第84話 Clare's perspective
斬り捨てる。眼の前に立ちはだかるただ邪魔な存在を屠り続けて、どれほどの時間が経過しただろうか。
クレアは鮮血を浴びつつも、止まることはなかった。すでに凝固した血液は彼女の体を覆っている。それを振りほどくようにして前に進む。
「あはははははは!! 死ねぇ!!! 死んじゃえ!! あはは!」
魔人である彼女はその能力を遺憾なく発揮していた。いや魔人という形容は正しくない。彼女は人間の要素も混ざっている個体だ。そんな彼女が魔人の住んでいる本国にやってきて数十年。魔人がいる国とは、人類ほど数は多くない。寿命は長いが、生殖能力はそれほど高くなく、加えてここ百年の戦争でそれなりの数が死んでいる。他の魔族と異なり異常なまでの戦闘能力を誇る魔人だが、それでも他の魔族の物量には敵わない時もある。
まさに一進一退の攻防。人類が結界都市を生み出し、その中にいる間にもずっと黄昏の世界では魔族同士の戦いが行われているのだ。
「……ふぅ、終わりかぁ。残念……」
ペロリと頰に付着している血液を舐めとる。現在は亜人と戦っている最中。クレアは陣形を組んで戦っていたが、一人だけ先行しすぎてしまい完全に孤立して最前線で戦い続けていた。そんな彼女だが、たった一人で敵を殲滅してしまった。その実力は魔人の中でもすでに屈指。それでも上には、上がいる。そのことをクレアは今後知ることになるのだが……。
「クレア、先行しすぎだ」
「えー、だってみんな遅いんだもーん!」
「他の魔族を侮るな。そのせいで今までに多くの魔人がやられているのだ」
「こんな雑魚に?」
そういうとクレアは剣を死体に突き刺して、その臓腑を抉り出す。ポタポタと滴るそれを見て、彼女はニヤァと嗤う。
その場にやってきたのはクライドという魔人だった。彼はクレアが本国にやってきた時から、ずっとその面倒を見てきた。もっとも面倒を見るといっても、彼に与えることのできるものは……戦闘技能。相手をいかに殺すかということだけ。物心ついた時から、クレアはその手に剣を握っていた。そして魔物を殺し続けた。いや魔物だけではない、亜人ですらその手にかけてきた。
命乞いをされてきた数などもう覚えていない。彼女はその全てを無視し、蹂躙を重ねてきた。弱肉強食。それがこの黄昏の掟。それを知っている。嫌という程その心に刻みつけている。
さらにクレアは戦闘をするたびにその悦びを体全体で表現するも、知っていた。自分はまだ、この世界で一番強いわけではない。魔人の中でも上位に位置しているも、トップではない。その事実を噛み締めながら、彼女は今日も今日とて殺戮を繰り返す。
「雑魚とはいえ、物量では圧倒的に魔人を上回っている。その数の多さにやられてきた仲間を見てきただろう?」
「それってあいつらが雑魚だっただけでしょ?」
「……そうとも言えるが、念には念を入れておけ」
「……はーい」
クライドのいうことは大人しく聞くクレアだが、もちろんそれには理由がある。というのも、クレアはクライドに一度として勝ったことはないのだ。本気で挑むも、簡単にあしらわれてしまう。年齢を込みにしても、そして経験を考えても、クレアは確かに強い。それでも彼女にとってそんなことはどうでもいい。年齢の割には強いではなく、この今の世界での強さに拘っているのだ。年齢など、些事に過ぎない。
そのため、クレアはクライドのいうことだけはよく聞く。しかしそれは聞いているだけで、承知しているわけではない。このような問答はすでに繰り返されている。クレアが初めて戦場に赴いたのは、7歳の頃。その頃にはすでに魔人としての能力が覚醒しており、上層部の判断で戦場へ。人間とは異なり、仲間ですら容赦はしない。
使えなければ死ぬだけ。それだけだ。
数多くの魔人も、クレアはすぐに命を落とすだろう……そう思われていた。だが、彼女は生き残るどころか、その戦場で最大の戦果を挙げた。他の魔人が死んでいく中で、小さな少女が獅子奮迅の活躍。それから彼女の成長は著しく、魔人の中でもそれなりのポストについている。ただの雑兵ではなく幹部の一員として、現在は活動しているもやっていることはただ殺しつくすことだけ。
それだけが、彼女の生きがいだった。
「さて、と。次はどうするの、クライド」
「……さてどうするか。北に向かってもいいが、こちらの戦況はそれほど良くない。ここで撤退するのも手だが……」
「えー、つまんなーい」
「お前の感情で戦場の進退を決めるわけにはいかない」
「分かってるけどさ〜、まだいけるでしょ?」
「……それもそうだが」
「後ろの連中は?」
「現在は他の魔族と交戦中だ。ここから先に行くなら、俺たち二人になるな」
「ふーん。楽勝じゃん?」
「……油断はするなよ」
「おっけい!!」
そうしてクレアはにっこりと微笑みながら歩みを進める。滴る血を拭うこともなく、彼女は進む。
「それにしても広いよねぇ、ここ」
「今更だろう」
「でもいつも思うよ。こんな地下空間にも、黄昏があるのはなんでだろうって」
「黄昏の件は全てが終わってからだ」
「はいはーい」
そう。二人が今いるのは巨大な地下空間。魔族による統一戦争は地上では行われていない。むしろ、この巨大な地下空間こそ魔族らの生息地だ。地上にいるものなど、ただの知性のない群れでしかない。人間が苦しめられている魔族ですら、雑魚に過ぎないのだ。この場所と比較すると。
差し詰め、黄昏危険区域レベル10オーバーといったところか。
だが人類がこの地に進むことになるのは、まだ先になる……。
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