第87話 追憶の先へ



 全ての準備は整った。そして二人は行動を起こした。まずは特級対魔師を一箇所に集めてからの、ユリアを糾弾。そこで畳み掛けるようにして、誘導する。おそらく特級対魔師の意見が分かれることは二人ともに想定していたことだった。



 そしてサイラスが緊急招集をかけて、全員が前回と同様に会議室に集まる。




「さて、特級対魔師の諸君。急な召集に応じてくれて感謝する。また、例の結界の件だが、すでに解析が終了した。あれは数百年前に使用されていた魔法だが、発動にはかなりの時間を要する。そう……年単位の時間を。魔素の量もそうだが、やはり魔素形態を構築するのがかなり困難だ。それに対抗する手段もすでに、ある。ということで、今回は改めて集合してもらったが……本題はそれではない」



 尤もらしいことを言うが、全ては自分たちが仕掛けたこと。サイラスはその事実を隠しつつ、言葉を続ける。



「……特級対魔師、序列10位のエリーが殺された。死因は出血性ショック死。抵抗した形跡はなく、心臓に一刺し。数分後に絶命したようだ。現在はさらなる死因特定のために解剖に回されている」

『な……ッ!!?』



 全員が驚愕の表情に染まる。クローディアもまた、信じられないと言う表情で口元に手を持っていくも、それは演技。彼女はサイラスと情報を共有しているため、すでにエリーを殺したことは知っている。



「ユリアくん……君はエリー殺害の容疑者となっている。エリーの研究室への出入りした時刻と、殺害時刻が被っている。それに他の研究員も君の姿を捉えている……話を聞かせてくれるかな?」

「……え?」




 ユリアはポカンとした表情をする。それもそのはずだ。彼は事件当時の時刻、黄昏の中を移動していたのだから。全く心当たりのないことを言われて、わけがわからないと言う顔をするのは当然のことだ。




「僕は、殺害推定時刻には黄昏を移動していましたッ! アリバイがありますッ!」

「シェリー・エイミスがそれを証明してくれると?」

「……そうです」

「彼女も共犯だとしたら?」

「……」

「エリーを殺害してから、次の結界都市に移動するまでの時間。君たちなら本気を出せば可能だろう? それでその条件はクリアだ。それに何よりも、現場には君の魔素が微かに残っていた。これは確かな情報だ」

「……」



 すでに相手の言い分など把握している。あとは予想していたように会話をするだけ。そしてここで、クローディアからの横槍が入るが、それも全て解散されて行われていることだった。



「ねぇ、サイラス。おかしくないかしら。今まで私たちに尻尾も掴ませない裏切り者が、こんな簡単なミスをする? 殺しをするにしても、目撃者を作るなんてお粗末すぎる。それに本当にエリーを殺害したとしても、この召集にわざわざやって来るとは思えない」

「止むに止まれぬ事情があったのかもしれない。エリーの専門領域は黄昏の研究だ。彼女が何か真実を掴んだと知って、急な行動を取らざるを得なかったのかもしれない。それに彼は2年も黄昏にいたんだ。魔族の手先になっていても不思議はない。とりあえず、彼が犯人であろうとなかろうと話を聞く必要がある。ユリアくん、君には正直に話をして欲しいところだが……抵抗されると厄介だ。拘束させてもらうよ。他の特級対魔師たちも呼んだのはこのためだ。君にはどのような力が宿っているか分からないからね」



 このやり取りは元から二人で考えていたものだ。ユリアを確実に追い詰めるための策略。さて、ここから状況はどう動くのか……そう考えていると、立ち上がったのは予想通りの人物だった。



「……やらせない。ユリアくんは……連れて行かせない」

「ベルさん、どうして?」

「ユリアくん……逃げて。もう状況は最悪……完全に嵌められている。それにここで囚われてしまえばきっと……そこで状況は詰んでしまう。あなたは最後の希望だから……けど、まだ……リアーヌ様を見つければ……なんとか、なる……」

「……リアーヌ王女を見つければいいんですか? でも……」

「うん……ここは私が食い止める……逃げて……」



 ベルが来るのは想定済みだった。長年リアーヌ王女と行動をともにしている彼女は諜報活動も得意としており、もはや裏切り者の正体が看破されるのは時間の問題だと……サイラスとクローディアは考えていた。またこれはただの直感だが、おそらく……リアーヌ王女は聖人として覚醒している。この都市に一つだけ、奇妙な魔素が蠢いているのを感じ取っていたからこそ、そう結論づける。



 そして彼女は、箱庭へと向かっているだろう。あそこから漏れ出す魔素を完全に遮断することは叶わない。だからこそ、聖人となった王女はそこに向かっているのだろうと……予測していた。



 だがそれは都合が良かった。秘密が露見するよりも重要なのは、セフィロトツリーの解放だ。もはやなりふりなど構っていられない。この都市にいるのも、もう最期になるだろう。その最期の時を成功させて終わる……こんなところで、失敗しくじるわけにはいかないのだ。



 そして、ユリアはベルの援護によってこの場から出て行った。追いかけることなどしない。おそらく彼が向かう先も、あそこなのだから。シェリーと合流し、王女を追いかける。つまりは3人は箱庭に向かうだろう。あとは残りの一人であるエイラをあの場所に連れて行けば、終了だ。




(クローディア、段取り通りに)

(分かったわ……)



 目線だけでやり取りすると、クローディアは転移を発動。そうして特級対魔師同士の戦いが始まるも、サイラスはすぐに離脱。残りのメンバーで戦うことになるが、クローディアは真剣に戦っている素振りを見せながらタイミングを計る。



(そろそろかしらね……)



 すでに戦いも佳境……というよりも、タイミング的にも今しかなかった。そして彼女は周囲の魔素を大量に集めると、そのまま魔法を発動。




 「――世界縮小ピクノーシス




 その言葉を発したと同時に、この場にいる全員が地面に現れた魔法陣に呑まれていく。そして彼女は人間は黄昏の外に飛ばすようにして、魔族の血が混じったものは箱庭の前に飛ぶように設定した。この作業は固有領域パーソナルフィールドを振り分けるだけなので、比較的簡単にできるも……問題は、世界縮小ピクノーシスに使う魔素だ。開くだけならそれほど必要ないが、転移をする際の魔素量は尋常ではなくなる。だからこそ、その魔素をユリア、シェリー、エイラで補う。彼らから奪った魔素で道を作ると、そのまま全員が地面に叩きつけられる。



「さて役者が揃ったわね。サイラス、拘束できる?」

「あぁ」



 この場に揃ったメンバーを見て、確信する。うまくいく。ここまでくれば、もう怖いものなどない。恐れるものなどない。成功した……私はたどり着くのだ、この世界の真理に。そしてあの青空にたどり着くのだ……そう思いながら、クローディアは準備を終える。



 その途中でクレアがやってきていたが、どうでも良かった。というよりも双子なのだから、最後くらいは別に会うのもいいだろう。その程度に考えていた。そしてクローディアは開く。この世界の真実へと、辿り着こうとして……4人の媒介を経て世界の扉を開くも……。



「……開いたけど、これは?」



 目の前に広がる真っ白な世界。その先にある真っ赤な物質。おそらく聖遺物レリックの一種だろうが、おかしい。セフィロトツリーとはこんなものなのか? あまりにも呆気ない物に気を取られて、サイラス、クローディア、クレアは気がついていなかった。ユリアの内部で起きている異変に。それは間違いなく異変であった。クローディアは知らない。彼がこんな土壇場で覚醒するなど考えてもいない。



 それはエリーの残した遺産。ユリアを解放する禁呪秘跡サクラメント。彼女たちは驕っていた。人類側に、自分たちを上回る魔法の使い手がいるなど思ってもみなかった。自分はある種の究極の存在である。その考えが、この状況を招いた。そして現れたのは……完全個体として覚醒した、ユリア・カーティスだった。



「何よ……何よそれ……」



 クローディアは目の前に現れた異質な存在に目を奪われていた。思考さえも奪われていた。あんな……あんな個体は見たことがない。魔人でさえ、あれほどの存在はいない。



 畏怖。



 純粋に恐怖した。あれが自分と同じ存在だとでもいうのか? あれこそが、博士が求めた真の個体なのか? 脳内に情報が錯綜する。すでに真っ当な思考はない。ただただ、探した。答えを、見つかるはずのない答えを、探し続けた。でもみつかるはずはない。ユリアはすでに、人知を超えた存在になったのだから。



「クローディアッ!! 完全個体だッ! 下がれッ!!」



 呆然としているクローディアを庇うようにして前に出るサイラス。瞬間、その左腕が弾き飛ばされる。全く知覚できなかった。気がついたら、サイラスの腕が宙を待っていたのだ。



「……そんな、どうして……どうして……」



 意味がわからない。これほどまでのものだったのか、博士の理想とはこのことだったのか……ならば、自分は……クローディアという個体の存在は何だったのか……全ては彼に至るまでの過程だとでもいうのか。彼女は自分の存在意義を失いつつあった。それはまさに否定。自分はただの欠陥品であり、彼こそが完成品。ならば、自分は……なんのために……そう考えてしまうほどに、彼女は衝撃を受けていた。



「クローディアッ! セフィロトツリーの回収は!?」

「終わってる……何とか……」

「よし。離脱する。完全個体の相手は些か骨が折れる。クレア、任せても?」

「オッケー。二人は離脱していいよ。お兄ちゃんの相手は私がするよ〜」

「もう、殺しても構わない」

「ふふ、できるといいけどね〜。ちょっと、厳しいかもね〜」

「最悪の時は……分かっているな?」

「ん? あぁ……はいはい。分かってるって」

「では頼んだ」



 離脱する。その言葉を聞いて安心していた、安堵していた。あの存在を直視してはいけない。これ以上は、頭がおかしくなりそうだ。そう思っていや矢先、彼女は見てしまった。それは偶然。ただ視界に入っただけ。しかし彼女の双眸は、リアーヌの輝く眼球を直視してしまった。




「きゃああああああああああああああああああああッ!!」




 熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。



 両目を抑えようとするも、視線を外すことはできない。緋色の線が繋がり、彼女は感じた。自分という存在が覗き込まれていることに。それに気がついた瞬間、無意識に情報を取られまいと彼女は無理やりその視線を外そうとする。眼球がちぎれそうな感覚、さらには脳内が燃え上がるような痛覚。常人には耐えられることのない痛みだが、それでもクローディアは何とかリアーヌ呪縛から逃れる。



「う……はぁ……はぁ……はぁ……」



 彼女が最期に見たのは、その場に倒れこむリアーヌとそれに寄りそうユリアだった。奪われてしまったが、それでも全てではない。まだ、まだ終わりではない。絶対に成し遂げる、たとえこの先に何が待っていようとも……そう考えながら、クローディアの記憶はそこで終わりを告げた。




 ◇




「以上になります。私が視た彼女の記憶、それを全てお伝えしました」

「……」

「……」



 僕とベルさんはリアーヌ王女の話を全て聞いた。俄かには信じがたいが、僕はクローディアと同じ存在……らしい。そして彼女はこの世界を暴くために行動しているようだ。確かにその目的は個人の自由だが、多くの人間を殺していいという理由にはならない。僕は改めて、自分の拳を握り締める。こんなことは、終わらせないといけない。絶対に……絶対にだ。



「ユリアさん、数日後にまた召集がかかると思います。おそらく、今後の件について。それまで、しっかりと考えてみてください」

「……ありがとうございます」



 リアーヌ王女は僕の心のことを思ってか、そんなことを言ってくれる。確かに事実としては理解できる。彼女の言っていることが虚言ではないこともわかる。それでも僕はこの事実に揺らいでいた。魔人たちに憎しみはあるも、自分の存在意義を失いそうになる。こんな自分に人類を守る資格が、あるのだろうか。人間と魔人、その二つの特性を併せ持つ生物。それが僕だ。そんな僕はこれから何を成せばいいのか。そして何を成していくのか……。



「……自分はこれで失礼します」

「はい」

「ユリア君……またね……」



 二人に丁寧にお辞儀をして、僕は病室を後にした。この先に待っているのは、さらに過酷な戦場だ。僕はそれに立ち向かうためにも、覚悟をさらに決めなければならない。そして自分自身について……向き合う必要があるのだろう。以前までは逃げてきたが、それでも向き合ってきたが……それは過去についてだ。



 でも今は、自分という人間そのものに向き合う時だ。厳密に言えば、人間ではないのだが……そんなことは些事だろう。構成要素ではなく、在り方として僕は魔人ではなく人間を選びたい。



 クレアは魔人を選び、僕は人間を選んだ。その存在の在り方として。でも、どうして……どうして僕らはこんなにも……運命に弄ばれているのだろうか。



 この世界は醜い。嘆きたいほどに、慟哭したいほどに、世界は悲劇と嘆き、それに黄昏で満ちている。確かに弱肉強食がこの世界の在り方であり、真理なのだろう。でも僕は……ただ他者を虐げ、蹂躙するのではなく、いつか……青空のもとで平和な世界を築きたい。そう思った。これだけのことがあったというのに、僕はそんな理想を掲げる。でも理想のない世界に何があるというのか。自分の生き方も決められないで、世界の行く末など決めることはできない。



 進もう。ただ僕は、進むだけだ。幾億の屍を超えて、僕はこの世界に青空をもたらそう。



 改めて僕はそう誓った――。


 




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