2-9-3 婚約発表

 翌日、正式に婚約発表が行われた。

 各所からお祝いの品が届けられた。わざわざ挨拶に来て下さる方もおられ、屋敷の中はてんてこ舞いとなっている。


 そんな中、ケニーも王都の別邸まで来てくれた。


「エリー、第一王子と婚約したのは本当なのか」

「耳が早いわね。不本意ながら本当よ。王妃教育で忙しくなると思うから、ケニーとも、なかなか会えなくなると思うわ」


「シリーさん。元彼が来ましたよ」

「本当ですね、リココさん。あら、簡単に振られましたよ」


「不本意なのか。ならば俺がどうにかして」

「ああ、そういうのはいいから。第一あなたではどうにもできないわ」


「シリーさん。諦められないようですよ」

「リココさん。もういいみたいですよ」


「ぐ。なら俺はどうすればいい」

「どうすればいいって、すきにすればいいと思うわ。いつものように騎士になるために鍛錬でもしていれば。さっきも言ったけど、王妃教育が忙しくて、あなたと遊んでいる暇はないの」


「シリーさん。泣きつきましたよ」

「リココさん。遊びだったみたいですよ」


「やはり俺は騎士になるべきなのだな、そうか、王妃に仕える騎士になろう」

「それは無理よ」


「シリーさん。どうも遊びでも構わないようですよ」

「リココさん。それも無理そうですよ」


「そんなことはない。絶対に、王妃に仕える騎士になってみせる」

「絶対に無理だと思うけれども」


「シリーさん。諦めないようですよ。健気ですね」

「リココさん。それでも無理みたいですよ」


「俺の思いの丈を見くびるなよ。必ず王妃の騎士になる」

「そう、そこまで言うなら頑張ってね」


「シリーさん。情熱的ですね」

「リココさん。絆されたようですよ」


「それじゃあ、またな」

「ええ、またね」


「シリーさん、見ました。婚約早々浮気ですよ」

「リココさん、見ましたよ。不倫ですね。不倫」


「シリー。リココ。さっきから、ごちゃごちゃと、変なこと言わないでちょうだい。そんなんじゃないから」


「それにしてもケニー様はどうやって、王妃の騎士になるつもりなのでしょう」

「そうね、王妃に仕えているのは、女性騎士団なのだけれども」

「きっと、愛の力で性転換するんですわ。女神としては、ここは一肌脱いで」

「シリー、余計なことはしないでよね」



 昼間の慌ただしさも、夜の帳が下りると静けさを取り戻す。私は密かにシリーを自室に呼んだ。


「シリー、創世の迷宮に行くわよ」

「今からですか」


「そうよ、王子に許可がもらえる可能性が出てきたわ。今のうちに下見をして、準備を進めるわよ」

「ですが、転移は旦那様に禁止されていますが」


「パッと行って、パッと帰ってくれば大丈夫よ。仮に向こうで人に会っても、私だと分かる人はいないわ」


「それもそうですね。では、創世の迷宮に。入り口でよろしいですか」

「そうね。入り口でいいわ、お願い」


「では、『転移』」


 私たちは創世の迷宮に転移した。


「ここが創世の迷宮。レンガ造りなのね。中もそうかしら」

 私は、中を覗き込む。


「お嬢様、手早くお願いします」

「そうね。『鑑定』」


 私はしばし考え込む


「少し面倒ね。シリー、迷宮の最深部に転移できる」

「最深部ですか。では行きますね。『転移』」


 私たちは、転移されることなく、入り口に立っていた。


「あれ、転移できませんね」

「やっぱり、神の加護によってブロックされているわ」


「フ、猪口才な。『extra転移』」


 シリーが再び転移魔法を掛ける。

 私たちは、迷宮内に転移した。


「シリー、ここは最深部なの」

「すみません、お嬢様。ここは16階層です」


 私たちは、大きな扉があるレンガ造りの部屋に出ていた。

 創世の迷宮は24階層ある。


「いいわ。この扉を開けないと先に進めないのね」


 私たちの前の扉には何やら文字が書かれている。

 私はその文字を読む。


「これは、人間のことね」


 私の言葉に扉が開いていく。


「お嬢様何をしたのですか」

「この問題を解いただけよ」


 私は扉に書かれた文字を指差す。そこには、地球に古来から伝わるなぞなぞが書かれていた。


「謎を解けば扉が開き、次に進める仕組みよ。間違えると入り口に戻されるわ」

「それで幾重にもブロックがかけられているのですね」


「さて、大体の様子も掴めたし屋敷にもどるわよ」

「ちょっと待ってください。MP切れです」


「なんですって。どれだけ全力で転移したのよ。とりあえずこれ飲んで」


 私は、カードケースから緊急用のMPポーションを取り出し、シリーに渡す。


 シリーがそれを飲み干し、一息ついたところで、私たちは開いた扉の向こう側に人がいたのに気づく。

 向こうもこちらに気づいたようで、声をかけてくる。


「アレ、もしかして、エリーザお嬢様とシリーさんじゃないですか」

「えっ」


 私たちの前に立っていたのは、元家庭教師のニコラス=アウランであった。


「人違いよ、というか、これは夢よ、あなたは疲れているの。もう夜なのだからすぐに寝たほうがいいわ」

「夢なのですか。それにしては現実感があるような」

「そんなことないわ、これは、幻よ。その証拠にすぐに消えるわ」


 そう言って、私はシリーに合図を送る。

 キョトンとした顔の元家庭教師を残して、私たちは屋敷に転移した。


「まさか知り合いと遭遇するなんて、上手く誤魔化せたかしら」

「どうでしょう。お一人だったのがせめてもの救いです。もしかしたら、幻想だったと思っていただけるかもしれません」


 創世の迷宮の下見ができてよかったが、とんだ失敗である。やはり、転移魔法は気軽に使ってはいけない。

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