5-8-3 賢者

 スワコウの神殿で、龍神様に頼まれて聖玉を呼び戻した私は、賢者の力を得たようだ。賢者の力ってなに。厄介な力じゃないでしょうね。

 この場合、自分を鑑定すれば賢者の力についてわかるのかしら。


[賢者ノ力ハ、聖玉ノ力]

 この声は、マルちゃん。

 マルちゃんが念話を送って来た。

[マルちゃん。賢者の力について詳しく教えて]

[情報検索、魔法ノサポート、ナビゲーション等イロイロ]

[こちらの魔法が使えるのかしら]

[全テノ魔法ガ使エル様二ナル]

[それは便利ね]

[但シ、一度ノ呼ビ出シデ居ラレルノハ、三分マデ]

[あ、そうなんだ。マルちゃんを呼び出して使うのね。三分の制限はなんで]

[長時間、ココヲ離レルノハ、龍ガ起キル可能性ガアリ、危険]

[ああ、そうね。わかったわ。ありがとう。マルちゃん]


 時間制限があるが、なかなか便利そうだ。全ての魔法が使えるようになるのはいい。

 思わず、龍の像の手の上のマルちゃんと、手元の聖剣、隣にいるグラールを見比べてしまう。今度は当たりか。


 龍神の出現に辺りが騒然としている中、マルちゃんと念話でやり取りしていたら、神殿の奥から鎧を身に纏った集団が出てきた。しまった。さっさと逃げればよかった。


「騒々しいが何事だ」

「龍神様が現れて、その指示で、賢者様が聖玉を取り戻してくださいました」

 神殿の神官だと思われる男性が、鎧の集団のリーダーに状況の説明をした。

「なに、聖玉が戻っただと。そんな筈はない。聖玉は首都守備隊が厳重に・・・。いや、なんでもない」

 今、この男、とんでもないことを口走らなかったか。


「それで、聖玉を持って来た者はどいつだ」

「あちらの賢者様です」

 神官が私のことを教えてしまった。


「お前か。聖玉窃盗の容疑で拘束する」

「ちょっと待って下さい。賢者様はそんなことは」

「うるさい、あの目は絶対に犯罪者の目だ」

 神官が庇ってくれるが、男は聞く耳を持たないようだ。


「失礼ですわね。私が聖玉窃盗の犯人だと何か証拠でもあるのですか」

「お前が聖玉を持って来たのが何よりの証拠だ」

「私は聖玉を持って来てはいませんわ」

「嘘をつくな。証人はたくさんいるのだぞ」

 男は周りにいる人たちを見回す。


「あら、皆さんも見ていましたよね。私は聖玉を持っては来ませんでしたよね」

「そうです。賢者様は聖玉を持っては来ませんでした」

「そうだな。持ってはこなかったな」

 神官が私に同意し、周りからも同様な声が出る。


「では、なぜ、ここに聖玉が戻っている」

「それは、このように。マルちゃん来い。と呼び寄せただけですわ」

 龍の像の手の上にあった聖玉は、私の手の上に移っていた。


「なっ。ぐぐぐぐぐ」

 男は口惜しそうだ。

「そうか。そうやって盗んだのだろう。それは証拠品だ。こっちに渡せ」

「盗んだ犯人がわざわざ返しに来る訳ないでしょう。それに戻すのも簡単なのですよ。マルちゃん戻れ」

「あっ。こっちに渡せと言っただろ」

 男は焦ってこちらを睨み付ける。


「聖玉をどうする気ですか。聖玉がここに無いと大陸が滅びますよ」

「何をふざけたことを」

「いえ、龍神様がそうおっしゃいましたから間違いありません」

 神官も龍神の話を聞いていたから、慌てて男を説得しようとする。

「うるさい。ウイルスを除去するために聖玉が必要なのだ。聖玉は首都に持っていく」

「持って行ってどうするのです。龍神様から所有者と認められているのは私ですから。私以外使えませんよ」

「ならお前も来い」

「いやですよ。ウイルスを除去したいなら、こちらに来ればいいのですよ」

「うるさい。言うことを聞かないなら拘束してでも連れていく。氷よ彼の者を拘束せよ」


『アイスバインド』


 氷が足元から湧いてくるが、私に触れた瞬間、何事も無かったように消え去った。

「私に魔法は効かないわよ」

 女神の腕輪をしている私に、魔法は効かない。私のMPに変換されてしまう。


「ぐぐぐぐぐ。氷の飛礫よ敵を打て」


『アイスバレット』


 小石程の氷の塊が飛んでくるが、私に当たる直前消えて無くなる。

「だから、魔法は効かないと言ったでしょ」


「こうなれば最上級魔法だ。大地を覆いし凍てつく霧よ、結晶となりって、全てを飲込み、破壊せよ」

「おい、あいつ広範囲攻撃魔法を使う気だぞ」

「やばいぞ、逃げろ」

「賢者様」

 周りへの被害お構いなしですか。どうしたものかな。呪文を唱えている間に倒してもいいけど。呪文に合わせて、男の前に魔法陣が展開されていく。魔法の発動までに随分時間がかかるようだ。


[コノ魔法ヲ、御使イ下サイ]

 私の頭の中に魔法陣が浮かぶ。

[マルちゃん。わかったわ]


『ダイヤモンドダスト』

『アブソリュートゼロ』


 私の目の前に、思い浮かべていた魔法陣が瞬時に現れ、魔法が発動した。

 相手の魔法が発動と同時に凍り付き、広がることなく動きを止める。


「そんな馬鹿な。究極魔法の絶対零度だと。しかもノータイムでの発動だと。有り得ん」

 男は呆然と立ち尽くしている。


 マルちゃん曰く。私たちの国で使われている魔法は、ハードウェア制御、魔法回路が固定で身体の中に組み込まれている。発動は早いが自由度が少なく、身体に組み込まれた魔法以外は使えない。これは、魔素が少なく、八ビットしか扱えないで処理に時間がかかる、私たちの国向きなのである。

 一方、こちらの国の魔法は、ソフトウェア制御、発動に時間がかかるが、自由度が高い。豊富な魔素で魔法陣を自由に描き、努力次第で、十六ビットや三十二ビット処理ができるので、処理速度も上げることができる。それでもどうしても大規模魔法は発動に時間がかかる。

 それを私は、百二十八ビットで、マルチコア、アルチタスクで処理するのだからあっという間だ。しかも、クロックが桁違いなのだから、誰も私に魔法で敵わない。


[ソレニ私ヲ通シテ魔素ガ供給サレマスカラ、ドンナ極大魔法デモ使エマス]

 マルちゃんを通じて、龍の魔力が使い放題なのだ。

[試シニ広域殲滅魔法ノ『コキュートス』ヲ使テミマスカ。大陸中ヲ氷地獄ニ出来マスヨ]

 マルちゃんが物騒なことを言っている。そんなもの使いませんから。


 これ以上やり合っても意味がない。別に私はこの大陸を氷漬けにしたいわけではないのだ。

「もう止めにしませんか。仕方がないから、首都には行ってあげます」

「最初から素直に従っていればいいのだ」

 男は気を取り直して、横柄に言い放つ。

「賢者様、よろしいのですか」

 神官が心配そうに聞いてくる。

「聖玉は持って行かないから大丈夫よ」

「聖玉を持っていかないでどうする」

「どこでも呼び寄せられるから大丈夫よ」

「ちっ、やっかいな」

「何か言ったかしら」


 男は私のことを無視して部下に命令を出す。

「おい、お前たち首都に戻る準備をしろ。それと、お前たちは引き続き、ここに残り、転移陣と戻った聖玉の監視だ。ゴミが出たら片付けておけよ」

 あらあら、随分と物騒ですね。


「それで従者はそこの四人か」

「いえ、そちらの二人は今日護衛兼案内役に雇っただけですわ」

「ならもう不要だろ。帰らせろ」

「二人とも今日はありがとう。また、機会があったらお願いするわね」

「エリーザ様。できれば一緒に」

 カークさんが一緒にいると言ってくる。スーさんも心配そうにこちらを見ている。

「いえ、守備隊の人が守ってくれるからもう大丈夫よ」

「わかりました。それではこれで失礼します」

「ふん。白々しい。あれだけ強ければ護衛など要らんだろう」

「見た目の問題ですよ。いちいち絡まれていたら時間の無駄ですから」


 カークさんたちが帰ると男が話しかけてきた。

「それで名前はエリーザというのか。どこから来た」

「神の導きで、ここではない世界から」

「舐めてるのか」

「いえ。本当のことですが」

 男はこちらの顔色を窺ってくる。


「まあいい。首都へはすぐに出発する。馬には乗れるか」

「自分たちの馬車が宿にありますから、それで」

「馬車では時間がかかり過ぎる。馬車なら五日かかるが、乗馬なら三日で行ける。馬に乗れないなら二人乗りで行くぞ」

「私たちの馬車は特別ですから、二日もあれば余裕で着きますよ」

「そんな馬鹿な馬車があるものか」

「まあ、見てから言ってください。それより随分と急ぐのですね」

「こちらにも事情があってな。詳しくは後で教えてやる」


 男たちが出発の準備を整えると、私たちは宿に馬車を取りに向かった。


「確かにこのタイプなら箱型に比べれば速いだろうが」

「まあ見ていてください。飛ぶように走りますから」

 宿の裏庭で馬車を見た男は、疑わしそうにこちらを見ていたが、私たちは、構わず馬車に乗り込み出発した。


 必死に馬を蹴る男たちを尻目に、私たちは余裕で馬車を走らせるのであった。


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