第150話 The parade has been held!
とうとうこの日がやってきた。
そう、パレードの日だ。
正式には黄昏の大地を取り戻したことによる祭典とエルフとの調印式なのだが、そんな名称はどうでもいいだろう。
ただ単純に、めでたい日である。それだけで十分であった。
「よし……」
僕はベッドから起き上がるとそのまま軍服に袖を通す。そうして軍靴も身につけて身だしなみを整える。一応髪の毛も少しだけ手入れをしてみることにした。鏡の前にいくと櫛で髪をとかして、そこからは先輩にもらったオイルを髪に少しだけつけて毛流れを整える。
正直、いつもと変わりはないと思うがそれでも気持ちは違った。
今日はパレードなのだ。めでたい日なのだから、少しぐらいは浮かれてもいいだろう。
「……行ってきます」
今は亡き、父と母の遺影に挨拶をすると僕は自室を出ていくのだった。
「ユリア。早いわね」
「シェリーもね。今はシェリーだけ?」
「うん。私は朝の鍛錬の後にすぐにきたから」
「なるほどね。でも確かにまだ集合時間の30分前か……ちょっと早かったね」
「そうね。ま、ユリアが来てくれてよかったわ。時間も潰せるし」
「ははは、それならよかったよ」
特級対魔師は、一応基地の中の会議室に集まるようになっている。そこで今日の段取りを聞いた後に、もちろん予め知ってはいるが念のための確認だが、パレードに参加する予定だ。
今日は朝から街の方もきっと活気付いていることだろう。
結界都市が生まれてからの初めての偉業。今までの人類はこの内側の世界を守ることで手一杯だった。外に目を向ける余裕など、なかったのだ。でもその旧態依然とした状況を打ち破り、僕らは黄昏の大地を一部とはいえ取り戻した。
もちろん犠牲が出なかったわけではない。今までの大規模な作戦と比較すると、かなり少なかったものの、黄昏の地で人間の命が散ったのは記憶に新しい。
ベルティーナ・ライト。
古参の特級対魔師であり、人類最強の剣士と謳われていた剣姫。
そんな彼女がいなくなったのは人類にとっての大きな損失だ。この短期間で特級対魔師が二人も亡くなり、僕らは追い詰められているようにも思えるが……それは違う。
確かに僕らは前に進んでいる。それだけは、間違いようのない事実だ。
そうして死んでいった人の意志は受け継がれている。今のシェリーを見ると、それがよくわかる。ベルさんを意識しているのか知らないが、彼女が魔剣朧月夜を腰に差している姿は、どことなくベルさんを想起させる。
「シェリー、朧月夜はどうなの?」
「そうね。振るうのは慣れたわ。ちょっと重量があったけど、今は違和感なく振ることができるかしら」
「秘剣は?」
「もちろん全部試したけど……」
「けど? 何かあった?」
「秘剣って全部何種類あるか知ってる?」
「十じゃないの?」
「十一よ」
「え……そうなの?」
「えぇ。私は先生の最期の姿を微かに見たけど、あれは終の秘剣だった」
「終の秘剣、か。文字通り、最期の秘剣ってこと……?」
「えぇ。私も先生に一応理論は教えてもらっているけど、その扱い方はまだ……分からない。でも先生はきっとたどり着いたのよ。あの終の秘剣に。それでも、先生は負けた。だから私は超えるわ。先生も、その終の秘剣も。必ずその先にたどり着いてみせる」
「うん。シェリーならきっとできるよ」
「ふふふ」
「どうしたの?」
「なんだか昔の自分を思い出して、さ」
「……苦労してた時期もあったね。でもそれは……」
「えぇ。今も同じよ。魔族の血が覚醒したとしても、私はまだ途上。完成に至るまでは程遠い。いやきっと……完成することはないのかもしれない。だって私はずっと最高の、最強の自分を追い求め続けるから。現状に満足することは、決してないわ」
「そうだね。僕もそう在りたいと思うよ」
「一緒に頑張りましょう、ユリア」
「うん」
そんな会話をしている間に、特級対魔師たちが続々と会議室に入って来て今日の段取りを確認した。
その説明を行ってくれたのはリアーヌ王女だった。彼女は今回軍人としてでなく、王族としての公務もあるというのにこちら側の作業もしているらしい。
その姿勢には素直に感服する。
彼女はベルさんの死を完全には乗り越えていないのかもしれない。でも、それでも、前に進むことだけは変わらない。嘆いたっていい、立ち止まってもいい。その度に僕らは、歩みをもう一度進めればいいのだから。
そんなリアーヌ王女を見つめていると、ニコリと微笑み返してくれる。僕もそれに微笑みで返す。
そうして僕らはとうとうパレードに臨むのだった。
◇
「……うわ。これ……すごいですね、先輩」
「えぇ。今回は軍の音楽隊も揃っているし、街のみんなも装飾とか色々と尽力してくれたみたいよ」
「そうですかぁ……」
僕らは中央区にある街中、その中でも南北に走っている大きなメインストリートにやって来ていた。今回は特級対魔師が先頭になって、ここを進むことになっている。その後は講堂で演説。続いて王城で関係者のみでパーティーというのが今回の段取りである。
特級対魔師の面々、その中でも僕は序列零位ということで先頭になった。
「ほらユリア。行きなさい」
「はい……」
左右には大勢の人がいる。そして目の前にはどこまで平行線の道がまっすぐ続いている。普段は人が大勢いるため、こんなにも開けたこの場所を見ることはない。僕はそんな荘厳な雰囲気に飲まれながらも、足を踏み出す。
瞬間、音楽隊による演奏が始まる。
そうして人々は大騒ぎを始める。花を散らし、僕らの偉業を労ってくれる。
「ありがとう!!」
「大地を取り戻してくれて、ありがとう!!」
「きゃー! ユリアくーん!! こっち見て〜!!」
「かわいい! 照れてる〜!!」
と、様々な声が上がる。僕はこんなことには当然慣れていないので、少し照れながらも手を振り返す。
軍靴をカツカツと鳴らしながら、僕らは進む。
人々は皆が笑顔だった。数ヶ月前、襲撃された時の陰鬱とした雰囲気がまるで嘘のように。
人々はあの時に知った。自分たちのいるこの結界都市の平和は仮初めのものでしかないと。一歩外に出れば、そこは黄昏の大地。人間を数多く殺して来た、非情なる大地があるのだ。
それに怯え、震え、恐怖していた人は多くいる。でも逃げ場所などない。
だから僕らは立ち上がった。特級対魔師を筆頭に、進んできて……人類が150年達成できなかった偉業を成し遂げたのだ。
人々は湧く。まるで世界が黄昏から解放されたかのような盛り上がりだ。でもそれでいいだろう。あんな世界は知らなくてもいい。非情で、慟哭に満ちたあの大地に立つのは対魔師だけでいい。
きっと死んでいった対魔師のことなど、人々は知らない。知識としては頭に入るも、それはきっと忘却の彼方へと消えていく。その程度のものでしかない。だから僕らが覚えていよう。確かに死んでいった対魔師たちはこの世界にいたのだと。彼、彼女たちがいたからこそ成し遂げることができたのだと。
それを心に抱いて、今はこのパレードに興じようじゃないか。きっとそれは手向けになるから。死んでいった仲間たちのためにも、僕らはこの今日という幸せを享受しよう。
「ねぇユリア」
「なんですか先輩」
「私たち、頑張ってきてよかったね」
「先輩……」
よく見ると先輩はニコリと微笑みながら、涙を流していた。
でもそれは悲しみではない。喜びで涙を流しているのだ。今まで苦労が報われたのだ。これほど嬉しいことはない。
特級対魔師は数多くの死に触れる。僕だけではない。先輩も、そして他の人たちも仲間の死を知っている。
それを分かっているからこそ、涙が溢れる。
「先輩、これからも頑張りましょう。いつかこの喝采が普通となるように。人々の笑顔が絶えない世界にするためにも」
「そうね……」
そうして僕らはこの喧騒の中を、笑いながら進んでいくのだった。
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