第96話 暗躍する二人の乙女


 

(今日は買い物でも行こうかしら)



 大規模な作戦の一週間前。エイラは街に買い物でも行こうかと思っていた。もちろん軍からの支給品などはあるも、個人的に持っておきたいものなどはある。それに夜営や夜戦もあるだろう。そんな時に特級対魔師の男性陣と、特にユリアと一緒になる可能性もある。その時に最低限でも身だしなみは整えておきたい。



 エイラはそう考えて街に繰り出すのだった。




「……」



 じっと一点を見つめるエイラ。そう、この日は偶然にも作戦に参加する対魔師の多くが街へと繰り出していたのだ。エイラはそんな中、なんと……ユリアを発見してしまった。これは最高のチャンス! と、思うもすでに状況は手遅れ。なぜなら、ユリアはイヴに声をかけていたからだ。



「あれ? もしかしてエイラ先輩ですか?」



 後方から声をかけてくるのはシェリーだった。彼女もまた他の対魔師と同じ理由で街に来ていたのだが、壁から半分顔を出すようにして先を見ているエイラを発見。状況はイマイチ分からないが、シェリーはエイラに話しかけることにしたのだ。



「……シッ! 静かに……!」

「ど、どうかしたんですか?」

「あれあれ……」



 小声でそういうと、エイラは二人のいる場所を指差す。



「あれってユリアと……もしかしてイヴさんですか?」

「そうみたいね」

「話しかけないんですか?」

「もしかして……イヴがユリアを狙っているかも……」

「え!?」



 その反応を見て、エイラは確信する。シェリーもまたユリアに気があるのだと。彼女は薄々そのことには気がついていたし、シーラとの会話でもそう結論づけていた。



 また別にシェリーのことが憎いわけでもないが、ユリアを簡単に譲る気もエイラにはなかった。そのため彼女はこの一瞬で作戦を練る。



(シェリーをこのまま行かせるのは、まずいわね……それならいっそ手元に置いていた方が……)



「シェリー、ユリアを着けましょう」

「……えっと、どうしてですか? 普通に話しかければいいのに」

「知りたくないの? ユリアの女性関係について」

「……!!」

「よく見てユリアの髪を」

「あ……すごい綺麗に整っていますね」

「私が切ったの」

「え! すごいですね!」

「……ありがとう」



 シェリーは色々と純粋な面があるので、水面下で行われている駆け引きなど全く知らなかった。エイラは少しだけ悲しい気持ちになるも、そのまま話を続ける。



「かっこいいと思わない?」

「た、確かにそうですけど……」

「今のユリアなら女なんか入れ食いよ、入れ食い」

「い、入れ食いですか……」

「そ。だからこそ、爛れた関係を持っていないか監視する必要があるの。ユリアはもう特級対魔師序列零位。それ相応の振る舞いが求められるのだから」

「……なるほど。確かにそうですよね! なら監視も仕方ないですね。うんうん、仕方ないですね!」

「ふふ。物分かりのいい子は好きよ」



 ということで、それっぽいことを言っているような意味不明の理屈でシェリーを丸め込むと二人は早速ユリアのストーキングを始めるのだった。




 ◇



「これ美味しいですね!」

「……しっ、今声を聞いているから」

「? こんな距離で聞こえるんですか?」

「ユリアとイヴの声だけ拾うようにしてるの」

「魔法ですか?」

「そうよ。ま、元々は別の用途で使うものなんだけど」

「へぇ〜。先輩はすごいですね」



 シェリーがバクバクとケーキを頬張っている最中、エイラは二人の会話を盗聴していた。こんなことをするなんて、自分はなんて卑しいのだろうか。そう思わないこともないが、やはりユリアがイヴと何を話しているのか気になる。無口で暗そうに見えるもイヴはかなり美人だ。身長も割とあるし、手足も長い。今日は髪の毛もアップに纏めているし、同性から見ても魅力的。そんな年上の色香にユリアが絆されないか心配なだけなのだ。そう……心配なだけ、と言い訳を自分にしながらシェリーはその会話を聞いていた。



『へぇ〜、イヴさんもカレー好きなんですね』

『うん。軍の食堂では、カレーを……よく食べる。それに自分で作ったりもする……』

『自分で作るって、スパイスとか買ってですか?』

『そう……今度食べる?』

『いいんですか!?』

『いいよ。私は……とても、とても……気分がいいので……ふふ』

『いやぁ〜、楽しみだなぁ〜』



 瞬間、エイラの持つ紅茶がピキピキと凍りついていく。



「ちょ、凍ってますよ!?」

「おっと……ごめん、ごめん。少しイラついちゃって」

「ど、どうしたんですか? 何かすごいことでも話していたんですか?」

「いや、なんでもないのよ?」



 嘘である。彼女にとっては重大な、そう重大なことである。もちろん日程も特定して邪魔をするというよりも……エイラもその御相伴に預かろうとすでに予定を立てている。



「出るみたいね。いくわよ、シェリー」

「もぐもぐ……あ、待ってくださいよ!」



 シェリーは残っているケーキを一気に口の中に放り込むと、飲み込む間も無くその後を追いかけるのだった。




「……ユリアって、女性の友人多いわよね」

「まぁそうですね。男の友達が欲しいってたまにボヤいてますけど」

「……それにしても今度はソフィアとはね。それもイヴと別れた瞬間に出会うなんて……なんていう強運……」



 エイラはイヴと別れたのを見てすぐにユリアに声をかけようとしたが、その間にソフィアがばったりとユリアと遭遇。流石にソフィアの今日の行動まで把握していないので、とりあえずエイラとシェリーはそのまま監視をすることに決める。



「せんぱーい。お腹すきました……」

「そこの売店で買って来なさい。私は二人を見てるから」

「ありがとうございます!」



 シェリーの底なしの食欲に辟易しながらも、エイラはユリアを見つめ続ける。だが今度はかなり厄介だった。ソフィアの買い物する量が多く、めまぐるしく様々な店に入っては何かを購入。それをユリアが持って、そしてソフィアも持つ。そうして二人の手が一杯になったところで二人は軍の宿舎へと移動していく。



 会話は全て聞いていたものの、ソフィアからユリアに何かアプローチをかける様子は全くなく完全に杞憂だとわかってエイラはホッとする。



「まぁ今日はもういいかしら……というよりも、自分の買い物しないと」

「もぐもぐ……エイラ先輩の買い物ですか? 付き合いますよ」

「ねぇ……ずっと食べてるわね」

「うーん……なんか例の件を経たせいか、妙に燃費が悪くて。先輩はそんなことないです?」

「私は今の所、特に変化はないわね。ま、魔素の量が増えたくらいかしら」

「いいですねぇ……私は近接戦闘型で運動量が多いからなんでしょうか。太ったらどうしよう……」

「太るわけないわよ。それにすぐに満足に食事が喉を通らなくなるわよ」

「それもそうですね」



 二人が言及しているのは大規模な作戦のことだ。おそらく黄昏にいる期間はかなり長いことになるだろう。危険区域の中に簡易的な基地を作るとも聞いているし、地獄のような戦場になるかもしれないのだ。



「先輩、行きましょう」

「そうね」



 シェリーがニコニコと微笑みながら、先を歩いていく。そんな様子を見て、エイラは思った。自分は確かに恋敵としてシェリーに思うところはある。それでもやはり、シェリーはとてもいい子だ。こんな自分を慕ってくれるし、それにシェリーもユリアのことが気になっているというのに協力的だった。エイラの無茶な行動にも全てついて来てくれた。


 といってもシェリーはずっと何かを頬張っていたのだが……。



「ねぇシェリー」

「なんですか?」

「ありがとう」

「? 何に対してですか?」

「なーいしょ!」



 そしてエイラもまた、シェリーの後を追うようにしてその場から駆け出していくのだった。

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