第142話 酔っ払いの夜
「えっとそれは……そのどういう意味ですか?」
「はぁ〜? ここにきてとぼけるのかよ? 知ってるんだぜ、お前が特級対魔師の女といい感じになっているのは」
「僕は別に……そのような意図はないのですが……」
「……はぁ」
ロイさんがため息をつくと、他のみんなも露骨にがっかりした様子を見せる。
――え、僕……何か悪いことでもしたのかな……。
「少しも何も感じねぇのか?」
「まぁ仲がいいのは確かですけど」
「実は誰か手を出してねぇのか?」
「……いや、別に」
「おい、みたか!? こいつ明らかに目をそらしたぞ!!」
ロイさんがそう騒ぎ始める。もう完全に出来上がっているのか、すごい盛り上がりようだ。僕は少し辟易していると、次はデリックさんが話しかけてくる。
「で、ユリア君。その相手は?」
「いや……別に何もないですよ!?」
「キスはしたのかい? それとももう……抱いたのかい?」
「……いや、その……流石にそこまでは」
「ほぅ……でも何かはあったと……」
ジロジロと見られて大変気分が悪い。うん。とても、とても居心地が悪い。
でも今更僕だけが退席していけるような雰囲気ではないのようは重々承知だった。
今宵は無礼講。ならば僕もまた、覚悟を決めるべきなのか。
それに異性との距離感の測り方というか、僕もそこらへんは分かっていない。ここは思い切って聞いてみて、何か教えを得るのも賢い選択なのかもしれない。
僕は残っている酒をぐいっと
「その実は……」
『実は?』
みんなの声が重なる。興味津々なのか、少しだけ体を乗り出しているようにも見えたが……僕は気にせず言葉を紡いだ。
「そのエイラ先輩に……キスされたことがあります。頰にですけど」
「ヒュー。あの堅物エイラをもうモノにしてるのか、やるなぁ」
「僕も驚きだよ。まさかエイラちゃんだなんて」
「レオの言う通りだね〜。俺もシェリーちゃんかと思ってたけど、まさかのエイラちゃんか〜。いや〜すごいね〜、ユリア君は」
「俺も流石に驚きだな……エイラは堅物だと思っていたが……」
「ふむふむ……なかなか面白いことになってますね」
ロイさん、レオさん、ヨハンさん、ギルさん、デリックさんがそう口々に感想を述べる。
ま、まぁ確かに先輩は堅物という印象もわかる。ちょっと刺々しい部分もあるしね。
それよりも本題に戻ろう。僕はこれからどうしていくべきなのか。と言っても、この世界に青空が戻れば大切な話があると言っていた。
――それはきっともしかすると、もしかするのかもしれない。
「でもユリアくんさぁ〜、作戦の前に街でイブちゃんと一緒に楽しそうに歩いていなかった?」
ヨハンさんの追撃。それは思わぬところからの言葉だった。
――た、確かに一緒にいたけれどあれはそういうやつでは……。
「マジかよぉ!? あの不思議ちゃんも虜にしてるのか!? どれだけモテるんだよ、ユリア!」
「おぉ……あのイヴと楽しそうに歩いている……ねぇ、それはすごいことですよ」
――ど、どうしてそのことを……。
なんて言ってももう遅いのだろう。あの街に誰かいてもおかしくはない。それに僕とイヴさんが一緒にいるところも見られているのは、あり得る話だ。でもまさか、それがこんなところで追及されるだなんて、夢にも思ってはいなかった。
そしてヨハンさんの追撃は続く。
「いやイヴさんとはその……偶然街で会っただけ、ですけど……」
「いやいや〜、イヴちゃんめっちゃ笑ってたけど? あの子、滅多に笑わないよ? 特に異性の前では。ユリアくんが特別なんじゃないかな〜」
「それはその……まぁあの日は偶然機嫌がいいみたいで……」
「ふ〜ん、偶然、機嫌が、いい、ねぇ……ふ〜ん」
――か、帰りたい……。
どうして僕はこんなにも詰問を受けているのだろうか。異性に関して何かアドバイスでももらおうかと思いきや、まさかの尋問のようなことになってしまっているも……ここにいる人たちはみんな年上。それなりに配慮はすべき人々だ。だからこそ僕は戸惑っていた。これから先、もっと良からぬことを聞かれるのでないか……と。
「で、結局誰がいいんだ?」
ギルさんの鶴の一声。それは周りに浸透すると、みんな再び僕をじっとみる。
「いやその……誰がいいとか、まだよくわからなくて……初恋も、まだですし……」
「はぁ!? 初恋がまだだと!? どういう人生送れば、そんな女に興味ない人生送れんだよ! ついてないのか!?」
「ついてますよ! で、でもその……本当によくわからなくて」
「ふむ……俺のおすすめは、シェリーだな」
「え……ロイさん、それはどういう意味で?」
「いやあいつは発育がいい。デカい胸が好きなら、シェリー一択だろう。バランスを狙うなら、イヴか? 幼児体型が好みならエイラだな」
「ちょ!? こ、殺されますよ!? エイラ先輩、意外に気にしてるんですから!!」
「ははは! 今日は貸切だぜ? 俺たち以外誰も聞いていねぇよ!! ガハハ!!」
ロイさん、悪酔いである。この時、何か外でバギッという音が聞こえた気がしたが、それは気のせいだった。そう気のせいだったのである。うん……。
それにしてもそんな身体的特徴で女性を選ぶのは、如何なものだろうか。
「ユリアくん、悩んでいるようですね」
「デリックさん……」
「思うに、そんな身体で女性を選ぶのはどうなんだろう……と考えているのでは?」
「う……まぁ、そうですね……」
「人間と性は切ってもきれません。いくら口ではこのような女性が好きと言っても、必ず無意識下での影響は出てきます。それこそ、胸の大きな女性は好きではないと言ってもやはり本能的な部分で我々はそこに魅力を感じてしまう。そこまで神経質になる必要は、ないと思いますけどね」
「……まぁ、そう言ってしまえばそうなんですが……どうにも申し訳ない気がして……」
「ははは、ユリアくんはやはりとても優しい人ですね」
「……こればかりはどうしよもなくて、あはは」
と、苦笑いを浮かべるので精一杯だった。
「そういえば、うちの娘はどうなんだ? 仲良いだろ?」
「ソフィアのことですか?」
「そうだ。魅力的だろ?」
「えっと……その、そう思うますけど……」
「何? お前、ソフィアのことを狙っているのか?」
ギロッと向けてくるギルさんのその視線には、明確な殺意が込められていた。
自分から話を振ってきたというのに、この態度である。僕は戸惑いながらも、酔っている彼に改めて返答をする。
「いやその……別にソフィアのことは狙っていないですよ?」
「何!? うちの娘が魅力的じゃないとでもいうのか!?」
「あーもー! どうしろっていうんですかッ!?」
さすがに僕も我慢の限界というか……これぐらいの口調は許してほしい。それぐらい今の対応は面倒なものなのだ。
「ははは、ギルさんは酔うといつもこうだからね〜」
「ユリアくん、諦めな……」
「父親として娘が心配。でも、娘をおいそれと渡すわけにはいかない、と。いやはや、親というものは大変ですね」
そうフォローしてくれるも、今絡まれているのは僕なのだ。なんとかさらなるフォローしてほしいところだが……。
そんな僕の話題を話していると、ふと当然、ロイさんが遠くを見つめるような目でつぶやき始めた。
「今頃ベルは……どうしているんだろうな」
『……』
その言葉に答える人はいなかった。
そうだ。今日はベルさんの葬儀の日だったのだ。できるだけ明るい話題を中心にしようとしても、必ずそれは通るしかない道である。
ベルさんは今頃……どこにいるのだろうか。彼女のその意識はもう、この世界にはない。知っているとも。別に天国や地獄など、ありはしないのだと。もちろんそれは悪魔の証明だが、僕は願うならば……ベルさんには天国に行ってほしいと思う。
あれほど人類のために尽くした対魔師は、他にはいないのだから。
そうして僕らは、ベルさんのことを思い出すのだった。
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