第89話 零
あれから僕を含め、特級対魔師や軍の上層部にはリアーヌ王女による調査が入った。聖人としての能力は詳しくは知らないが、彼女は他者の記憶を覗き込むことができるようになっている。そのため、全員がリアーヌ王女に記憶を見られることになった。もちろん他者に知られたくない記憶もあるだろうが、僕たちはもはやそんなことを言ってられない。全員が協力し、今度こそこの黄昏に正面から立ち向かう必要があるからだ。
「……朝か」
いつものように目が覚める。昨夜に王城の会議室で集合することが決定して、今日はいつもよりも早く起きることになった。と言っても一時間程度早いだけなのだが、それでも僕は今日から新しい日々が始まるのだと予感していた。
それに休暇を与えられていたが、それは昨日で終わり今日からはこれまで通り軍人としてこの世界で戦っていくことになるのだが……僕、先輩、シェリーの処遇はどうなるのだろうか。他の二人には伝えられているのかもしれないが、僕自身はまだ何も聞いていない。
魔人と人間の特性を両方持つ僕は、これからどうなるのだろうかと考えるも今はとりあえず準備をしなければならない。
シャワーを浴びる。いつものルーティーンだが、もうあの長い髪はない。短髪になった僕は手早くシャワーを済ませると、そのまま王城に向かうのだった。
「ユリア、なんだか久しぶりじゃない? それにその……だいぶスッキリしたわね」
「シェリー、あの時以来だね。まぁそうだね……いい機会だからバッサリと切ったよ」
「そうなんだ。短髪もとても似合っていると思うわ。それにしても、私はちょっと緊張するわ……」
「ははは、まぁ……僕も初めての時は緊張したよ」
王城前の道のりで、僕は歩いているシェリーと出会った。あれから彼女はすぐに退院してかなり体調も良くなったらしい。すでに通常通り、戦闘も行える程度には回復したようだ。
「そういえば、序列ってどうなるのかしら?」
「んー、どうなんだろう。順当に行けばそのまま繰り上がるんじゃない?」
「ふーん。なら私はユリアの下ってことね」
「そうなるね」
そう会話をしながら、僕たちは王城の中へと入っていく。あの時の戦闘が嘘のように再び始まる日常。でも僕は知らなかった。今日からさらに僕たちの生活は大きく変わることになるのだと。
◇
「誰もいないね」
「早く来すぎたかしら」
会議室にやって来た僕たちは円卓につく。今は誰もいないようで、静寂が室内に漂っていた。そして二人で隣り合わせで座ると、次々と特級対魔師の面々が入ってくる。
「やほ、ユリア。それにシェリーも」
「……どうも」
「エイラ先輩、これから宜しくお願いします」
「えぇ。宜しくね、シェリー」
僕たち3人がそう話していると、周りの特級対魔師達はその様子をじっと見ているようだった。きっともう……知っているだろう。
僕たち3人が、異形だと言うことに。
「……皆さん、席についてください。今回は私が全てをお伝えいたします」
そう言って入ってきたのは、リアーヌ王女だった。なぜ彼女が……と思うかもしれないが、今のリアーヌ王女は聖人だ。人を超えた存在であり、ここにいる全員の記憶を知っている。ならば、この場にいるのも当然だろう。
「さて私はここにいる全員の記憶を、全て覗かせて頂きました。そして断言いたしましょう。すでに裏切り者はいないのだと」
裏切り者。特級対魔師序列一位、サイラス。特級対魔師序列七位、クローディア。その二人が裏切り者だった上に、特級対魔師序列十位であったエリーさんは殺された。僕は彼女の最期の瞬間見たわけではないが、最期に彼女と会話をした。それは
「まずは新しい特級対魔師の発表から。シェリーさん、どうぞ」
「はい」
隣に座っているシェリーが立ち上がると、彼女はそのまま挨拶をする。
「シェリー・エイミスです。この度は特級対魔師と誉ある地位に任命していただけたと言うことで、本当に感謝するとともに……この人類のために皆さんのように誠心誠意尽くしていきたいと思っております。宜しくお願いします」
最後に頭を下げて、着席。今回は特に誰からも指摘はなかった。認めているのだろう。彼女が新しい特級対魔師として戦うことに。
「それでは……知っているとは思いますが、改めて情報の共有をいたします。裏切り者は、サイラス、クローディアの2名。目的はセフィロト
改めて告げられる真実。そのことに対して、もう動揺はしない。事実は事実として、飲み込むだけだ。
「さてここで問いましょう。あなた達は、この3人に特別な処置が必要だと思いますか?」
『……』
静まりかえる室内。そう、僕たちは3人は魔族の要素も組み込まれている。人類に反逆する気など全くないが、完全に信頼できるかと問われれば違和感を覚える人もいるかもしれない。これは至極真っ当な問い。そしてその答えに対して、僕は正面から受け止めよう。
「……私は……異論は……ない。その生まれが……その体が……何者であろうとも……生まれは選べないけど……3人の在り方は、人間だと思う……それに3人ともに懸命に戦っていたのは……誰もが知っているはず……」
一番に口を開いたのはベルさんだった。そしてそれに続くのは、ロイさんだった。
「別に構いやしねーよ。それに、この3人が今更人類を裏切るとも思わなねぇしな。おい、テメェらも異論はねぇだろ? なぁ?」
全員にそう言うと、皆が頷く。どうやら、僕たちに何かがあるようなことはなさそうだった。
「そういってもらえて助かります。では次の話に進みましょう。私はクローディアの記憶を見ましたが、やはりこの都市の結界は魔族に対してかなり有効。と言うよりも、今回の件では遅れをとりましたが、やはり何百年も人類を守っているのもあり結界は完璧です。外側からの破壊は完全に不可能だと分かりました。魔人側にもそのような力を持っているものはいないようです。そこで、すでに軍の上層部でも話はついていますが……人類は本格的に黄昏の攻略作戦を開始することになりました」
『……』
黄昏危険区域、攻略作戦。それは過去のにも行われたことがあるも、全て失敗に終わっている作戦。以前のものは、三十年も前になるだろうか。人類は未だに進めていない。黄昏危険区域レベル1ですら、完全に支配下に置けていないのが現実だ。
「これまでは特級対魔師は七つの都市に最低一人は配置していました。最悪の事態を、具体的には魔族の侵入に対応するために。しかしその心配はありません。聖域に侵入されない限り、都市の守りは完璧です。そこで今回の作戦では、特級対魔師全員が最前線での戦いを義務付けられます。いいですか、もう一度言います。特級対魔師全員が、最前線で戦うのです」
「……失礼ですが。それはあまりに無謀ではないでしょうか」
そう口を挟むのは最年長のギルさんだった。でもその指摘ももっともだ。サイラスのようにまた、聖域に侵入して結界を解除する者が出てくるかもしれない。
「可能性としては、サイラスの時のようなことは起こる可能性はゼロとは言えません。しかしここでやるしかないのです。聖人が再び生まれ、偶然とはいえ3人も人間を超える存在がこちら側にいるのです。戦力的にもおそらく、今が人類史の中でも最高でしょう。それにここで進まなければ、いつ進むのですか? 足踏みをしていれば、再び魔族に足元を救われるかもしれない。それに魔族側は向こうの戦争で少し忙しいようです。あらゆる状況を考慮して、今回は最大戦力を投じて作戦を実行します。もちろん、私も指揮に加わりますので」
彼女の悠然とした立ち振る舞いに誰も何もいえなくなる。異論、反論などなかった。苦渋を嘗めさせられた人類はここで臆してはいけない。座して待つなどしてはいけない。
そうだ。僕たちは進むしかない。もう、後戻りなど……できないのだから。
「さて最後になりますが、序列の再編についてお知らせしましょう。基本的には序列は抜けた者がいるので上に行くだけです。新しい序列一位はベルになります。しかし一人だけ例外が……」
例外? なんのことだろうか? そう思っていると、リアーヌ王女は僕の方を見てくる。
「ユリアさん。あなたはすでに人類が持ち得る最高の戦力です。おそらく、これまでの人類史の中で最強の対魔師でしょう。上の会議で決定しましたが、そこであなたは序列
「序列零位ですか?」
「はい。わかっているでしょう? 自分の能力のことは」
「それはもちろん把握しています」
「私もあなたの特性、それに能力の全ては記憶を見たときに把握しています。それを踏まえて、あなたはもう……人の域を優に超えています。おそらくあなたに対抗できる存在は、魔族にもそうはいないかと。新しい人類最強の対魔師として、我々を導いてくれますか?」
「……分かりました。この命が燃え尽きるまで、その任を全ういたします」
「えぇ。よろしくお願いしますね、ユリアさん」
こうして僕は特級対魔師序列零位となった。新しい人類の希望。それは今の僕には重すぎる称号だが、それに見合う人間になろう。もう賽は投げられているのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます