5-8-7 アーサマ防衛線異常あり

「大変です。アーベ将軍。第二軍団が動きました」

「何、第二軍団が動いただと」

「はい、首都方面に移動を開始した模様です」

 ここはアーサマ防衛線。我々第一軍団は山の西側、首都へ山を大きく迂回して、割と平坦な道を進むルートを封鎖している。一方、第二軍団は山の東側、首都へは峠越えのルートを封鎖していた。峠を越えてしまえば首都は目の前だ。


「ツェーデの奴、何を考えている」

「クーデターの噂、本当ですかね」

 第二軍団が市民徴兵の集まりだといっても、指揮をとっているのは伯爵のツェーデだ。クーデターに参加するために首都に向かっているとは考え難い。市民から讃えられる英雄になりたくて、私欲に駆られたか。だがここで第二軍が持ち場を離れて仕舞えば、アーサマの防衛線は崩壊してしまう。そうなれば、敵は一気に首都まで攻め込んでくるぞ。そんなこともわからない馬鹿ではあるまい。

 まさか、ツェーデが打たれたのか。はっ。それこそ馬鹿な考えだな。


 しかし、第二軍団が動いたとなると困ったことになったぞ。我、第一軍団だけではアーサマ防衛線は守りきれんぞ。サキューを一旦放棄して第三軍団をこちらに回すか。あそこなら峠越えの補給路を断つことも容易い。奪還もそれほど難しくないだろう。


「アーベ将軍どうしますか」

「そうだな」

 俺は腕を組み、なおも考える。どうすれば、被害を最小限に抑えられるかを。


「将軍、将軍、首都からの特使だという者が参っておりますが、どうしましょう」

 急に考えを中断させられた。

「特使だと。通せ」

 まさか、クーデターが成ったのか。


 通されて来たのは、目つきの悪い女だった。いや、未だ少女と言った方が良いかもしれない。後ろにえらい美人なメイド服の従者を従えている。戦場は遊び場じゃないのだぞ、と言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。なんだこの魔力は、化け物か。

 戦場を渡り歩いた俺は、相手の魔力を感じ取ることができる。それぐらいのことができなければ、戦場では生きていけない。だが、これ程の魔力を感じたことは今までなかった。


「エリーザといいます。第一軍団長のアーベ将軍で間違いないですか」

「ああ、俺が第一軍団長のアーベだ」

「それでは、新国王からの勅命、及び、新軍務相からの指令書をお渡しします。速かに実行されることを希望します」

「ちょっと待て、新国王とは誰だ。クーデターが成ったのか」

「前国王は退位され、末姫様、スエーデル陛下に王位を継承されました。これは、前国王自身が市民の前で宣言されました」

「何人死んだ」

「死んだ方はおりませんが」

「そんな筈はあるまい。城を守っていた兵も一人も死ななかったことはあるまい」

「いえ、兵にも一般市民にも一人の怪我人もありませんでしたが。もっとも、元国王と、宰相、軍務相の三人は投獄されていますが」

「そんな馬鹿な。それに投獄されたのが三人だけだと、国王派だった他の者は何をしている」

「皆さん心を入れ替えて、新国王には忠誠を誓い。身分や地位を落とされたりしましたが、下働きとして、身を粉にして働いていますが」

「そんなことがあり得るのか」

「この戦いをさっさと済ませて、ご自分の目でお確かめください」


「そうだった。今は首都のことを気にしている場合ではなかった。新軍務相にはだれが就いている」

「暫定で元首都守備隊のガイル副隊長が就いていますが、この戦いが終わった後は、将軍が適任であろうという話になっています」

「俺に軍務相。今はその話はいい。それより、第二軍団を引かせたのはガイルの指示か。何を考えている」

「そうですね。納得いかないようですが、こちらの指令書をお読みください」

「ああ、そうだな」

 俺は、特使の持ってきた、勅令と指令書を受け取ると、すぐに読み始めた。


「なんだ、この指令書は、作戦に穴が多すぎるぞ。誰だこの作戦を考えたのは、まさかガイル本人か」

「その作戦を考えたのは私です」

「なに、お前が考えただと、こんな作戦駄目だ」

「ですが、第二軍団は既に作戦行動に移っています」

「直ぐに中止させろ。大体、第二軍団を首都に戻る振りをさせて、左右二手に分けて待機させ、やってきた敵を不意打ち、後背から第一軍団で殲滅だと、アーサマの峠を抜ければ首都まで守りはいないのだぞ。危険すぎる」

「その点は安心してください。アーサマの峠を物理的に封鎖します。四、五年は通れなくなり不便ですが、戦争中ですし、敵が来なくなっていいでしょう」

「そんなこと本当にできるのか」

「できなければ作戦計画書に書きませんよ」

「では、これはどうするんだ。第二軍団を二つに分けたら各個撃破される危険があるぞ。数でいえばこちらが有利だが、こちらは魔法が使えないんだ。戦力では向こうが上だぞ」

「それも大丈夫です。第二軍団のウイルスは私が既に除去しました。こちらも魔法が使えますよ。それに、向こうは、こちらが魔法を使えないと思っています。将軍が考えているより簡単に決着がつくかもしれませんよ」

 ウイルスを除去して魔法が使えるのか。ならば、互角以上の戦いができるだろう。首都の様子も気になる。多少の犠牲はでても早期に決着をつけるべきか。

「うーむ。わかった。指令書に従おう」

「ありがとうございます。では早速、第一軍団もウイルスを除去しますので、兵士を外に集めてください。そのまま、すぐ出発をお願いします」


 俺は兵士に出撃の準備をさせ、行軍体系に整列させた。

「お前たち、この方が今からウイルスを除去してくださる。それが終わり次第アーサマの峠方面に向け進軍を開始する。そこでは第二軍団と敵が交戦状態に入っていると思われる。我々は敵の後背を突く。勝利は我らに約束されている」

「勝利は我らに」

 兵士が揃って太い声をあげる。


「それでは頼む」

「はい、任せてください。うーん。アーサマの峠を封鎖するのに使うことになるし、聖剣でいいか。来い。聖剣クレイヴ=ソリッシュ」


 なにもなかった空間から一振りの剣が現れる。なんと神々しい。

「聖剣と言ったか」

「聖剣なのか」

 兵士の間からも声が漏れる。

「クレイヴお願い」


『聖光』


 聖剣が光り輝いた。聖なる光が俺たちを包んでいく。先程までの緊張が嘘のように取れている。

 肝心のウイルスだが。大丈夫だ、ちゃんと除去できている。魔法も使える。


「えー。それでは私はこれからアーサマの峠を封鎖に向かいます。三十分位したら封鎖の火柱が上がると思います。それが第二軍団の戦闘開始の合図でもありますから、皆さん方も遅れないでくださいね」

「おい、ここからアーサマの峠までは三十分では行けないぞ」

「大丈夫ですよ。特別な馬車を用意していますから」

「何を言っている。馬でも三十分では行けない、と言っているんだ、特別な馬車だろうと行けるわけがないだろう」

「ははははは。本当に大丈夫なのですよ。それでは行きますね。皆さんも頑張ってくださいね」


 そう言うと、特使の少女は馬車に乗り飛び去った。

 飛ぶように走り去ったのではない。文字通り、空高く飛んで行ったのである。

 一瞬呆気に取られていたが、気を取り直した俺は兵士に号令をかけた。


「お前たち、勇者に遅れをとるな。あれでは本当に三十分後にはアーサマの峠に着くぞ」

 思わず俺は勇者と呼んでしまう。

「勇者」

「聖剣を持って、空を飛んでた」

「勇者だな」

「間違いない、勇者だ」

 兵士たちもそう感じているようだ。


「お前たち、行くぞ。前進」

「オー」

 掛け声と共に俺たちは進軍した。


 進軍を開始してきっかり三十分後、アーサマの峠方面に火柱が立った。

 火柱。あれを火柱と呼んでいいだろうか。火柱と呼ぶには巨大すぎる炎の壁。大地に大きな亀裂が入り、そこから噴き出している。一体何をやったんだ。亀裂噴火してるじゃねえか。


 確かにあれなら、物理的に完全封鎖である。

 勇者の言うように、決着も直ぐ付くだろう。あれを見せられれば、敵も無駄に抵抗してこないだろう。

 ただな。何が四、五年は通れないだ。優に四、五十年は通れないだろう。

 勇者恐るべし。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る