第126話 解放
あの後、彼女にもうやるべきことはない。いや、もう頑張る必要はないから任せて欲しい。そう僕は言った。でもアリエスは、泣き腫らした真っ赤な目を擦りながら僕にこう告げた。
「ユリアさん……最後に、やるべきことは、やらせてください」
「でも……」
「先ほどは頑張ることに疲れたと、そのような趣旨のこと言いたました。でもそれと同時にやはり、私は家族のために……死んでいった他の人々のために……最後にやるべきことは……したいと思うのです」
「……わかった」
そうして僕は一旦彼女を寝かせた。その手をしっかりと握り締めたまま、僕は側にいた。そうしてアリエスはすぐに寝息を立てる。こうして安心して寝ることができるのは、家族がいなくなってから初めてだと。彼女はそう言いながら、眠りに落ちていった。
人間だけではなかった。エルフもまた、こうして他の種族に虐げられていた。アリエスはきっと、自分の無力さ、そしてこの世界の残酷さを呪ったことだろう。僕も彼女の気持ちが全てがわかるなどと不遜なことは言わないが、少しは理解できる。
自分には何もできない。この黄昏に立ち向かうことなど、できはしないという気持ちは……。
だが、立ち上がり、この世界の理不尽さに立ち向かわなければずっと蹂躙され続けるだけなのだ。それが嫌ならば、その現状を変えたければ、戦うしか……方法はない。
そして僕は、そのベッドに寄り添いながら少しだけ睡魔に身を任せるのだった。
◇
翌朝。僕が目を覚ますと、アリエスはすでに室内で着替えをし終わっており準備はできたと告げる。その
「アリエス。今後の予定だけど、すぐに作戦本部に行こう」
「……そうですね。村のみんなに相談するのは、やめたほうがいいかもですね」
「
そうして僕はアリエスを抱きかかえたまま、黄昏の中を疾走していく。初めは少し嫌そうというか、恥ずかしそうにしていた彼女だがこの方が移動が速いというと渋々了承してくれた。
僕はほぼ全力で大地を駆けると、しばらくして作戦本部が視界に入る。さらにはその視界の中にはリアーヌ王女がいた。
「ユリアさん。動きがあったのですね」
「はい。すぐに話を」
「準備はしてあります。お二人とも、こちらへどうぞ」
「はい。行こう、アリエス」
「……わかりました」
ここに来る前、事前に話があるとリアーヌ王女に通信魔法で伝えていた。しかしその内容までは伝えていない。エルフの村の中にいたのもそうだし、こればかりは直接アリエスの口から語ってもらった方がいいと判断したからだ。
中に入ると、そこにはオールストン元帥に、さらには特級対魔師数名と、作戦指揮官が何人かいた。今回ばかりは急な話だったので、これだけ揃えば十分だろう。そしてアリエスは皆の前に立つと、毅然とした振る舞いで僕に話した内容を告げた。途中、彼女は泣きそうになりながらも最後まで話をした。おそらく、家族のこと……それに妹さんの最期の姿を思い出してしまったのだろう。
僕はそれも予期したので、もう何もしなくてもいいといったのだが……これもアリエスの意志なのだ。こうして直接自分の口で伝えることが、彼女にできる最大限のこと。それを懸命に果たしているのを見て、僕は少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。
「なるほど、エルフの件……そういうことだったか」
「はい。誠に申し訳ございません……」
元帥がそう告げると、アリエスは頭をさげる。でも決して糾弾するようなことをする者は、この場に誰一人としていなかった。誰が彼女を、いやエルフを糾弾できるのか。これだけ非情な環境にありながらも、最期には裏切りではなく自らの種の死を選んだエルフ。それに対して、同情を覚えるのはここにいる人間ならば当然だろう。
人間は追い詰められたとしても、まだ力があった。立ち向かうのだけの力が。
エルフにはそれがなかった。立ち向かおうにも、その意志があろうとも、力がなければ何もできないのだ。
「元帥、私はエルフの
「ほう……ユリア・カーティス中佐。それはどういう意図だ? 我々にメリットがあると?」
もちろん僕らも、ただ同情するという理由だけで動くわけにはいかない。もっと明確な、人類にとって益となる理由が必要だ。
「エルフの魔法力はこちらの手元に入れておくべきでしょう。ここで失われるのは惜しい代物です。ここにいるアリエスは知っていると思いますが、特級対魔師に匹敵する魔法の技量を持っています。それに他のエルフも近しい技量があります。彼らの魔法技術を研究するのは、今後の作戦のためにも重要かと」
「ふむ……それはそうだな。エルフたちを助け、こちらに便宜を図ってもらうのも悪くはない」
「はい。それにおそらく、その
「……そうだな。では、エルフたちの
『了解』
そうして僕らはついに、本格的に黄昏で戦う準備を始めることになった。
◇
「で、ユリア。
「はい。僕がメインでしますので、先輩とイヴさんには補助をお願いします」
「わかったわ」
「……了解」
あれから僕は、
正直いって、アリエスの時はかなりの賭けだった。上手くいって良かったが、死ぬ可能性だってあったのだ。そのため、今回は万全を期してことに挑む。
エルフの総数は百人を超えているも、僕、先輩、イヴさんは約1日をかけて解呪を行った。それを行うこと自体はそれほど時間のかかるモノではない。問題は、かなりの繊細さが要求されるということだった。僕は魔法の技量は高いものの、繊細だけで言えばトップクラスとは言えない。適宜、先輩とイヴさんに手伝ってもらいながら作業を続け……とうとう最後のエルフの解呪に成功した。
「ありがとう……!!」
「ありがとう、皆さん!」
「ありがとう、本当にありがとう……」
「……お疲れ様でした。本当に、本当にありがとうございます!!」
僕らが終わったのを知ると、外からたくさんのエルフの人たちが室内に入ってくる。アリエスの家を借りて、一人一人作業をしていたが幸いなことに誰一人として失敗することなく終わることができた。
この両手に、人の命がかかっていると思うと震えて失敗しそうになる時もあった。失敗したらどうすれば、どう謝ればいい……そんなことが脳裏に過ぎることもあった。だが、僕は、僕たちはやりきった。文字通り、全身全霊を込めて。魔力的にはそれほど疲れてはいないも、主に精神的な面でかなり疲弊していた。身体中には汗がびっしょりとかいており、近くにあるタオルはすでに十分に湿っているほどだった。
「皆さん……村を代表して、感謝を……本当に、本当にありがとうござました」
村長が僕の元にやってきて、その場に頭を擦り付けるようにして感謝を述べる。
「顔を上げてください。今まで本当にあなたたちはよく耐えてきたと思います。これからのことは、我々にお任せください」
「おおお……しかし、我々は……このことに報いるほどのことが……この命の代価を……」
「それは全てが終わってから話しましょう」
「……分かりました。それでは、ご武運を……」
僕らはアリエスの家を出て行くと、もうすでに意識は次の作戦へと向かっていた。
「さて、と。次は魔物との戦闘ね。これって特別手当でるのかしら」
「エイラちゃんってば……ほんと、現金な女……」
「冗談よ、冗談。私は別に、お金のために戦ってるわけじゃないし。それに……こんな酷いこと見過ごせるわけなかったわ。で、ユリアは……」
「すいません。作戦本部に連絡していました。すぐに来て欲しいとのことです。エルフの村はもう他の対魔師に任せていいとのことです」
「……手際いいわね」
「本命は次ですからね」
「そうね。じゃ、行きましょう」
僕ら3人はそのまますぐに第一拠点にある作戦本部へと向かうのだった。
この時は万全にことが進んでいる、そう思っていた……。
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