと、レオンはローズに向き直って言った。



「けがはないか?」


「はい。あの……」


「なんだ」


「申し訳ございません……」


 レオンの誘いを断っておきながら、こうして出てきたことがばれてしまった。これでは言い訳のしようもなく、気まずいことこのうえない。


 うなだれるローズに、レオンは言った。



「いや、俺こそ勝手に妻などと言ってしまってすまない」


「とんでもありません! おかげで助かったのです。ありがとうございました。けれど、わたくしの身勝手でレオン様を危ない目に合わせてしまって……」


「危ない目などにはあっていない。それより、お前の方が危なかったんだぞ。街に出たければ、誘った時についてくればよかったではないか。お前が望むなら、俺はどんなところにでもつきあってやる」


 少し怒ったような口調で言ったレオンにローズは、そっと首をかしげる。



「私のこと……呆れたりしませんか?」


「しない。だいたい、一緒にいるのに無理をするな、と言ったのはお前の方じゃないか。そのお前が、俺に隠し事などする必要もないだろう。お前はお前の好きなようにすればいい」


「レオン様……」


「お前がなにをしても、俺は絶対に呆れたりはしない。だから、一人で出てくる行動力があるのなら、もう少し素直になれ」


 そう言って柔らかい笑みを浮かべたレオンに、ローズも、ほ、と笑んだ。



「はしたない、と、いつも父に叱られてばかりです。どうか、内密に」


「すましたばかりと思いきや……案外とかわいいところがあるではないか」


「……え?」


「あ、いや……」


 レオンは、あわてて顔をそらした。耳がかすかに赤くなっている。


「そういうところも……悪くない、と思うぞ……」


「そ、そうですか……」


 つられて火照る頬を押さえながら、ローズはぼんやりと思った。



(呆れたり怒ったりしないでいてくれるのね)


 どれだけベアトリスが破天荒でも、レオンにはそれを受け止めるだけの器がある。


 きっと、二人はいい夫婦になれる。


 そう思えば思うほど、なぜかローズの胸は締め付けられるように苦しくなる。


(考えちゃ……いけない……)

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