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「お呼びですか、お父様」


 服を着替えたベアトリスが部屋に入ると、リンドグレーン伯爵が机から立ち上がった。なにやら機嫌がよさそうな表情だ。





「来たか。ベアトリス」


「至急とのことですが、何かありましたか?」


「うむ。なに、案ずるな。いい話だぞ」


 不安そうなベアトリスにソファに座るように勧めながら、伯爵もその正面に座った。


 伯爵令嬢に相応しいしとやかな仕草と笑顔で腰を下ろすベアトリスにローズは、


(いつもその調子ならいいのに)


 と気づかれないようにため息をつく。





「実はな、お前の結婚が決まったぞ」


「……なんですって? 聞き間違えたようですわ。お父様、もう一度おっしゃって?」


「お前の、結婚が、決まった、と、言ったのだ。あれは嫌これは嫌というお前の気持ちを尊重してきたが、もうそろそろ限界だ。だからこちらで相手を決めた」


 それで晴れ晴れとした顔をしていたのか、とローズは伯爵の心情を察した。





 二人いた姉は、とっくにそれぞれ名のある家に嫁ぎ、跡継ぎとなる兄にはもう子供すら生まれている。だが歳の離れた末娘は家族中に甘やかされ、もとい、可愛がられていたために、伯爵も離れがたかったのだろう。伯爵が選んでくる相手をベアトリスがことごとくダメ出しをしても、なんとなく聞き入れてきたのだ。今までは。


 だが、ベアトリスはもう二十歳になった。そろそろ独身では外聞が悪い歳ごろだ。





「聞いて驚け。相手はなんと王都の貴族で……」


「お断りします」


 父の話をぶった切って、ベアトリスは言った。それも予期していた伯爵は、ベアトリスの言葉など気にせずに続ける。


「もう、決まったことだ。二週間後には結婚式を行う」


「に……二週間後?!」





 さすがにこれには、ローズも目を丸くした。あまりに早すぎる。


 ぐりんと鬼の形相で自分の方を振り向いたベアトリスに、ローズはぶんぶんと首を振った。ローズも全く知らなかった。





「待ってください、お父様。急にそんなことを言われても……」


「急ではない。もう半年も前から話は進んでいたのだ」


 どうやら、いつものごとく断られてはかなわないと、すべてのお膳立てを終わらせてからようやく、本人への報告となったらしい。だから、ベアトリス付きの侍女であるローズにも、本人にばれないように知らされていなかったのだろう。





「カーライル公爵家から、今年二十六歳になる息子の伴侶としてお前が欲しいと申し出があった」


「カーライル公爵家ですって?」


 相手がカーライル公爵家となれば、それは機嫌もよくなるだろう、とローズは納得する。


 カーライル公爵は、現国王の実弟にあたり国の議員をつとめる名の知れた貴族だ。





「ああ。切れ者で顔もいいとなかなか評判の後継ぎだぞ」


「わたくしは会ったこともございません。第一、相手が誰であろうと、嫌なものは嫌です」


「トリス。お前のためを思って決めた結婚なのだ。いつまでもわがままを言うものではない。わしだってお前を嫁になど出したくないが、お前が幸せになれると思えばこそ……」


 二人の口論を聞きながら、そういえば、とローズはぼんやりと思いかえす。





 ここ数か月程、ベアトリスのドレスなど新調すると言ってはしつこいくらいに採寸が行われていた。てっきり来期のシーズンに向けてのものかと思っていたが、あれはもしや花嫁衣裳でも作っていたのだろうか。





「わかりました」


 どう言っても話が覆らないことを悟ったベアトリスが、ついに硬い声で答える。

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