第143話 彼女を想う
「ベルはなぁ……あいつはすげぇ女だった……」
ロイさんがどこか遠くを見るようにして、そう語り始める。僕らはその様子をじっと黙って見ていた。
「初めて会った時は、気にくわねぇ女だと思ったさ。色々と世話を焼いてきて、ウルセェと思ったもんだ。で、それから先は知っての通り決闘を申し込んで……負けた。信じられるか? あんな自信のねぇような、ボソボソと喋る女が人類最強の剣士なんて。俺は疑っていたさ。どうせそれは過大評価に過ぎねぇと、な。でもベルは違った。俺は手も足も出なかった……」
ロイさんとベルさんの関係はそこまで詳しくはないが、ロイさんの性格からするにベルさんに敗北したことがきっと心の奥深くに残っているのだろうと思った。
「そこから先は何度も、何度も、あいつに決闘を申し込んださ。それこそ、絶対にこの女を負かしてやるってな……でもついぞ、それは果たされることはなかった……なぁ、ユリア。ベルを倒した魔人は強かったのか?」
「はい。上位魔人の中でも、剣技だけでいえばかなり上位かと思います。僕が戦った時は、ベルさんとの戦闘でかなり手負いでしたが……」
「そうか。ベルを倒すぐらいだもんな、そりゃあ……強いに決まってるよなぁ……あぁ、そうだ。ベルは、そいつより弱いから負けたんだ……分かっているさ……分かって……」
ロイさんの顔はすでにアルコールが完全に回っているのか、真っ赤になっていた。そうして彼の双眸からは、涙が零れ落ちる。ポタ、ポタポタと勢いを増していくそれを見て、他の人たちもまた黙ってその様子を見つめていた。
他の人たちが葬儀の場で涙ぐんでいるのは知っていた。でもロイさんだけは、張り詰めたような表情をしてずっと堪えていたのだ。その悲しみを、その涙を。
それが今となって流れ出てくる。
それはロイさんなりのプライドだったのかもしれない。ベルさんの前では、もう動かない、ただの屍になってしまったとしても、彼女の前だけでは泣くわけにはいかないのだと。
僕は勝手ながら、そう推測した。
「俺は、ベルのことが好きだった……だからあいつに勝ったら、婚約を申し込もうと……そう……そう思っていたんだ……でもこんなことって……あるかよ……あいつは人類最強の剣士じゃ、なかったのかよ……」
『……』
その突然の告白に、僕は少し驚いてしまった。
でもそうか、ロイさんはベルさんのことを……愛していたのか。初めは喧嘩のような出会いだったのかもしれない。でもずっと付き合いを重ねていくうちに、惹かれていったのだろう。僕はベルさんを恋愛対象として見てはいなかったが、理解はできる。
ベルさんはとても魅力的な女性だった。その容姿も当然のことだが、その人としての在り方が気高い人だった。悠然と振る舞うその姿に、目を奪われた人は大勢いるだろう。だからこそ彼女は、人類最強の剣士と呼ばれ、剣姫と呼ばれ、みんなに愛されていたのだから。
死して尚、残る記憶。それはきっと僕らを苦しめるだろう。その慟哭に身を焦がすことだって一度では済まない。それは永遠に残り続ける。
でもだからこそ、その痛みが、その灼けるような傷があるからこそ、忘れないでいられる。背負って戦うことができる。それに痛みだけではない。僕らは死んでいった仲間の意志も背負っている。
決して一人ではない。僕らは今までの人間の意志を背負って戦い、そしてこれからもそうしていくのだろう。きっと歳を重ねるほどに、そのことは多くなる。特級対魔師は特にその傾向にある。周りの仲間は死んでいく。だが自分は生き残ってしまう。そんな思いを背負い続けて戦ってきたのが、歴代の特級対魔師たちなのだ。
そうしてベルさんは、今度は背負う側ではなく、背負われる側になった。
そうだ。今度は僕が、僕らが背負う番なのだ。彼女が今まで成してきたことを、僕らが引き継ごう。それこそが、人間の強さなのだから。
そしてその後は、ロイさんがさらに興奮し始めることでお祭り騒ぎとなった。
「湿っぽい雰囲気は、やめだ、やめだァ!! 今日は朝まで飲むぜええええええええええええ!!」
『おっしゃー!!』
ということで、僕もその場に雰囲気に流されることにした。
偶にはいいだろう。こんな風に世を明かすのも。決して悲観的になるのではなく、そして楽観的にもなるのではなく、現実的に、目の前の現実にしっかりと向き合ってこれからもう進んでいこう。
◇
「お……おええええええ……」
僕は壁に手を当てながら、なんとか吐かないように耐えていた。いやちょっとは吐いていたかもしれない。現在は夜中の3時半。あれから二次会に行くことになったが、流石の僕はギブアップしてそのまま宿舎の自室に戻ることになった。
なんとか魔法でアルコールを散らそうと試みるも、深酒しすぎたのか魔法をうまく使うことができない。まぁ偶にはこんな感覚も悪くない、と初めは思っていた。
居酒屋から外に出ると、アルコールによって火照った体にちょうどいい冷たい風が吹く。それを浴びながら、ちょっと酔っている自分自身に浸りながら歩いていた時に嘔吐感がやってきて、そのままフラフラと歩きながら僕はなんとか進んでいた。
相変わらずフラフラとした足取りで街灯に照らされながら、人のいない道を進む。
そうしていると、僕は近くから甲高い声が聞こえるのを感じ取った。ちょうどそこには小さな公園があり、僕はそこで休もうかと思っていた最中だった。何かあったのだろうかとチラッと覗き込むとそこには……満面の笑みでブランコを漕いでいる女性たちがいた。
いや……こわ。真夜中のブランコってこんなに怖いの?
だがしかしどうにも、見覚えがある気がする。じっと目を凝らすとそれは、特級対魔師の面々だった。もちろん男性陣ではない。女性陣だ。
シェリー、エイラ先輩、シーラさん、イヴさん、それにリアーヌ王女に、ノアもいる。
イヴさんとノアは砂場で何やらかなり技巧に溢れた、それこそ一つのアートにまで昇華した砂の城を作っている。
一方の、シェリー、先輩、シーラさん、リアーヌ王女はブランコに揺られながら笑っている。いやそれは笑っていると言っていいのか? 明らかに様子が変だった。
『アハハハハハハハハハハハ!!』
いや、怖。
なんでブランコを漕ぐだけであんなにも笑えるの?
というか、イヴさんとノアは死んだような目でずっと砂の城のディティールを作り込んでいるし……僕はもしかして、酔った挙句に別の世界にワープでもしてしまったのか?
「……」
ぼーっとその様子を見ていると、シェリーが大きな声を上げる。
「あ! ユリアじゃん!!」
トコトコと走ってくるシェリー。彼女はニコニコと笑って近づいてくると、僕の腕に抱きついてくる。その豊満な胸が押し付けられるも、僕は感じた。アルコール臭い。これは絶対に僕よりも飲んでいる。見ると、公園のベンチのそばには大量の缶が捨ててあった。それは明らかにアルコールだ。
シェリーの酒癖は知っている。
からみ酒。これでもかというほどに相手に絡むのだ。
「えっとその……人違いです……」
帰ろう。ここにはいてはいけない。この魔境を発見したのは気のせいだ。そう、夢なのだ。だから僕は帰る。帰るったら、帰るのだッ!!
「ユリアぁ……あははは、ユリアが二人もいるよ! あははは!」
次にやってきたのは先輩だった。いや先輩だけではない。先ほどブランコで狂っているように笑っていた全員が僕のそばに近寄ってくる。
「ユリアもきたことだし、みんなで飲み直しちゃう?」
『さんせーい!!』
「……」
僕の夜は、まだまだ明けそうには……なかった。とほほ……。
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