幕間 Drinking and then Interaction
第141話 男たちの集い
「……」
葬儀は終了した。僕は空を見つめながら、思った。
ベルさんはきっと待っているのだと。この黄昏の先で、きっと……。
そうして、僕はこの場から去ろうとする。もうこの後の予定はない。後は自室に戻って、読みかけの本を読む予定だ。しかし僕の周りには、見知った顔が並ぶ。
「皆さん、どうしたんですか?」
「よぉ、ユリア。今回は大手柄だったな」
「ロイさん。そんな僕は……」
「はっ、謙遜はいいぜ? お前の功績はみんな認めているからな」
「……そうですか。でも僕は……」
「はぁ……全く、これだからお堅いやつは。それでだが、今から飲みに行くんだ。ついてこいよ」
「……」
そんな気分ではないから断ろう。そう言おうとするも、そのフォローをしてきたのは、意外な人だった。
「ユリア君。少しでいいんだ。どうかな?」
「デリックさん……」
今いるメンバーは特級対魔師の男性陣だ。
僕に、ロイさん、デリックさん、ギルさん、レオさん、ヨハンさんだ。ロイさんはお酒を飲むのは好きだと知っているから誘うのは至極当然。それとヨハンさんも、お酒は好きらしい。この二人は意外に酒豪で結構その界隈では有名らしい。
その他の、ギルさん、レオさん、デリックさんはどちらかといえばそうは思えないも……ふと考えると僕はまだ、みんなの表面的な部分しか知らない。以前の出張で話をして、その後の作戦では隊が違うためにそこまで話はしていない。
作戦司令部で顔を合わせてはいるも、その程度だ。
……そういえば、僕って女性と関わっている方が多いのかもしれない。隊の構成の関係で、女性の特級対魔師と一緒になるのは仕方のないことなのだが……。
と、そんなことを考えている間にもデリックさんがさらに言葉を続ける。
「ユリア君には親睦会をしていなかったからね」
「もしかして、新人の特級対魔師にはそういう催しを?」
「いや、特にはしてないね」
「……え?」
「ただの冗談さ、君を連れ出すね」
そういうと、後ろの方でみんなが笑う声が聞こえる。
な、なんなんだ? 一体どういうことなんだ?
先ほどまでは、みんな暗い表情をしていた。それもそうだ。特級対魔師の中でもギルさんに次ぐ古参であるベルさんが亡くなったのだ。
それも人類最強の剣士である彼女が、だ。
だというのに、みんなの表情はどこか明るい。切り替えが早い、といえばそれまでだが……これは慣れの問題なのだろうか。
僕も確かにここ数ヶ月で多くの死に触れてきた。でもきっと、僕より年上である対魔師の人たちはもっと死に触れている。きっと仲間との別れも多かったはずだ。特級対魔師はその強さから、死ぬ確率はかなり低い。今回のベルさんのようなこともあるが、それでも普通の対魔師の方が短命なのは明らかだ。
だからだろうか。このようなことには慣れているのかもしれない。それに、ここで和を乱すのもどうかと思う。せっかく誘っていただいたのなら、行こうかなと僕は考えを改め始めていた。
「わかりました。未成年なので、お酒は無理ですが……」
「いいよいいよ。こういうのは、場の雰囲気でいいからね」
「はい」
そう告げると、ロイさんが大きな声をあげながらその両手をあげる。すでに上着は脱いて、シャツの袖をまくっている。おおよそ葬儀の後とは思えないが、それでもロイさんらしいと思った。
「よっしゃ! 今日は貸切にしてある、お気に入りの店があるんだ。よーし、行くぞお前らー!」
『おー!』
謎の合いの手が入ると、そのまま特級対魔師の男性陣で飲み会をすることになるのだった。
◇
「マスター、いいか?」
「……ロイか。あぁちょうど準備は終わったところだ」
「ふ、さすがだな」
「そっちこそ、今日は気兼ねなくやってくれ。大切な日だから……な」
「あぁ。遠慮なくやらせてもらうさ」
ゾロゾロと入り込む僕ら。特級対魔師の男性陣は、6人。この居酒屋のスペースは明らかにそれ以上のものだが、それでも貸切にするということはきっとこれは特別なことなのだろう。
そうして僕らはテーブル席に着く。3人で向かい合うようして並ぶと、そのまますぐに飲み物の注文を始める。
「マスター、いつものやつ6人分な」
「はいよ」
「ちょ!? 僕、未成年ですよ!?」
「あぁ? 俺の酒が飲めねぇのか?」
「えぇ……もろにパワハラじゃないですかぁ……」
「俺がお前の頃はすでにガブガブ飲んでいたからなぁ。ま、大丈夫だろう」
「えぇ……いいんですか、皆さん」
ちらっとみんなの方を見るも、特に異議はないようだ。
「まぁ、飲めっていうなら飲みますけど……」
と、僕は渋々了承するのだった。ただ前回のような、シェリーのようにはなりたくはないから少しは自重しようとは思う。
うん。まぁ体質的にも大丈夫だろう。最悪、魔法でアルコールを散らすことも理論的には可能だと思うし。
そうしてジョッキに入れられた酒がやってくる。それは泡を多く含んでおり、黄色い色をしたお酒だった。僕はよく知らないが、麦の発泡酒? らしい。
「よし、全員に回ったな? それじゃあ……」
『かんぱーい!』
周りに倣って、とりあえず僕もジョッキをもちあげて乾杯をする。でもあの雰囲気の後によくこんなことをできるなぁ……とか思っていると、みんなすでにゴクゴクと喉を鳴らしながら、その酒を飲んでいるようだった。
「……」
じっと見つめる。しゅわしゅわと音を立てながらその黄金に輝く液体は、まるで僕のことを誘っているようにも思えた。普通というか、普段ならきっと僕はここでも固いことを言って断っていただろう。でも今は違う。僕はやはり……どこか感傷的になっていた。
魔族としての能力を覚醒させ、その感情が希薄になっているとしても、僕はベルさんの死には想うところが数多くある。
――あの時ベルさんではなく、僕が行っていれば。
――もっと早く
――シェリーと移動する際に、もっと速く……本気を出して移動していれば。
そんな仮定がずっと葬儀の間に過っていた。もちろんわかっているとも。そんな仮定は意味がなく、考えるだけ無駄であると。それでも考えずにはいられない。あの死を回避する方法はきっとあったのだと。
しかし、後悔先に立たずという言葉があるように、それは結果から逆算した思考でしかない。時間は不可逆的なものであり、それは絶対に巻き戻すことは叶わないのだから。
だから今日ぐらいは……そんなどうしようもないことを考える自分から乖離したかった。そうして僕はその酒に手をつける。
「ぷはぁ……」
美味しくは、なかった。決して美味だとは感じない。
だがどこか心地良い。この舌に広がる苦味と、そして喉をアルコールが通り過ぎていく感覚。
熱い。焼けるような熱さではないが、その喉越しは熱いと形容するのが一番適切だと思った。
「お、ユリア。良い飲みっぷりだな」
「ギルさん……これって美味しいんですか? 僕にはどうも……」
「まぁ俺は嫌いじゃないな。若い頃はその味の良さが分からなかったが……今となっては欠かせないもんだな」
「そうですか……」
いつか僕も、この酒の味が分かる歳になるのだろうか。まだ15歳である僕は、10年後のことも、20年後のことも、30年後のことも、予想などつかない。もしかすると道半ばにして、死んでしまう可能性だってある。それこそ、ベルさんのように……。だが今はこのほろ苦さを享受していよう。それがきっと、生き残った僕にできることの一つなのかもしれないから。
「さて、と。例の話、するか?」
「お。ロイさん、それは良いですねぇ」
「……俺は嫌だけどなー」
「レオは酔うと結構饒舌だけどね〜」
「ヨハンこそ、すごいけどな……」
と、みんながガヤガヤと騒ぎ始める。
一体何が始まるんだろう?
瞬間、全員の目線が僕に注がれる。その中で口を開いたのは、ロイさんだった。
「おいユリア。お前、誰が本命なんだ? エイラか? シェリーか? それとも……大穴でイヴか? お前、モテるからな。で、誰を選ぶんだ?」
「……え?」
全員がニヤニヤと笑う中、人生で初めてのその手の話題というものが始まるのだった。
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