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 振り返ると、レオンだった。昨日、ハロルドのことを聞いてから、レオンに会うのは初めてだ。緊張気味に、ローズは返事をした。


「はい」


「たいして変りばえのしない花を見て、おもしろいのか」


 呆れたような口調には、ローズのような緊張は見られない。昨日の話は、彼の中で尾を引いていないようだ。ほ、として、ローズは笑った。



「見ていると幸せになれます。花をもらうなんて、初めての経験でしたもの。とても嬉しかったので、大切にしたいのです」


 レオンが、眉をあげた。


「ほう。伯爵令嬢に花など珍しくないと思ったが……そうか」


 言われて、は、とローズは気をひきしめた。



 いけない、今のローズはベアトリスだ。最近は公爵邸にもレオンにも慣れてきて、少し地が出ているのかもしれない。ローズは、つ、と背を伸ばすと胸を張った。


「いえ、さ、咲いているものを摘もうとしたのは、レオン様が初めてだったということです。バラの花なんて、もう見飽きるほど頂きましたわ、ほほほほ」


 結婚適齢期のベアトリスのもとには、花やアクセサリーやドレスなど、日々山ほど届いていた。ベアトリス自身は、まったく興味がないようだったが。


 ああ、と、レオンは何かを納得するようにうなずいてから、穏やかに笑った。


「では次も、花壇の花を摘むとしよう。お前がそれほどに喜んでくれるのなら、な」



 ローズ同様、レオンの様子も日に日に砕けたものになっていた。口数は多くないが、穏やかなその態度は居心地の悪いものではない。


(貴族の中にも、こんな方がいるのね)


 ローズは、ベアトリスが貴族の令嬢として一風変わったお嬢様だと思っていたが、意外に堅苦しいばかりが貴族ではないのかもしれない。レオンの姿を見て、ローズはそう思い始めていた。



「奥様、お時間でございます」


 二人で花を見ていると、ソフィーがひかえめに声をかけてきた。


「なにかあるのか?」


「先日のウェディングドレスの仮縫いができましたので、もう一度試着を」


 かすかに顔を赤らめながらローズがいうと、レオンはなぜか複雑な表情になった。


(レオン様?)



「あの……レオン様のお衣装も白なのですね。お針子たちに聞きました」


「そうだな。……もう、行け」


「はい」


 急にそっけなくなったレオンを不思議に思いながらも、ローズはソフィーに連れられてその場を後にした。




 ローズが行ってしまうと、その後ろ姿を見ていたレオンに声がかかった。


「ずいぶん、あの娘を気に入っているようだな」


「父上」


 様子を見ていたらしい、カーライル公爵だった。




「そういうわけでは」


「だが、先日も言った通り、あれはハロルドの妻になる娘だ。深入りするなよ」


 カーライル公爵はため息をつく。



「あれがいなくなったから急遽お前を当主にしてあの娘を妻に、と動いたのに、まさか今更ハロルドから結婚式には戻ると連絡がくるとはなあ。よりによって当主交代の報告にいった兄上……いや、国王からそんな話を聞くとは思わなかったぞ。国王に連絡を取る前に、まずはこちらに連絡するのが筋というものだろうに……相変わらず、アレの考えることはよくわからん」


「兄上は、一度口にしたことを反故になさるような方ではりません。戻るというなら、必ず式までには戻ってくるでしょう。ですから、結婚式の準備はそのまま進めております」

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