第92話 命短し恋せよシェリー
(……今日も変わらないわね、この世界は)
病室にいるシェリーは窓越しに黄昏に支配されている世界を見る。シェリーの記憶はサイラスとの戦いの途中で途切れている。その後、目が覚めるとベッドにいることに気がついた。もちろん、彼女はそのことに驚愕を覚えたが隣にはベルがいた。
「先生、私は……」
「シェリーちゃん。気を……しっかり持ってね……実は……」
そして彼女は知った。今回の事の顛末。さらには自分自身のルーツを。
「私が魔族の血を取り込んでいる、ですか?」
「そう……詳しくは、
「そう、ですか……それで、エイラ先輩も同じで、ユリアは完全個体だと……」
「うん……リアーヌ様の視た記憶ではそうなっているけど……私は正しいと思う。シェリーちゃんの成長速度は……凄まじいものがあったから……」
「……なるほど。納得がいきました、先生。私は……異形の存在なのですね……」
「……そうだね。でも私はシェリーちゃんは、生まれが……どうであっても……シェリーちゃんだと思うよ?」
「……ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。そうか、自分は人間ではなかったのか……そう聞いた瞬間はショックだったが、徐々に受け入れることができた。確かに自分の成長速度はある日を境に著しく向上した。最近に至っては、特にユリアと出会ってからはその速度は異常だった。シェリーは見ないふりをしていた。これは努力の末の結果。才能もあるだろうが、自分の今までの努力が花開いたのだ。そう思い込むことにしたが、侵食する
そして今はもう……
自分の出自が、人間の悪意からだったなんて……悲しまずにはいられない。ふと、父のことを思い出す。死んでいった父親。今となっては血は繋がっていないのだろうが、それでも父が父であることに変わりはない。そしてあの時の悲しみも本物だ。そう……あの悲しみはこの黄昏の世界では溢れている。毎日誰かにとって大切な人が亡くなっている。それが蓄積して、人の復讐心が倫理を超えて……人ならざるものを生み出してしまった。
なんと業の深いことか……そうシェリーは思うも、やるべきことに変わりはない。その意志に変化はなかった。きっとユリアもこの事実を知って、その上でさらに進んでいくのだろう。彼ならばそうするに違いない。ならば、自分だけが立ち止まっていい
「それでだけど……特級対魔師が3人も減ったから、補充なんだけど……シェリーちゃんを新しい特級対魔師にするって……声があって……」
「本当ですか?」
「うん……私も推薦してる……嫌だった?」
「そんなことはありません。でも私でいいんでしょうか?」
「……大丈夫。シェリーちゃんなら、できるよ……きっと立派な特級対魔師になれる……よ」
「わかりました。私は……特級対魔師になります」
特級対魔師を目指していたシェリー。自分の思い描く道とは全く別の形でたどり着いてしまったその頂き。でもそれで構わなかった。人類のために再び刃を振るえるならば、構わない。それがたとえ、どんな環境にあろうとも。
彼女もまた、進む。確かな意志を抱いて、この黄昏に立ち向かうのだった。
◇
それから数日。シェリーは召集がかかったので、出勤していた。正直言って緊張している。特級対魔師の人たちとは面識があるものの、それでもその地位はあまりにも重い。
そう緊張感に浸っていると、彼女は後ろから話しかけられるのだった。
「シェリー、おはよ」
「ユリア、なんだか久しぶりじゃない? それにその……だいぶスッキリしたわね」
「シェリー、あの時以来だね。まぁそうだね……いい機会だからバッサリと切ったよ」
「そうなんだ。短髪もとても似合っていると思うわ。それにしても、私はちょっと緊張するわ……」
「ははは、まぁ……僕も初めての時は緊張したよ」
何気ない会話だが、その実……シェリーは平静を保っていた。そう、その内心はパニック状態であったのだ。
(は!? 髪切ってる!? え!? どゆこと!? え!?)
(……え? めっちゃカッコいいんですけど!?)
そう。シェリーは短髪イケメンがどストライクだった。今まではユリアは中性的な顔をしているし、長髪。正直言って、見た目的に男性としてみることはなかったので特に意識したことなどあまりなかった。でも今は違う。短髪のユリアは確かな男らしさを持っている。それに魔人として覚醒したからか、身長も少し伸びている気もするし、体つきもかなりがっしりとしている。
シンプルに男らしさを持っているユリアは、シェリーにとって輝いて見えた。
(お、落ち着きなさい……こ、これはただの動悸……別に異常なんてないのよ……)
そう自分を落ち着けて、彼女はそのまま会議に臨むのだった。
◇
「ふーん、ユリア髪切ったんだぁ〜。見てみたいな〜」
「ビビるわよ……まじカッコいいから」
「え……シェリーがそこまで言うほど?」
あれから会議を終えて、ベルとの訓練を終えたシェリーは食堂にやってきていた。そんな矢先、彼女は久しぶりにソフィアと出会った。ソフィアも今回の作戦には参加するようで、シェリーとしては見知った顔を見ただけでもどこかホッとしたようである。
二人は同じ席に着くと、いつものように食事を取りながら会話をする。
「いや、うん。ちょっとまじでヤバイかも……」
「もしかして気がついたの?」
「何に?」
「ユリアが好きってことに」
「は?」
「いや、側から見れば誰でもわかるけど。自覚がないのは、当人達だけってみんな知ってるよ」
「ちょ、ちょっと待って……みんなって誰よ」
「隊のみんな。それに軍の中でも有名な噂だし。特級対魔師に惚れるのは仕方ないとかなんとか……」
「……まじ?」
「うん。でも今はシェリーも新しい特級対魔師なんだし、釣り合ってると思うよ。ただ……」
「ただ……なに?」
「エイラ先輩だよね、ライバルは」
「え? エイラ先輩って、そうなの?」
「え〜、それも気がつかないの? これだから脳筋は……」
「今は罵倒はいいから、教えてよ!」
「いやエイラ先輩もユリアのこと好きなんだよ。というか、まだ気がついてないのはユリアくらいだよ」
「……まじか」
「まじだよ〜」
シェリーはカレーを掬っているスプーンをその場に置くと、思索に耽る。自分が全く知らないところでこんなにも状況が進んでいるだなんて、思いもしなかった。でもソフィアに言われて気がつく。確かに自分はユリアに惹かれているのだと。
「ど、どうすればいいと思う?」
「え……普通に認めるの、ユリアが好きだって」
「ま、まぁ……そうかなぁって薄々と感じてたし……」
「そっかぁ……うんうん、いや良いと思うよ。恋するのはとても良いと思うよ、うん」
「誰目線なのよ……でもこれから大切な作戦があるし、それが終わってからでも……」
「甘いっ! 甘いよッ! すでにエイラ先輩は動いているかもしれない! それに作戦で私たちが命を落とす可能性だってゼロじゃない。だからこそ、今のうちからアプローチをかけないと!!」
「そ、そういうもの?」
「間違いないよ!」
「わ、分かったわ……頑張ってみる……」
こうしてシェリーもまた自身の気持ちを自覚して、動き始めるのだが……それはまた別の話である。
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