5-8-4 内情

 スワコウの街を昼過ぎに出た私たちは、いくつかの峠を超え、街を抜け、暗くなった頃、アマツミという街についた。

「しかし、なんだその馬は。飛ぶように走っているのに、まるで疲れ知らずかよ。それに馬車も普通じゃないな。あれだけのスピードで走っているのに、全然揺れやしない。このまま夜通し走れば、本当に明日にはナーガに着いちまうぞ」

「だから言ったでしょう。私の馬車は特別だって」

 私は、首都守備隊の男にどや顔で自慢する。

「それで、まだ進むの。揺れないとはいえ流石に疲れたわ」

「今日はもうこのアマツミの街に泊まる」

「そう。それはよかったわ。それで宿はどこ」

「この街の守備隊の宿舎だ。着いて来い」

「守備隊の宿舎。宿ではないの」

「安心しろ。士官用の高給な部屋を用意してやる」

「それはありがたいことで」

「それと着いたら話があるからな」

「はいはい。わかりました」


 私たちが宿舎に着くと、休む暇もなく尋問の開始である。

「夕食くらい先に取らせて欲しいものね。私たちは罪人でなく、善意の協力者なのだから」

「ああ、そうだな」

 男は側に控えていた部下に命令する。

「おい、こいつらに食事を持ってきてくれ。俺の分も一緒に頼む」

「犯人扱いして、カツ丼なんかださないでくださいね」

「かつどん。なんじゃそりゃ。士官用の高級なやつをだしてやるから、文句を言わずに食えよ」

 やっぱり、こっちの大陸にもカツ丼はないのか。定番なのに。


「ここで食べるの」

 通されていた部屋は、尋問室という感じではなく。かといって、応接室としては質素だった。

「そうだ。食事をしながらゆっくり話を聞こうじゃないか」

「別に、私の方から話すことはないわよ」

「大丈夫だ。こちらには聞きたいことが山ほどある」

「そうですか」


「まず初めに、なぜ逃げなかった」

「逃げる?なぜ」

「お前の実力があればすぐ逃げられるだろう。馬車にしたって、全力で逃げられたら俺たちでは追い着けん」

「だから、なぜ逃げる必要があるの。さっきも言ったけれど、私たちは犯罪者じゃないのよ」

「騙そうとしても駄目だぞ。仕事柄、嘘を見抜いたり、尋問は得意なんだ。お前たちが、転移陣の向こうの国から来たのは察しが付いている。どうやって監視の目を掻い潜った」

「こちらにくる方法は、あの転移陣だけではないわ」

「そうか、他の場所にも転移陣があるのか。どこだ」

「そんなの知らないわよ」

「白を切る気か。まあ、そのことは、今はいい。アカシはどうした。一緒に戻ったのではないのか」

 アカシ?ああ、ユキさんのことか。


「名乗もしない人に話したくありません」

「おっと。これは失礼した。俺は首都守備隊副隊長のガイルだ」

「ファルベス王国、ロレック=ノース=シュバルツ公爵の娘、エリーザですわ」

「公爵令嬢か。それで、ファルベスというのが転移陣の向こうの国の名前なのか」

「そうですわね。ただ、転移陣の向こうは迷宮の最下層に繋がっていますけれど」

「そうか、それで向こうに行った者は帰ってこないのか」

「ユキさんの他にも送ったのですか」

「いや、今回はアカシだけだ。過去に、冒険に出た者がいる」

「そうですか」


「それで、アカシはなにをしている」

「秘密の任務だから喋れませんわ」

「クーデターの計画なら知っているぞ。お前に付いていたあの二人は、そのメンバーだということもな」

「あら、バレていますのね。それで泳がせていらっしゃいますの」

「泳がせているのとは少し違うな。この国の現状とクーデター計画についてどこまで知っている」

「そうですね。国王が悪政を敷いて、市民が困窮しているうえに、邪魔王がウイルスを撒き散らし、市民生活に支障が出ている。もうすぐ邪魔王に攻め込まれそうだということぐらいかしら。クーデター計画の中身については全然聞かされていませんわ。ただ、私を旗頭にしたいようなことは言っていましたが」

「そうか、その程度か。なら、詳しく教えてやる」


 丁度、食事が来たので、食べながらガイルが説明を始めた。

「まず、王が悪政を敷いているのは本当だ。宰相と軍務相が王に追随している。一方、王に批判的な声も多い。俺の所属する守備隊を管轄する内務相も王の退位を望んでいる」

「あれ、ガイルさんもユキさんの仲間だったの」

「いや、声はかけられたが、俺たちはクーデターには反対だ」

「それはなぜ。王の退位を望んでいるのでしょ」

「まず、時期が悪い」

「いつ邪魔王に攻め込まれるか、わからないものね。でもそれは攻め込まれる前に、さっさと片付けて仕舞えばいいのではないの」

「随分と簡単そうに言うな」

「だって、王の首を挿げ替えるだけでしょ」

「それが、アカシたちは王の退位だけでなく、王侯貴族制の廃止を目指している。これが俺たちとアカシたちが相容れない最大の理由だな」

「あれ、ユキさんは貴族じゃないの。近衛隊長なのよね」

「騎士爵だ。名ばかり貴族だな」


「そうなの、それにしても王侯貴族制の廃止となるとそれは厄介ね。近衛隊だけでどうにかなるのかしら」

「いや、近衛隊内でアカシについているには、その半数に満たない。もともと近衛隊は宰相の管轄だ」

「近衛隊の中が割れているの。そんなので大丈夫なの」

「アカシについているのは近衛隊の一部だけじゃない。軍の第二軍団がついている」

「第二ということは、軍の中も割れているの」

「そうだ。我が国の軍は、第一軍団が貴族の子弟、第二軍団が市民の徴兵、第三軍団が傭兵で構成されている。人数でいえば、圧倒的に第二軍団が多いが、強さでいえば、第三、第一、第二の順だな」

「貴族制の廃止となれば、第一軍団は当然ユキさんと敵対することになるのね。第三軍団はどうなの」

「内戦となれば傭兵どもは様子見だ。最終的に勝つ方につく」

「なるほどね」


「今、邪魔王の侵攻を防ぐため、全ての軍団が国境付近に移動している。アカシたちは、第一軍団が首都を離れ、国境で敵と睨み合っているのを好機と捉え、第二軍団の半数を首都に向かわせ、それでクーデターを起こす気でいる」

「でもそんなことしたら、第一軍団と第二軍団の残り半分がどんぱち始めそうね」

「そうだ。そして、その隙を突かれて邪魔王に占領されてしまう」

「ユキさんはそれをわかっていないの」

「わかっているさ。わかっているから聖魔道具を探していた」

「どういうこと」

「魔法が使える軍団と使えない軍団では、倍近い戦力差があると言えばわかるか」

「なるほど、第二軍団だけウイルスを除去して魔法を使えるようにするのね」

「そうすれば、第二軍団を半分に割っても均衡が保てる」

「でもそれって、第一軍団が大人しくしている保障はないわよね」

「そうだ。だからクーデターを起こさせないためにも、聖魔道具は守備隊で確保しておきたい。地方はアカシの息のかかった者が多い。残念ながら、守備隊内にも地方ではアカシに賛同する声もある。安全なのは首都の守備隊本部だ」

「なかなか複雑なのね。それで首都に急いでいるのね」

「ご理解いただけましたか賢者のお嬢様」


「現状はわかりました。それで、守備隊としては王をどう退位させる気なのですか。このままでいいとは考えていないのでしょ」

「王の子は娘ばかり五人だ。長女は宰相の息子と、次女は軍務相の弟と結婚している。三女以下はまだ年齢も幼く未婚だ。男子の後継者は王の弟の息子。つまり甥になる」

「王の弟はどうされたの」

「王により粛清されてしまった。そして、甥も今は幽閉されている」


「その甥を担ぎ出すのですか」

「そうできれば簡単なんだが、その甥は王侯貴族制の廃止を訴えている」

「つまり、ユキさんと一緒なのですね」

「そうだ。というか二人はできている」

「できている?ユキさんとその甥が恋仲ということですか」

「そうだ。元々アカシはその甥の警護に付いていた」

「それがいつしか好き合うようになったと」

「好き合ったはいいが、王族と騎士爵では身分が違いすぎる。側室ならともかく、正室には迎えられない。それなら王侯貴族制を廃止してしまおうと、その甥は考えたわけだ。優秀ではあるのだが、王族のくせに、国のため私情を捨てられない馬鹿者だ」

「王族相手に、随分と手厳しい評価ですね」

「ああ、あいつとは幼馴染、御学友というやつだ」

「なるほど、それであれこれ詳しいのですね」

 そうか、ユキさんがクーデターを計画しているのは、そういう理由があったのね。


「そうなると、誰か他の候補がいるのですか」

「現状考えているのは、末姫を立てる案だ」

「末姫とは、王の五女のことですか」

「そうだ。現在五歳。この子を王に立て、実務は宰相が取り仕切る」

「宰相は王に追随しているのではなかったのですか」

「当然、今の宰相と軍務相は更迭。新しい人を置く」

「その宰相は荷が重そうですね。今の内務相がなられるのですか」

「いや、王の甥に王族を退いてもらい、子爵として宰相になってもらう」

「なるほど、子爵なら騎士爵の娘を嫁に取れるのですね」

「まあ、そういうことだ」


「それで、王は素直に退位するのですか」

「しないだろうな」

「どうするのですか」

「どうしような」

「案がないのですか」

「立案中だ」

「・・・」

「・・・」

 二人で無言になる。


「ところで、なぜ、そんな重要な話を私にしたのですか」

「お前には、ここの奴ら全員でかかってもとても敵わん。それなら内情を話して協力してもらった方がいいだろう。それに、お前は龍神様に選ばれた賢者様なのだろ。何か良い案出せよ」

「そう言われましてもね」

 ユキさんとの約束はウイルスに除去で、王侯貴族制の廃止ではなかったわよね。クーデターの手助けはするけれど、王の退位だけでも十分な気もするし。後は、おいおい、甥と一緒に自分で頑張ってもらえばいいよね。

 さて、何か良い案ね。


「王もウイルスに感染しているのですか」

「ああ、王宮内で感染していない者は殆どいないな」

「なら私に良い考えがありますわ。ふふふふふ」

「お、おう。やはりお前、犯罪者だろう」

「失礼にも程がありますわ」


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