第167話 心を研ぐ


 魔剣、十六夜。


 研ぎ続けるそれを見ながら、アルフレッドは月明かりにその刀身を照らしてみせる。


「……」


 すでに体は回復した。


 ベルとの戦闘は死闘だった。それはアルフレッドもまた、全身全霊を持って挑んだからこその意味。どちらかが死ぬまで終わりのない戦い。彼は、思っていた。この戦いで、死ぬことになるのかもしれないのは……自分かもしれないと。


 しかし彼はその手に勝利を収めた。


 人間の限界を超え、完全に覚醒したベルティーナ・ライトに打ち勝った。


 最後の秘剣。


 魔剣の名前を有している、必殺の剣技。


 ベルの敗因は相手のその秘剣を知らなかったことだった。


 一方のアルフレッドは知っていた。その秘剣の存在を。


 秘剣、朧月夜。


 それは幾度となく目撃した秘剣だ。使い手が変わるたびにそれは変遷を重ねていく。しかし完成に近づいているだけで、それは完璧な秘剣ではない。あの覚醒したベルであってさえも、その秘剣は不完全であった。


 ならば、アルフレッドの秘剣は完璧なのか? という問いが生まれるが……それも違う。彼の扱う、秘剣十六夜もまたまだ途上。



「ふぅ……」



 一息つく。


 アルフレッドが思うことはただ一つ。究極の秘剣を生み出すことだ。それは決して一人ではなし得ない。彼は魔人の中でも異端の存在だった。別に殺戮自体に快楽を覚えるわけでもないし、人間との戦いに何か特別なものを見出しているわけではない。


 彼の望みは、その秘剣を手に入れることだった。


 まだ見ぬ秘剣。百五十年以上経ってもたどり着けない、その彼方。


 その場所を目指して、彼は進んできた。



「アルフレッドさん、傷はいかがですか?」

「アウリールか……」


 魔人の中でもアルフレッドとこうしてよく話すのはアウリールだけだった。そして室内に入ってくるアウリールを横目に見ると、相手の問いに答えるのだった。


「もう完治はしている。ただ魔剣の方はもう少しかかるな」

「なるほど。それで、今回はどうでしたか?」

「ベルティーナ・ライトは可能性はあったが……ダメだな」

「しかし彼女はどうです?」

「あの小娘か?」

「えぇ。ポテンシャルはあったでしょう」

「……そうだな。いや、あの女はもしかすると、もしかするかもしれない」


 それは予感だった。


 シェリーを一目見た瞬間に、彼はある一人の女性を想起していた。


 そのあまりにも似ている容姿に、扱う剣技の型まで似ている。同じ剣技とはいえ、個人には癖が出るものあがシェリーのそれはあまりにも……酷似していた。



「そうですか。こちらとしても協力は惜しみませんので」

「そうか……いつも助かる」

「いえいえ。それでは、失礼します」

「あぁ……」


 恭しく礼をして、アウリールが去っていく。


 その姿を最後まで見ることはなかった。


 そして再び、アルフレッドは窓越しに空を見上げる。


 黄昏のない、静寂の夜。月明かりだけがこの部屋を照らし出す。


 そうして彼は再び、その魔剣を研ぎ続ける。

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