5-8-6 クーデター

「国王陛下、首都守備隊副隊長のガイルと例の者達が参りましたが、通してよろしいでしょうか」

「例の自称賢者か。まあよい。通せ」

「畏まりました。通していいぞ」

 儂の命令で、宰相が部下に指示を出す。


 ガイルが引き連れて入ってきたのは女が四人。そのうち目つきの悪い一人が一歩前にでて、他の三人を後ろに従えている。後ろの三人は、目を見張るような美人と、如何にもその辺にいそうな普通の女と幼女。あの美人なら儂の妾にしてやってもよいな。


「国王陛下、報告の通り、ウイルスを除去できる者を見つけましたので連れて参りました」

「うむ、ガイル。ご苦労であった。で、其方がウイルスを除去できる者か」

「はい、龍神様より聖玉を賜りました」

「そうか、それでその聖玉はどこにある」

 聖玉さえ手に入ればこんな目つきの悪い女などに用はない。聖玉を取り上げてさっさと追い出してしまおう。

「聖玉ならばスワコウの神殿にありますが」

「なぜ持ってこない。ウイルス除去はどうするのだ」

「聖玉は龍を鎮めるため神殿になければなりません。持ち去れば神罰が下ります。神殿に行けば、誰でもウイルスが除去できます」

「儂にスワコウまで行けと申すか」

「国王陛下、スワコウは反乱分子が大勢を占めています。行かれるのは危険かと」

 宰相の言う通りだ。あんな危険な街など行けん。だがこのままスワコウだけウイルスが除去されてしまったら、反乱分子の勢力が強くなってしまう。


「ご安心ください、国王陛下。龍神様より聖玉の所有者と認められた私は、三分間だけ聖玉を手許に引き寄せることができます」

「なんじゃ、ならさっさとせんか」

「お待ち下さい。先程も言った通り、呼び寄せられるのは三分間だけです。ウイルスを除去する必要がある人たちを集めてからの方がよろしいのではないでしょうか」

「それもそうじゃな。宰相。ウイルスの除去が必要な者たちを、明日、大ホールに集めさせろ。わかっておろうな。除去が必要な者たちをだぞ」

 儂に反抗的な者たちのウイルスを除去してやる必要はない。これで、儂に楯突く者などいなくなるだろう。そうなれば、今は内務相の反対で生かしているが、甥を粛清したところで誰も文句を言わないだろう。

「畏まりました。万事差し障り無く」

 儂の命令を受け、宰相が部下に指示を出していく。

「ということで、明日、ウイルスの除去を頼むぞ」

「畏まりました」

 目つきの悪い女は儂に頭を垂れた。


 用が済んだので、そのまま下がらせてもよかったが、少し気になったので、儂は女に聞いてみることにした。

「ところで、其方はどのようにして龍神に取り入った」

「別に取り入ったりはしていません。たまたま神殿に行ったら龍神様の目に止まってしまっただけです」

「たまたまじゃと。何か特別なことをしたのではないのか」

「んー。そうですね、敢えて言えば、私の魔力が異常に高かいからかもしれません」

「そうか魔力が高いのか」

 ならば、そばに置いておけば何かの役に立つかもしれん。

「国王陛下、その者、究極魔法を使用します」

「何、ガイル、それは誠か」

「私が手合わせして、まるで歯が立ちませんでした」

「何、氷の魔術師の異名を持つ其方がか。なら、炎使いなのか」

「いえ、氷魔法で敵いませんでした」

「なんと、なら、究極魔法というのも本当か」

 これは追い返すどころの話では無いぞ、敵に渡ったら危険すぎる。なんとしてでも手許の置いておかなければ。


「因みに、後ろの三人は其方の従者か」

「はい、侍女と護衛です」

「そうか、なら王宮に其方達の部屋を用意しよう。設備の整った十分に広い部屋を人数分用意致するから、四人でそこで暮らすがよい」

「いえ、そのようなことをしていただくわけにはまいりません」

「そう遠慮するな。ウイルスを除去してもらう儂からのささやかな礼じゃ」

「わかりました。有り難く使わせていただきます」

 これで、目の届く範囲に置いておける。それにあの侍女もそのうち儂のものだ。

「では早速用意させよう。このまま今日から使うがよい」

「ありがとうございます」


 翌日、大ホールにウイルスを除去するために人を集めた。勿論、儂に従順な者達だけだ。

「皆のものよいか、今からこの者が聖玉を呼び寄せて、ウイルスを除去する。聖玉は三分間しか呼び出せないそうだから、『聖光』を浴び損わないよう、この者の指示に従うように。よいな」

「えー、では今から始めますが。国王陛下もおっしゃられたように、聖玉は三分間しか呼び出せません。私が聖玉を呼び出したら。聖玉を凝視してください。その時注意が必要なのが、魔力に抵抗するための魔道具は、必ず予め外しておく必要があることです。これを外しておかないと『聖光』の効果がありません」

 辺りが騒つく。

「何度も言いますが、やり直しは効きませんので、必ず守ってくださいね。それでは、準備ができ次第始めます」

 集まった者達が魔道具を外していく。儂もネックレスと指輪を外す。


「それでは、準備ができたので始めますよ。こちらをよく見ていてくださいね。はい」

「おー」

 掛け声と共に宝玉が現れた。周りから響めきが上がる。あれが聖玉か。初めて見るがもっと神々しい物かと思っていた。確かに魔力により輝いてはいる。使う者により違いがでるのかもしれん。魔力を込めているのがあの者では、然もありなんである。


「いいですか。いきますよ。ちゃんとこちらを見ていてくださいね」


『眠れ』


 儂を含め、そこにいた全員が深い眠りに落ちていった。



 目覚めたのは、甥が幽閉されていた筈の地下牢の中だった。


「おい、誰かおらんのか。ここから出せ」


 ガチャン。キー。バタン。コツ、コツ、コツ。


 目を覚ました後、牢の中で暫く騒いでいたらやっと誰か来たようだ。


「お目覚めですか伯父上」

「ノブラート。全て貴様の差し金か」

「いいえ、私は何もしていませんよ。賢者様に助けていただいただけです」

「あの、女狐か。こんなことをしてただで済むと思っているのか。王がいなければ国は大変なことになるぞ」

「心配せずとも大丈夫ですよ、元国王陛下。新国王がきちんと治めます」

「新国王だと。お前が国王になったのか」

「いえ、私は王族ではなくなりました。今は一介の子爵です」

「なら、あの女狐か。国を簒奪するなど身の程知らずな」

「賢者様でもございませんよ。あのお方は将来魔王になられるお方、一国の王には興味がないご様子」

「魔王だと。それこそお笑い種だ。あんな小娘に何ができる」

「これはまた異なことをおっしゃる。その小娘が実質一人で城を無血占領してしまったのですよ。将来魔王になるのは目に見えているでしょう」

「ぐぐぐぐぐ」


「そうそう、新国王には末姫様がなられました」

「何、スエーデルだと。そんなことは認められん」

「そんなことを言われましても。伯父上自ら、多勢集まった市民の前で宣言されたではないですか。書類もきちんと整っていますよ。伯父上のサインもほらここに」

 ノブラートは、儂のサインが入った書類を見せる。

「そんな宣言も、書類にサインした覚えも無いぞ」

「そうですか、よく思い出してください。賢者様に言われて、言われるままにしたでしょ。思い出せませんか」

「そう言われれば、確か聖玉を見せられて命令されたような」

「ああ、あれは、聖玉ではなく、エルフの宝玉というそうです」

「なに、あいつ、聖玉を呼び寄せられるとか嘘を付いたのか」

「いえ、賢者様が聖玉を呼び寄せられるのは本当ですよ。それで、首都にいる者は、この牢屋の中にいる者以外、全員、ウイルスの除去が行われました」

「首都にいる者全員とは市民も含めてか」

「そうですよ。新国王の就任宣言と併せて、賢者様が首都一円に『聖光』を放されました。そのお陰で市民も全員ウイルスが除去されました」

「首都全域を覆ったのか。なんて途方もない」

「それぐらいで驚いていては駄目ですよ。なんでも、大陸全体を氷地獄にできるそうですよ」

「・・・」


「それでは私はこれで、愛しのユキが待っているもので」

「なに、アカシは戻っているのか。二度と戻れない死地に送ってやったのにしぶといやつ」

「ははははは。賢者様の従者の一人がユキだったんですが、やはり気付きませんでしたか。私でも気付きませんでしたからね。無理もありません。賢者様の『変身』魔法は凄いですね」

「魔法だと。魔法で姿を変えているなら、魔法陣でわかる筈」

「賢者様は、魔法陣が出ない魔法も使えるようですよ」

「そんな魔法聞いたこともないぞ。・・・。まさか、アカシが転移陣の向こうから連れて来たのか」

「自分で出した勅命が、自分の首を締めることになりましたね」

「・・・」

「おっと、長いしすぎた。それでは本当にこれで失礼します。ゆっくりと隠居生活を楽しんでください」

「なんだと、こんなところで生活できるか。今すぐここから出せ。出せ」


 儂は、去っていく甥の背中に怒鳴り続けたが、甥は、振り返ることなく、黙って地下牢を出て行った。


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