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「あれは確かマトレ通りのあたりだったか……どうした」
「あ、いえ……」
ローズはすとんと席に座った。
「わたくしと間違えるほどにそっくりな方もいらっしゃるものかと驚きまして……」
「間違えたりはしない」
すると、存外真面目な声が返ってきた。
「たとえ似ていても、お前を誰かと間違えたりしない」
真っ直ぐに見つめるレオンの視線を受け止められず、ローズはうつむいた。
レオンは時折、穏やかな言葉の中にもこんな風に、なにがしかの激しさを含ませることがある。
それはきっと、ベアトリスに近づこうとしてくれているレオンの気持ちの表れだ。それ自体は良いことだが、自分を偽っているローズはその激しさを受け止められない。
いや、自分が受け止めてはいけない。そうわかっていても、熱を含んだ彼の眼差しに見つめられると胸には嬉しさがあふれてくる。
(あの熱は、お嬢様に捧げられるべきもの。わかっているわ。決して私……ローズに対するものではないのよ)
そしてまた苦しさに胸を痛める。そんなことを最近のローズは繰り返してばかりいた。
「一緒に行くか?」
「え?」
レオンの問いかけに、ローズは顔をあげる。
「今日はこれから施設の方へ行くことになっている。気になるのなら、一緒に、行くか?」
カーライル公爵は慈善事業として、ある孤児院への寄附を定期的に行っている。その孤児院でも秋まつりの一環として芝居や歌などの催しを行い、毎年公爵はそこに招かれているのだ。レオンは、公爵の代理として時折準備の様子を見に孤児院を訪れている。
「いえ別に気になっているわけでは。それに、もう一度その方に会えるとも限りませんし」
「それもそうだな。しかし俺も少し気になることがあって……あれは……」
レオンも何か考え込んでしまう。ローズは、自分の鼓動が速くなっているのを感じた。
気にならないわけがない。もしかしたら、レオンが見たのはベアトリスかもしれないのだ。
今日と明日の二日間、ここフィランセの街では豊穣の秋まつりが行われる。国の中では一番の大きな秋祭りだ。そのため近隣の人々が集まってくるので、街は普段より賑やかになっているはずだ。ローズは、ベアトリスがこの祭りを見たいと常々言っていたことを覚えていた。
「ここに来てからずっと館の中で過ごしているだろう。たまには外に出るのも気晴らしになるかと思うが」
レオンがそう言ってくれるが、ローズはそれどころではない。
「いえ、遠慮いたします」
「そうか……」
その言葉は、少しだけ残念そうな響きを持ってローズに届いた。
「だが……来年は公爵夫人として臨席することになるだろう。覚えておいてくれ」
「はい」
硬い声で言って一気にカップを空にしたレオンは、席を立つ。それを見送って、ローズは、両手を強く握りしめた。
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