第155話 失われた想い



「ラウル、大丈夫?」

「あぁ……ありがとう。だいぶ良くなったよ。ミリア、トリアありがとう」

「困った時はお互い様だからね!」

「うんうん!」



 あれから倒れたラウルはミリアとトリアという双子の少女に助けられた。現在はどこにいるのか詳しくは分からないが、地下にいるようだった。ラウルはまともに動くことは叶わないものの、意識だけははっきりとしていた。



 ミリアとトリア。身長は150センチほどで二人ともに一卵性双生児なのか、容姿は酷似している。真っ赤な髪を右側で結んでいるのがミリア。左側で結んでいるがトリア。またミリアは右目に泣きぼくろがあり、トリアは左目に泣きぼくろがあった。


 正直言って、その髪と泣きぼくろの特徴がなければ見分けがつかないほどに似ている。



「ねぇ。ラウルはどこからきたの?」

「俺は結界都市から来たんだ」

「えぇ!? 結界都市って言えば西の果てにある場所でしょ!? よくここまで生きてたね……」


 ミリアとトリアがそう言って驚いた表情をする。その後は色々と質問をされたが、ラウルはにこやかに答えるだけだった。


 だが彼には疑問があった。この二人は一体誰なのか。そもそもここはどこなのか。地下空間にいるのは分かるが、詳しいことは全く知らない。彼はそのことをミリアとトリアに聞いてみるも、うまくはぐらかされるだけだった。



「なぁ二人には感謝している。本当に、本当に感謝しているが……一体ここはどこなんだ?」

「うーんとね……内緒!」

「そうだね〜。ラウルにはまだ内緒!」

「えぇ……二人は人間だよな? まだ人間の生き残りがいるのか? この黄昏には」

「まぁそうかもねー。でもいつか分かる日がくるよ。その時までラウルは養生しておきなよ」

「あぁ……それは助かるが……」



 納得はいかないものの、恩人にこれ以上根掘り葉掘り聞くのも悪いと思い彼はそれ以上尋ねなかった。


 それからラウルは数ヶ月ほどこの地下空間で生活することになるのだった。



 ◇



「ラウルってば、また本を読んでるの?」

「この部屋には読みきれないほどの本があるから……正直助かっているよ」

「ふーん。そうなんだぁ……」



 今いるのはミリアだった。今日もいつものようにラウルにご飯を持って来ていた。


 そんな彼女が部屋に入ると、ラウルは本を読んでいた。特に娯楽もなく、トイレなどの移動以外はこの部屋に篭りきりの彼は読書だけが楽しみになっていた。


 部屋は全ての外壁が本棚になっており、全ての本を読み尽くすだけでもかなり時間がかかりそうだった。それに本の内容は多岐に渡った。生命医学から哲学、それに小説など数多くの書物が存在した。


 これはもしかしたら、黄昏に支配される前の世界にあった代物なのかもしれない。そんな予感が彼にはあった。


 そうしてまた数ヶ月が経過して……彼はとうとうその両足で立ち上がることが可能になった。



「ラウルおめでとう!」

「おめでとう!」

「ははは、ありがとう……」



 リビングにあるダイニングテーブルに着くと、ミリアとトリアがラウルの体調が良くなったことを祝ってくれる。テーブルの上には豪勢な食事、それにケーキまで並んでいる。それを3人で笑いながら、雑談をしながら食べた。


 彼は思った。自分は本当に運がいい、と。こんなにも良くできた人に助けられてよかった。


 この時は、そう考えていた。



「ラウル外に出るの?」

「ダメか?」

「ダメじゃないけど……きっと驚くと思うよ……」

「うん……でもラウルが行きたいなら、行ってもいいよ? 夜までには帰って来てね」

「わかったよ」



 ミリアとトリアは用事があるということで一緒にいることはできなかった。


 だが一人で外に出ていいという話になって、ラウルは正直言って嬉しかった。


 今まではミリアとトリアの行為に甘えて過ごす日々だったが、これからは違う。二人に何か恩返しがしたい。


 そんな想いから自分にもできることを何か探そう。そう思っての行動だった。



「……ここは、一体……」



 外に出てみる。後ろを振り向くと、そこには自分が今までいた簡素な家があった。でも驚くべきことは……この世界には天井があるのだ。


 おかしい。この世界には空があったはずだ。黄昏に覆われているとは言え、この世界には間違いなく空が……あったというのに。この天井を覆っているのは、間違いなく外壁のようなものだった。


 地下にいるとは聞いていた。だがここまで膨大な地下空間が存在しているとは夢にも思ってはいなかった。


 そして彼は進み始めた。


 見渡す限り、荒野しかない。道には草が生えているもそれは黄昏に侵されているのか、紫黒に染まっている。だが彼には水平線の先に、街があるのを見つけた。



「……街だ!」



 嬉々としてその場から駆けていく。そこはしっかりとした街だった。人々が行き交い、交流をしている街……だったのだが、彼は愕然とする。



「……人間、じゃないのか?」



 ぼそりと呟く。そこにいたのは人間ではなかった。限りなく人間には近いだろう。でもその容姿は明らかに人間とは異なるものだった。角が生えているのは当たり前、それに先が尖っている尻尾もついている。


 これは知っている。文献で読んだことがあるから。


 人間に近い容姿をしているものの、膨大な魔素を有し、戦闘技能はこの世界でもっと高い水準にある種族。


 そうこれは、魔人……なのだと。



「おにーさん! どうしたの? ぼーっとして」

「え、あ……いやその……ちょっと目眩がしてね」

「ふーん。そうなんだ。あ! 私はクレアっていうの。よろしくね!」

「俺はラウル……よろしく、クレア……」



 震える手をなんとか落ちるかせて、ラウルは目の前にいるクレアと握手をする。どこまでも純白の長髪にスラッとした長身。そう言えばこんな容姿をどこかで見たことがるような、と彼は思っていた。



「ラウルはどこから来たの?」

「俺はあっちの家から」

「あぁ。ミリアとトリアの家かぁ……なるほどぉ……それなら、早く戻ったほうがいいかもね」

「あぁ……そうするよ」

「またね。ラウル」



 ひらひらと手を振るクレアにお辞儀を返すと、ラウルはそのまま早足で家に戻る。



「ミリア! トリア! どこにいるんだ!?」



 バンッ! と扉を開けて戻ってくる。大声をあげると何やら白い服を着ている二人がひょこっと顔を出す。だがその両手には……まだ新しい真紅の血が流れていた。



「あーあ。その様子だと気がついたみたいだね〜」

「でもミリア。こうなるのは時間の問題だったでしょ?」

「そうだねトリア。これはきっと運命。じゃ、始めようか」



 ニコニコといつものように微笑みながら、二人は雑談を繰り広げる。その瞬間、ラウルはこのままではまずいと思いこの家から出ようと試みるも……。



「……う、動かない!?」

「あははは。人間の力で干渉できるほど、私たちは弱くないよ?」

「うん。伊達に聖十二使徒じゃないしね」

「何を……何を言っているんだ……」

「もう分かっているでしょ? ここは魔人の国だよ。人間の結界都市にはもう、帰れないの」

「そうだよラウル。あなたはね、実験動物にするために私たちが捕まえて来たの。外を歩いている時に偶然見つけたからね……さて、元気になったところで、私たちがするのは……」



 ニヤァと嗤うその様子は、すでに人間ではないことを雄弁に物語っていた。溢れる魔素はすでに人間の有する量を超えている。


 動くことのできないラウルは悟った。


 自分は運が良かったのではない。運が……悪かったのだと、今更理解してしまう。



「ソフィア……俺は……」



 最愛の妹の名前を告げる。だが彼の先に待っているのは……正真正銘の、地獄であった。

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