第149話 Sightseeing
「ユリアさん。今日はよろしくお願いします!」
「うんこちらこそ、よろしくね」
ぺこりと頭をさげるアイリス。彼女と会うのはとても久しぶりな気がするが、実際のところは一週間ぶりくらいだ。
あれからエルフたちは体調を取り戻し、今となっては普通に村で暮らしているようだが……また新たに進展があった。それは今回のパーレドに合わせて、人々の前で正式に交流を始めるという調印式を行う予定である。
黄昏の大地の一部を取り戻したとはいえ、まだそこは対魔師が管理しており一般の人々は住む予定はない。その中でエルフたちはその一部を使うことになった。今の村では何かと手狭なので、少し拡大する形だ。
そうして今回の調印式に合わせて何人かのエルフが結界都市にやってきている。それがアイリスだった。
パレードは明日あるものの、早めにやってきていたアイリスは何かと時間を持て余していたようだ。そんな時に僕は彼女がやってきているのを知って、思い切って誘ってみることにした。
すると彼女は満面の笑みで承諾してくれた。
というのが今の流れになっている。
「その、改めてお礼を。本当にありがとうございました。それにあんなことがあったのに、人間の方々と正式に交流ができるなんて、夢にも思ってなくて……本当に、本当に感謝しています」
「そんな畏まらなくても。僕たちは当然のことをやったまでだよ」
「はい。それでも、ありがとうございます」
「ははは……アリエスは本当にいい子だね」
「いい子、ですか。そうですね。そう在りたいとは思っていますけど……」
少しだけ沈黙の空気が流れる。アリエスは両親を失い、そして僕らもまた仲間を失った。互いに大切な人を失った痛みはわかっている。だからこそ僕らは気丈に振る舞う。それこそが、自分たちにできることだと知って。
「じゃあ街に行こうか。歩いてすぐだから」
「ここからでも少しだけ見えますけど、すごいですね……本当に。ここの基地? というものの規模にも驚きましたけど……」
「なら街はもっと驚くかもね」
「それは楽しみです!」
僕らは二人並んで、そのまま歩みを進めて行くのだった。
◇
「わぁ〜、なんだか人がいっぱいいますね」
「うん。でも今はパレード前日だから多いってのもあるかな」
中央区にある街の中心にやってくる。左右には様々店が並んでおり、明日のパレードの準備で大忙しのようだった。大きな一本道だが、数多くの人が行き来している。
ちなみに僕とアリエスはフード付きの上着を羽織って、街中を歩いている。エルフが街の中にいるのはまだ公式には発表されていないので、一応の対策だ。
まぁ、尖った耳さえ隠してしまえば普通の人間と見た目はそれほど差異はない。
それと僕はもまた、顔がバレると色々と面倒なことになるので一応隠すようにしている。と言っても認識阻害の魔法は軽く発動してあるので、大丈夫なのだが。というよりも女装などせずに、これを使っておけば良かったのに……と後悔したのは秘密だ。
何事も経験だ。とりあえずはそのことは良しとしておこう……。あまり思い出したくもないしね。
「いろいろなお店がありますけど……一体何が売ってあるんですか? 人間の世界の売買はよくわからなくて……」
「えっと生活必需品とかがメインかな。でも今は娯楽用のものとか、それに食事をするところも増えているよ」
「へぇ……本当に人間の方々はすごいですね。ちょっと文明のレベルが凄すぎて驚きです」
「ははは、まぁそうかもね。で、アリエスはどこか行きたい所とかある?」
「そうですねぇ……あそこにあるぬいぐるみ? でしょうか。あのお店に行ってみたいです」
「よし。じゃあ行こうか」
「はい!」
と、二人で並んで進んでみるも、人が多くてなかなか前に進めない。
「アリエス、手を」
「え……?」
僕は彼女の手を握ると、そのまま人混みの中をかき分けて行くようにして進んでいく。先ほどのままだときっとはぐれてしまうだろう。それは非常に危ない。ただでさえ、お忍びで来ているというのに、エルフの彼女がここで迷ってしまえば色々と問題になりかねない。
それにきっとアイリスも不安がってしまう。
そんな思いからの行動だった。
そうして僕らがそのお店にたどり着くと、僕はパッと手を離すのだった。
「あ……えっと、その! す、すいません……手を握ってもらってその……」
「人混みがすごかったからね」
「そ、そうですよね……はい。わかってます……はい」
ちょっと落ち込んでいる様子だったが、彼女は店内にあるぬいぐるみを手に取ると満面の笑みを浮かべる。
「へぇ……すごいですね! ここまで精巧に作ってあるだなんて……」
「今はある程度生産できるようになってきたからね。僕もすごいと思うよ」
「ふむふむ……いくつか購入してもいいですか? あ、でも私お金が……」
「僕が奢るよ」
「そんな! 悪いですよ! 案内もしてもらっている上に、お金まで出してもらうなんて……」
「別に構わないよ。正直言って、給料はそれなりにもらっているけど使い道に困っていたんだ。趣味は読書ぐらいだし、他に散財する趣味もないし。誰かのために使えるなら、僕も本望だよ」
「そう言っていただけるのなら……助かりますけど。その、ありがとうございます」
ぺこりと頭をさげるアリエス。やはり彼女はとてもいい人だ。優しくて、周りへの気遣いもできる。僕はそんな彼女に感心しているとともに、アリエスの選んだぬいぐるみを買うのだった。
「はいこれ」
「あ! ありがとうございます! 一生大事にしますね!」
「それは大げさだけど……まぁ、長持ちするのはいいことだね」
「はい!」
それから僕らは、次は食事に行くことにした。
「え……なんですかこれ」
「カレーだよ」
「カレーですか? 噂には聞いてましたけど、かなり香辛料が多いんですね。とてもスパイシーな香りがします」
僕の行きつけのお店にやってくると、二人でカレーを注文。
アリエスはゴクリと喉を鳴らすと、そのままスプーンでカレーを掬うとそのままパクリと食べる。
「ん! 美味しい! 何種類もの香辛料、それに野菜やお肉も長時間煮てあるのでしょうね。様々な素材が混ざっているのがよくわかります。でもそれが決してバラバラにならずに、一つにまとまっている。これは確かに美味しいです。それにこの味にご飯はとても良く合いますね! ちょっと辛いですけど、ご飯と一緒に食べればそれが緩和されて……最後に水をいただきくと……うん! 完璧ですね、これは!」
「おおぉ……すごい食レポだね」
「は!? いやその……すいません……エルフの村では質素なものが多かったもので……刺激的なものを食べるとどうにも舞い上がっちゃって……」
「僕としてもこの良さをアリエスに分かってもらえるのは嬉しいよ。だから、どんどん食べていこう!」
「はい!」
そのあとは互いに口はきかなかった。
ただ一心不乱に食べるのみ。ルーを掻き込み、ご飯をさらに入れて、それらを飲み込むと水でリセットする。その工程を繰り返している間に、完食。
「ふぅ……ここのカレーは最高だね」
「美味しかったです! また来たいですね!」
「うん。また一緒に食べようね」
「やったー!」
この食事ももちろん僕が奢る。
会計をする時、店長は最後にボソッと「毎度どうも……」と呟きながらお釣りをくれた。
流石はプロフェッショナル。その寡黙さが僕は逆に気に入っていた。
「店長、また来ますね」
「……あいよ」
そうして僕らは店を後にするのだった。
その後は二人でウインドウショッピングをした。お金をこれ以上かけてもらうのは悪いということで、いろいろなお店を二人で見て回った。そのたびにテンションが上がるアリエスを見て、僕はとても嬉しかった。
彼女は自分の死を考えていた。家族が死に、
でも今はこうして笑っている。大切な何かをなくしたとしても、僕らは笑い合うことができる。そんな些細な日常に感謝をしながら、僕らは歩みを進める。
「ユリアさん! 今日は本当にありがとございました!」
再び頭を下げる。今は宿舎の前に戻って来ていて、ちょうど別れる最中だった。
「こっちも楽しかったよ。また機会があれば行こう」
「はい!」
その笑顔はとても美しかった。
願うならば、彼女がずっと笑顔でいればいい。そう思った。
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