第109話 修羅場
「おい」
「う……ううううぅん…」
「おい」
「う……」
頭をゴスッと殴られる感覚がする。でもそれは夢だ。だって僕は今はこんなにも大量のカレーを食べているのだから。今日は特別な日で、カレーの日というらしい。僕は目の前にあるカレーを食べ続けていた。
美味い、美味しい……かゆ、うま……。
こんな美味しいもを食べることなど止めることはできない。
「……いい加減、起きなさいッ!!」
瞬間、僕は地面を転がっていた。ゴロゴロとそのまま転がっていき、ドンッ! と、壁にぶつかる。
「う……いたた……あれ?」
目を開けるとそこには壁しかない。
え、僕のカレーは? 今はドライカレーを堪能中だったのに、どうして……?
「か、カレーは?」
「カレーって何の話よ」
「あ……そうか、ここは……」
僕は思い出していた。あの後、僕たちは盛り上がって夜通し話しをしてしまった。もちろん僕の方は寝る必要がほぼないので、全然大丈夫だった。しかし、全く寝る必要がないというわけではなくて、一時間から二時間程度は必要としている。
そして、僕は自分がどこで寝ていたのか悟る。そう……よく見ると、僕の寝ていた隣にはアリエスさんがいたのだ……。
一つのベッドで、寝ていたのか……?
冷や汗が垂れる……それと同時に、正面に立っている人に目を向ける。そう、それは先輩だった。もちろん僕は必死に弁明をしようとする。
「ユーリア。ねぇ、どうしてこんなところで寝ているの? ねぇ?」
「……えっとその」
「ねぇ、どうして隣にエルフの女がいるの?」
「ち、違うんですよ!」
「ねぇ、どうしてこの女は服を着ていないの?」
「は?」
「ねぇ、ユリアは何をしていたの? ねぇ……」
よく見ると、アリエスさんの背中が丸見えだった。それに服を着ていないというよりも、僕らはどうしてこんなことに……って今はそんなことよりもこの笑顔で溢れている先輩をどうにかしないと。
一見すれば、ただニコリと微笑んで質問をしているだけのように思える。別に声色だって怒っているわけでないとわかる。でもその目だけは、完全に笑っていない。じっと僕を見据えて、その深淵でも覗き込んでいるような瞳は僕の姿を捉え続ける。
はっきり言おう。怖い。ここまでの恐怖は人生で初めてかもしれない。僕はきっと、ここで選択肢を間違えれば……死ぬ。その覚悟を持って、僕は先輩との会話を続ける。
「その! ちょっといろいろあって、ここに泊まることに!」
「うん。そうなの。わかったわ、百歩譲って泊まるのはいいわ。でも何で一緒に寝ていて、隣に裸のエルフが寝ているの。それに女の。ねぇ……どうしてかしら、ユリア」
「……それは実は、記憶があまりなくて……」
「ほぅ……記憶がない、ね」
気がつくと先輩は鞭のようなものを手に持って、それを手でバシバシと叩いて鳴らしていた。
え……何あれ……まさか、僕はあれで……。
い、いや、まだ確定したわけじゃない。まだ間に合う、まだ……。
「う〜ん、ユリアさんダメですよぉ〜。えへへ……」
あ、死んだ。
◇
「も、申し訳有りません! 実は昨晩はお酒を嗜んでおりまして! ユリアさんに罪はないのです! どうか平にご容赦を! 私はどうなっても構いませんが、ユリアさんはどうか、どうか許してあげてください」
「……」
土下座だ。目が覚めたアリエスさんは僕と先輩の状況を見るだけで全てを把握したのか、すぐに土下座をしながら謝罪。僕はそれを呆然と見ていた。
「何しているのユリア。あなたも正座しなさい」
「あ、はい」
僕もまた、アリエスさんの隣に正座をして。頭を下げる。ぶっちゃけると、ここまでする必要あるの? って思う。でもそれは口にしてならない。とりあえず怒っている女性には謝るに限る。その理由が明確でないとしても、謝ること自体が重要なのだ。
「先輩、僕もすいませんでした……」
「ふーん。で、何がすいませんなの?」
ノータイムで言わなければ、死は必至。もちろん僕は先輩が怒っている理由はわかっている。ならば、それを口にすればいい。
「僕だけ抜け出して、エルフの方に迷惑をかけてこと……でしょうか?」
「ふ〜ん。そうなんだ……へぇ……そう……ふーん」
し、失敗したのか? しかし先輩はそれ以上詰問はしてこない。じっと、じーっと僕を見つめる。
「ま、いいわ。別に何もなかったみたいだし。ただしユリア、迂闊なことはしないように。今は任務中なのよ。いくら村の中だからといって、油断はしないように」
「返す言葉もございません……」
油断していたわけではない。僕は常時、
僕は自分の頬を痛みが感じるほどに、バチンッ! と叩く。
「よし。目は覚めました」
「ならよし。じゃあいくわよ。今日は拠点を作る作業があるから」
「わかりました」
僕は最後に、アリエスさんにお礼を告げる。
「アリエスさん。この度は本当にすいませんでした。それとありがとうございました。泊めていただいて」
「いえこちらこそ、いろいろとありがとうございました」
僕らはそこで別れたが、最後まで先輩の視線が鋭かったのは本当に怖かった……。
先輩を怒らせてはいけない。僕の辞書にそんな言葉が追加された。
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