第151話 Shall we dance?



 あれからメインストリートでの凱旋は終了し、僕らは次にこの街にある大きな講堂へとやってきていた。そこで元帥の演説と、再び僕も一言だけいうことになった。まぁ今回それは割愛しよう。といっても僕の言葉にみんな沸いてくれたのは間違いなかった。


 そうして街が活気づいた頃合で、次は王城での催し。


 パーティーが始まることになった。



「……」



 僕は軍服からタキシードへと装いを変える。僕はこうした服装は何かと苦手なのだが、そうも言ってられない。今回のパーティーでは僕とリアーヌ王女が初めに衆目の中でダンスを披露することになっているからだ。



 ちなみに今回のパーティーにやってくるのは、対魔師はもちろんだが軍の上層部の方々、それに王族に貴族もやってくる。無様な姿を晒すわけにはいかない。


 実は僕はダンスに関しては練習を重ねていた。もちろん短期間なので付け焼き刃なのだが、それでも練習しないよりはマシだった。


 練習相手に頼んだのは、リアーヌ王女だ。


 彼女は軍人としての仕事、王族としての公務などで忙殺されているというのに、わずかな時間を見つけては僕との練習に付き合ってくれた。


 本当に彼女には感謝してもし切れない。




「……よし」



 姿見で自分の格好を確認。服装はバッチリ。それに今回のダンスに合わせて、なんとヘアメイクをしてくれるらしい。僕は王城の中にある化粧室に向かうと、そこには一人の女性がいた。



「あら? もしかしてユリアくんかしら?」

「はい。ユリア・カーティス中佐です。ほ、本日はよろしくお願いします!」

「あらあらご丁寧にどうも。私は……」



 と、互いに自己紹介をした後で早速僕はメイクをしてもらうことになった。その工程は悲しくも女装の件で見慣れているのだが、今回は女性用ではなく男性向けの化粧だった。


 チークやアイライン、それにまつげをビューラーなどで上げることはせずにファンデーションを塗って肌の明度を上げる程度に納める。


 それと唇には軽く色付きのリップクリームを塗るらしい。女性用のグロスを引いてしまうと、逆に目立ってしまうらしい。男性の僕はあくまでも素材を自然に活かす方向でいくようだった。



 そうして最後にヘアセットをしてもらう。一度霧吹きで髪を濡らしてもらい、そこから乾かして形を作る。そこからは髪の毛用のオイルを軽くつけて整える。今回の僕の髪型は前髪を大胆に上げたものになった。


 いわゆるアップバングというものらしい。


 いつも僕は前髪は下ろしていたので、何かと新鮮だった。



「よし! 完璧ね! ユリアくん、素材がいいからすごくいい感じに仕上がったわ〜」

「ありがとうございました」



 ぺこりと頭を下げて僕はその場を後にする。



 そうして僕はパーティー会場に前乗りすることになった。現在はすでに会食は始まっているようで、雑談を繰り広げながら食事をしている人はすでに大勢いた。


 天井にあるシャンデリアがこの室内を煌びやかに照らし、真っ赤なカーペットが映えるようにして敷かれている。テーブル、それに食器類なども全てが豪華なものであるは素人の僕でも一目見ればわかるほどだった。



「お、ユリアじゃねぇか」

「ロイさん、それにヨハンさんも。今日はお疲れ様でした」

「ははは、何いっているんだ。これからだろ?」

「そうだよ。ユリアくんはこの後ダンスも控えてるんでしょ〜? ま、期待してるよ」

「……そ、そうですね」

「なんだぁ? 緊張しているのか?」

「そ、そりゃあ緊張の一つもしますよ!」

「あぁそうか。ユリアくんはまだこの手のパーティに慣れてないからね〜。ま、ロイさん。ここは若者らしくていいじゃないですか」

「そうだな。実力はバケモノ級だが、こういうところは年相応だな」



 ひどい言われようである。まぁ果実酒をすでに嗜んでいるようので、これぐらいの軽口は気にしない。


 酔っ払いの言うことをいちいち間に受けていられないからね。




 そうして僕らが雑談をしていると、急に室内の空気が変わる。


 ざわつきがまるで水面に浮かぶ波紋のように広がっていき、僕はみんなが見ている方向に目を向ける。


 するとそこには、リアーヌ王女がいた。


 周囲に微笑みを浮かべながら悠然とした姿で歩みを進める。


 髪の毛はアップにして後ろにまとめており、さらにはいつもよりも化粧が濃いものの、それは決して濃いと形容すべきなのか分からなかった。


 ただただ純粋に綺麗だった。


 この世の美というものを突き詰めたような存在。まるで意図してデザインされたかのような美貌。


 ドレスもまた背中が大胆に開いている真っ赤なものだった。ヒールもかなり高く、いつもの彼女とは全く違う。



「ユリアさん? いかがしましたか?」

「あ……え!? えっとその……!」


 完全に呆けていた。リアーヌ王女が僕のすぐそばに来るまで気がつかないほどに。


「どうですか、今日の私は?」

「その……」

「その?」

「とてもよくお似合いであります!」

「ふふ、なんですかその口調。いつものあなたらしくないですけど?」

「だってその綺麗だから、緊張して……」

「そんなに綺麗ですか?」

「は、はい!」

「ふふふ。それなら頑張った甲斐もありましたね」



 と、二人で談笑していると明かりが落ちて中央にだけ光が灯される。



「さてみなさん。本日のパーティーの余興といきましょう。まずは特級対魔師序列零位であるユリア・カーティス。そしてリアーヌ第三王女によるダンスからこのパーティーの幕を開けましょう。さて、お二人ともどうぞ」



 司会進行はデリックさんだった。彼の声が反響するようにして室内に響きわたると、僕は彼女の手を取るのだった。



「行こうか、リアーヌ」

「エスコートお願いね、ユリア」



 小さな声で、互いにしか聞こえない程度で囁いて、僕らはその中心へと向かう。


 そうして彼女の両手をとって、ダンスを行う体勢に入ると音楽が流れ始める。


 もう何度も練習したから体が覚えている。


 僕らは踊り始めた。互いにステップを踏みながら、左右に流れつつその体を音楽に乗せる。


 不恰好かもしれない。でも僕は懸命に取り組んだ。目の前にいるリアーヌ王女の双眸をしっかりと見つめながら、互いの呼吸を合わせるようにして舞う。


 

「ユリアさん、いつもよりも上手いですね。本番に強いタイプですか?」

「まぁそうかもね……なんとか踊れているみたいで助かったよ」

「ふふふ、まぁあなたならできると思っていましたから」



 そんな会話も挟みながら踊り続けて、音楽が一旦終了する。


 僕らはその手を離すと恭しくオーディエンスに一礼。


 瞬間、溢れんばかりの拍手に包まれるのだった。


 それから他の人たちもダンスを始める。皆がそれぞれペア組んで、音楽に合わせて踊っていく。



「ユ、ユリア!」

「……先輩、ですか?」

「そ、そうだけど?」

「綺麗ですね。よくお似合いですよ」

「うにゃ!? そ……そう思う?」



 リアーヌ王女と別れて一人でどうしようかと思っていると、トコトコと小さな足取りで先輩が近づいてきた。いつもズカズカと歩いているのに、今日は妙にしおらしい。


 上目遣いで僕を見つめながら、髪の毛をくるくると指先で巻いている。



 ここで言葉を濁すのは無粋というものだろう。



「先輩。僕と踊ってくれますか?」

「……うん!」



 まるで荒野に咲く一輪の花の如く、微笑む先輩。


 いつもとは違うその笑顔に僕はドキッとしながらも、彼女のその小さな手を取る。


 僕らは回る。


 くるくるとこの場で回り続ける。それこそ、この世界が流転し、回転するように、僕らは夜を明かすようにして踊り続けるのだった。



 きっとこれが終われば僕らは日常に戻ることになる。



 対魔師の日常。それは戦場だ。黄昏の大地を取り戻したとはいえ、まだ一部だけ。僕らはさらに進み続ける。



 でも今日は……この一晩だけは、忘れよう。


 このささやかな、幸せな時間を享受しよう。


 そうして僕らはこの世界で回り続ける。



 

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