第184話 心を研ぎ澄ませる
深呼吸。
「──フッ」
一閃。
彼女は、その刀を引き抜いた。
銘は朧月夜。
その真価をまだシェリーは理解していない。だが毎日の鍛錬では、これを使用している。慣れるため、という意味合いもあるが彼女にとっては特別な意味があった。
それは、復讐の炎を絶やさないということ。
この魔剣を見つめるたびに、想起するのはベルの最期の姿だ。
忘れたくても、忘れることのできない悲しい記憶。それはシェリーの心に残り続けている。
だがそれで良かった。
その痛みは、その悲しみは、全て復讐の糧になるから。
そして、抜いた朧月夜をそっと納刀。
その場で丁寧に一礼。
「ありがとうございました」
ベルと一緒に鍛錬を重ねた時を、決して忘れはしない。
シェリーはそのまま、軍の基地内へと戻っていく。今まではがむしゃらにトレーニングを重ねていた。
その中で彼女は気がついた。もう、ただ量を重ねるだけではダメなのだと。それよりも心を研ぎ澄ませて、ただ一撃を極めるべきだと思っていた。
それは誰に言われたわけでもない。
シェリーは自分の意志でそれを感じ取っていたのだ。
「……」
ふと、太陽にその魔剣を掲げてみる。
何も反応はない。しかし、この魔剣には何かがあるに違いない。
それだけは、間違いなく分かっていた。
「先生」
ボソリと呟く。魔剣を腰に差し直すと、そっと自分の眼帯に触れるシェリー。これは戒めだ。幸いなことに、完全に治癒することはわかっている。
だが、まだこれを外す時ではない。
この眼帯を外すときは決まっている。
あの魔人と相対した時にこそ、自分は初めてこの戒めを解放することができる。
それはシェリーが自分に課したものだ。
感情だけではままならない。あのときのように、復讐心だけで立ち向かっていっても、同じような未来になるだけ。
それは決してあってはならない。
必ずこの復讐を果たす。
そのためには、技を磨き続けなければならない。
「私は、絶対にやり遂げて見せる」
空を見上げる。
黄昏色に染まった空が世界を覆い尽くしている。
この先できっと、ベルは待っている。最後の言葉を心に刻んんでいるシェリーは、時折こうして黄昏の空を見上げる。
この空のどこか。いや、きっとこの空の先に存在している青空でベルは待っているに違いない。
その想いを胸にシェリーは進み続ける。
踵を返す。
颯爽と翻ると、その場を後にしていく彼女。その姿は、やはりどこかベルを想起させるものがある。
人類は追い詰められることで、数多くの人間を失ってきた。
だがそれは決して、絶望だけを生み出しているのではない。
人々のために戦って、この黄昏の地で命を散らした戦士の意志は……間違いなく引き継がれているのだから。
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