第93話 イヴイヴな日


 あれから僕らは一週間後に迫る作戦開始日に向けて準備をしていた。ある程度は誰と隊を組むかは決まっており、僕は改めて特級対魔師全員のプロフィールを眺める。そこにはそれぞれの人の能力や戦闘スタイルなどが書かれていた。それをじっと眺めて自分の立ち振る舞いを考えていく。



(僕は近接戦闘型……おそらく、隊の構成としては近接型と遠距離型の人で組まされると思うけど……)



 そう考えながら、僕はある一人の能力に注目する。それはイヴさんだった。僕らと年齢は近いと言うのに、彼女は圧倒的な才能を持ち合わせている。僕、先輩、シェリーは魔族の血も混ざっているので例外的だが、イヴさんは純粋に人間だと言うのにその若さで特級対魔師になり……そして先輩を上回るほどの魔法の才能を有している。


 広域干渉系スフィアの魔法も使えるのはもちろんだが、プロフィールを見る限り、現存している広域干渉系スフィアは全て網羅しているし彼女だけが使えるオリジナルの魔法も様々だ。



(凄まじいな……これは……)



 そして他の人のプロフィールも全て頭に入れると、僕は少し疲れてきたので外に散布でもしに行こうかと考える。今は準備期間という名目だが、休暇的な意味合いもある。おそらく作戦が開始すれば、結界都市にあまり戻れなくなるだろうし……それに死ぬ可能性だってある。黄昏の世界はそれほどまでに危険。特級対魔師で周りを固めていたとしても、何が起こるかは分からないからだ。



「……よし」



 そして自分の財布だけ持ち出すと、僕はそのまま宿舎を出ていくのだった。




 ◇



(さて、何をしようか……)



 街を歩く。復旧はかなり進んでいて、以前と変わりはあまりない。魔法のおかげだろうが、僕は素直に感心していた。というのも、僕の持っている魔法は全てが戦闘に特化したものだ。僕の魔法は戦闘技能を高めるためのものか、殺傷力が高いものしか持っていない。でもこの街を復旧した魔法はそうではない。人の生活を高めるために使われる魔法。本来ならば、それこそが魔法の真の姿なのかもしれない。黄昏に支配される前の世界では、魔法は主にそのために使われていたらしい。でも今は、魔族と戦うために殺すための技術としての側面が強い。



 そんな中でも、人々はこうして魔法を使って生活をより良くしようとしている。各種インフラだけでなく、文化的な生活を送るための最低限のもの……主に、衣食住などだが全て都市の南区にあるプラントという大規模な工場でそれらは賄われている。人類がここまで安定した生活を保てるようになったのも、ここ数十年の話だ。改めて、今まで頑張ってきてくれた人々に感謝すべきだろう。そして今も都市の運営をしてくれている全ての人のために、僕は戦おう。



 と、そんな風に考えている間に僕は見知った顔をみかける。



「……イヴさん?」



 おそらくあれは……イヴさんだろう。色素の薄い緑がかった長い髪は、ポニーテールにまとめられており服装もかなりオシャレに見える。ホットパンツにTシャツだけというシンプルなスタイルだけだが、それでもかなり映える。手足は長いし、顔も美人系統なため、その全てが彼女にぴったりという感じだった。それにサングラスと帽子をなぜか被っているもまぁ……よく似合っていると思う。



 でもあのお店で何をしているのだろうか……。よく見るとそこは、子ども向けのお店でぬいぐるみやおもちゃなどが販売されている。この手のお店は最近できたばかりなようだけど、イヴさんは誰かにプレゼントでもするのだろうか。



 僕はあまりジロジロ見るのも悪いと思って、声をかけにいく。外で会って知らぬふりをするのも失礼だし、最低限挨拶はすべきだろう。



「イヴさん、こんにちは」

「……!!」



 後ろから声をかけると、ビクッとするイヴさん。


 え……もしかして人違いだった?



「……ひ、人違いです……」



 いやこの声は間違いない。イヴさんだ。自慢ではないが、僕は人の顔とそれに声などを把握するのは得意だ。また、サングラス越しに見えるその目は間違いなく彼女のものだった。



「えっと……その、もしかして話しかけたらまずかったですか?」

「……いや、その……別にいいけど……でもちょっとその……」

「? もしかしてプレゼントを買う邪魔をしてしまいましたか」

「プレゼント?」

「その持っているぬいぐるみです」

「……これはプレゼントじゃ、ないけど……」

「もしかして、ご自分のですか?」

「え……いや……その……そうだけど、何か文句でもあるの!?」

「い、いえ……滅相もございませんが……」

「知ってるもん……私みたいな女がこんな可愛いものが好きって変だって……でも好きなんだもん!」

「……えっと、その……何かを好きなるのにその人の容姿や性格などは関係ないかと。それにイヴさんにはとてもお似合いですよ」



 急に声を荒げるので、僕はなんとか落ち着けようとする。きっと過去に色々と言われたのかもしれない。でも僕はそんなことは思わない。ぬいぐるみが好きなのだって、人の好みなのだ。それが容姿や性格で変になることなど、おかしいことなのだから。



「本当にそう思う……?」

「はい。とてもよくお似合いです」

「……私の部屋に実は……大量のぬいぐるみが……隠されているとしても?」

「別に問題はないでしょう。少しかさ張りそうですが」

「……今回の作戦にお気に入りのぬいぐるみを持っていくとしても?」

「持ち物は自由でしたよね? 問題はないかと」

「……ユリアくん。君はやっぱりできる人のようだね……ふふふ……」

「そ、そうですか?」

「……うん。私はとても、そう……とても機嫌がいいので君にお茶でもご馳走してあげよう」

「いいんですか?」

「……任せて。私はとても、とても機嫌がいいので……ふふ」



 不敵に笑いながら、イヴさんはそう口にする。僕としては至極当然のことを言ったつもりなのだが、機嫌が良くなったのならよかった。そして僕はイヴさんと並んで、そのまま近くにある喫茶店に入るのだった。



「……ここのお店は、ケーキセットが美味しい」

「では僕もそれで」

「……わかった」



 注文をして、すぐにケーキと紅茶が届く。シンプルなショートケーキだがとても美味しそうだ。思えば甘味などいつ以来だろうか。基本、僕はカレーばかり食べている。軍の食堂でもカレー。たまに外食をしてもカレー。デザートはない。カレーだけの生活だった。黄昏での生活の影響もあってか、もはやあらゆるものが混ざっていて美味しければいい……そう思っていたからだが、久しぶりに見るケーキは大層魅力的にみえた。



「ん、美味しいですね!」

「……でしょ? 私のお気に入り」

「イヴさんは可愛いものと甘いものが好きなんですか?」

「……そうだけど、バカにされてるのも……知ってる」

「僕は、別に至って変なところはないと思いますが」

「……昔、あんたみたいな女が〜とか色々言われた」

「なんの違和感もないと思いますけどね、僕は」

「本当に?」

「はい」

「こんな根暗な女でも、いいのかな……」

「根暗とかどうとかは関係ないですよ」

「そっか……うん、そうだよね……」



 さらにニコニコとして食事をとるイヴさん。うん。やっぱり食事は美味しく取らないとね。それにしても、そんなことを言う人がいるのか。でも僕は人の悪意というものを知っている。おそらくだが、イヴさんに嫉妬しての言葉なのだろう。彼女は特級対魔師になれるほどの才能があるし、それに容姿も綺麗だから。



「そういえば、髪……切ったんだね」

「あ、はい。少しさっぱりしたくて」

「……よく似合ってる。それにみんなもカッコいいって、言ってた」

「それはどうも……って、みんなって誰ですか?」

「それは秘密……ふふ……」



 口元に人差し指を持っていて、柔らかい笑みを広げるイヴさん。普段は寡黙で何を考えているか分からないと思っていたけど、こうして話をしてみればとても魅力的で明るい女性じゃないか。


 僕は純粋にそう思った。


 そして僕たちはしばらく談笑に花を咲かせるのだった。

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