第107話 エルフの村
「さて……どこから話したものか」
僕らはエルフの村に入り、その中で一番大きな屋敷にやって来ていた。入った時は小さな村だと思ったが、よくみると奥の方まで家が数多くありそれなりの規模の村だと理解した。
そして今は、僕、ベルさん、先輩の3人で座って話を聞いている最中だ。他の対魔師は外の見張り、ちなみにノアは他のエルフと一緒に結界の再生を手伝っている。
ちなみにもう自己紹介は済ませてある。長の名前は、レスターという。年齢は200歳を超えており、エルフの中でも最年長の一人であるらしい。しかしその容姿は全く衰えているところが見えない。人間に換算すれば、40代くらいに見える。これがエルフなのか……そう思うと同時に、僕は思い出していた。あのオーガの村のことを。魔族が全て人類に敵対しているわけではない。その言葉は正しかったのだ。エルフもまた、人類に対して明確に敵対しているわけではない。それは僕らに対する対応をみても、明らかだった。
「失礼ですが、人魔大戦を経験した人間はまだ生きているのでしょうか?」
「いえ、人間の……寿命は長くとも80歳程度。それに……今はこの黄昏のせいもあって、早期死亡率が……高いのです。人間の中に、経験したものは……もういません」
ベルさんはそう答える。少し余談だが、ベルさんは以前よりもはっきりと話すようになった。初めてあった時のようにオドオドした印象はあまりない。こうして初対面の相手に対しても、しっかりと返答できているのが何よりの証拠だ。
「そうですか……いえ、人間の中に昔お世話になった方がいたので……詮無いこと聞きました。さて、本題ですがこの村をどうやって発見したのですか?」
「うちの隊の中に……魔法に優れたものがいたので、解除して……もらいました」
「この結界を知覚できたと?」
「はい……といっても、知覚できたのは一人だけでしたが……」
「この結界は魔人にも知覚はできないものだと思っておりました。我々の技術の全てをつぎ込んだ結界。強度はもちろんそうですが、何よりも秘匿性に主眼を置いたものです。ここ百年近くは他の魔族にもバレていなかったのですが、まさかこんな形で露呈するとは……いやはや、その方はさぞご高名な人間なのでしょう」
「……ありがとうございます」
さすがに10歳の子どもが解除したとは言い難い。とりあえずベルさんは頭を下げて、話を続けるようだった。
「私たち人間は……現在、黄昏攻略作戦を……始動しております」
「なんと。黄昏の攻略ですか……」
「もし良ければ、何か知っている……情報があれば……謝礼は用意しますので……」
「黄昏ですか……それは我々にも全く何が何やら……私は150年前の人魔大戦を経験しております。その時は中立でしたが、他の魔族に襲われ戦っておりました。そんな矢先、急に世界が黄昏に支配されたのです。それは確か……朝のことでした。目を覚ますと、いつもの青空がない。ふと上を見ると、赤黒い光が天から降り注いでいる。それ以来、今に至るまでずっと黄昏は存在している……私が知っているのはこの程度です」
「そうですか……教えて頂き、ありがとうございます」
黄昏。人魔大戦を経験している者でも、分からない現象。そもそもなぜこの世界は黄昏に覆われてしまったのか……それは未だに謎であるが、僕らはそれを乗り越えるためにここにいるのだ。何も情報を得られなかったとはいえ、まだ絶望する時ではない。逆にこの現象は誰にも分からないのかもしれない、ということが逆説的にわかっただけでも良しとするべきだ。
「それで、あなたたちはずっとここで生活をしているの?」
そう尋ねるのはエイラ先輩だった。
「はい……我々に使えるのは魔法だけ。他の種族のように高度な戦闘力はない故、隠れているしかなかったのです……」
「百年以上も?」
「はい。我々はこの村の中だけで生活をしてきました。他の種族にみつからないように……」
「なるほどね……」
そういって先輩は口元に手を持っていき、何か考え始める。
「我々はずっとこの場所で生活をしてきましたが……それは束縛されているのも同じ。この村にいる全てのエルフが思っているでしょう。この旧態依然とした状況は打破しなければならない……と。人間の方々が黄昏にこの150年間、立ち向かってきたことは知っています。そして今までは失敗してきたことも……。だからこそ、あなた方は今回こそはと意気込んでいるのでは?」
「その通り……です。我々も立ち向かってきたとはいえ……やはり内部での安定した……日々にばかり意識が向いていました……しかし、立ち上がる時は今しかないと思い……人間は再び立ち上がったのです……」
「そうですか……いや、これも運命でしょう。ぜひ、我々にも協力させていただけませんか?」
「上の者に連絡を取ってみます……」
それから先はあっという間だった。エルフと人間の間に協定が結ばれ、共に戦うことになった。今後は結界都市にエルフの住む居住区を作る可能性もあるかもしれないとか。その代わりに、エルフは高度な魔法の技術を教える。彼、彼女らは魔法が得意なことで有名な種族だ。戦闘力は人間に及ばないものの、その技術は人間も参考にするところがある。
そうしてこの日は、僕らはこの村に宿泊することになった。空き家はまだあるらしく、そこで寝泊りをしていいとのことだった。僕としては別に寝る必要もないので、今日の晩も星でも見ようかと外に出ていた。
「綺麗だな……」
僕は星空が好きだ。この黄昏に支配された中で、唯一昔から変わらないもの。そしてこの星々を前にすればいかに自分が矮小な存在なのかと理解できる。僕は人間でもあり、魔人でもあるがその存在は特別なんかじゃない。この世界のただの生命体の一つでしかない。極論を言えば、命という意味では他の生物と変わりはないのだ。
そしていつものように、星空を見上げていると奥の方から音がした。
「……?」
なんだろうか。そう思って僕は歩みを進めると、水の音が聞こえる。川でも流れているのか、その音は徐々に大きくなっていく。僕は茂みをかき分けて進むとそこには……星の光に照らされた一人の女性がいた。裸体ではあるが、僕はそれよりもその純粋な美しさに惹かれた。まるで完成された一つの芸術品のようなその艶やかな姿に目を奪われた。
「え……」
「あ……」
瞬間、視線が交差する。そう、それはこの村のエルフの女性なのだろう。僕を見ると、その顔だけでなく体全体が朱色に染まっていく。
「きゃああああああああああああああ!!」
「ご、ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいい!!」
そりゃ、その場で土下座したよね。うん……。
「大変申し訳ありません……」
「い、いえその……ちょ、ちょっと恥ずかしかったですけど……その、か、顔をあげてくださいっ!」
そう言われて顔を上げる。すでに服は着ていて、髪も魔法で乾かしたのかすでに乾燥していた。彼女曰く、村から離れたこの場所で水浴びするのが習慣らしい。
それを普通に覗きにきた(他意はないが……)僕はただの変態だ。変質者だった。しかし幸運なことに、彼女は聖人のように優しかった。僕が覗いたにもかかわらずに、なんの罰も与えないとのことだった。
そして月明かりに照らされる、その姿はやはり……綺麗だった。大きな目に、スッと通る高い鼻。さらにはその唇も厚すぎず、薄すぎず、絶妙なバランスを保っている。それにその部分だけでなく、体全体のプロポーションもまた整っている。また特筆すべきはその薄い翠の髪と、長い耳だろう。
これがエルフなのか、と改めて僕は認識する。
「その、私はアリエスと言います」
「僕はユリア。ユリア・カーティスです」
アリエスさんが握手を求めてくるので、僕またその手を伸ばす。こうして僕はエルフの少女、アリエスと出会うのだった。
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