第81話 追憶 8



 第三結界都市。ここで一時休憩をする予定だが、サイラスの目的はそれではなかった。彼の目的は、とある人物に会うこと。そして待ち合わせをした場所にサイラスはその姿を別の人間に変化させて、出会うことになる。



「久しぶりだね。元気だったかい?」

「は……はい、それで何か御用ですか?」

「そうだね。どこから話そうか」



 路地裏にいる二人。そこではサイラスと……そしてダンが会話をしていた。二年前にあってからダンはサイラスには会っていなかった。それが突然として連絡を取ってきたのだから、驚きもする。ダンには色々と後ろめたさがあった。あの当時は確かに金に目が眩んだが、ユリアが確実に死んだと思って色々と彼にも思うところはあった。と言っても証拠云々はサイラスが全て消してくれていると聞いているので、ダンはその件は心配していなかった。問題はまた別の何かがあるのか……と言うことだった。



 正直、もう一度同じようなことはしたくない。今はあの頃にもらった金もある程度は残っている。それにもう少しで彼は軍人になれそうな段階。下手なことをするわけにはいかない……そう思っていたのだ。



「……ユリア・カーティスだが、生きて帰ってきている」

「え……ちょ!? ユリアは死んだってっ!!」

「こちらとしても予想外だが、彼は黄昏で二年間生存し……そして力を身につけた。それも特級対魔師に匹敵するほどの」

「う、嘘だッ!! そんなことがあり得るわけがないッ!!」

「私の言うことを疑うのか?」

「うっ……」

「まあ、そう言うと思って顔写真とデータベースの情報を抜き取ってきた。見るがいい」

「……どうも」



 そしてダンは資料に目を通す。まずは顔写真から見るも、ダンには確信があった。髪色、それに顔つきも変化しているがユリアで間違いないと。それに今は第七結界都市で学生をしているとか。さらに特筆すべきは……特級対魔師序列13位と書いてあるのだ。



「特級対魔師序列13位?」

「あぁ……それはまだ非公式だが、君がこれから向かう第一結界都市で彼が特級対魔師に任命される式が行われる」

「そ、んな……ありえねぇ……あの落ちこぼれが……今更どうして……」



 ダンは自分の右手で顔を覆う。どうして、どうしてあいつが……そう思うも正常な状態ならばここで終わりだった。ダンも特別、ユリアに何かをしたいわけではない。確かにユリアにあの当時のことを言われるのはまずいが……手に掛けるわけにもいくまい……ダンにはそれを考えるだけの理性はあった。だがサイラスの手が、徐々にダンの方に伸びていき……そのまま肩を組むような形になる。



 そして後方からピンクの粒子が流れてくる。ダンはまともにそれを吸い込み、同時に意識が曖昧になる。



「ユリア・カーティス、憎いだろう?」

「いや……俺は……」

「憎いだろう?」

「……はい」

「彼よりも強大な力が欲しいだろう?」

「……はい」

「それに人類はもう終わりだ。こちら側についても、いいとは思わないか?」

「こちら側……とは……?」

「魔族さ。私の正体は魔人。魔人の襲撃が間も無く開始する。君はそこで彼を捕えて、私の前に差し出す。分かったか?」

「……はい」



 ダンの意識はすでに曖昧。自分でも何を言っているのかよくわからない。それでも、頭の中に反芻する思考があった。



 ユリアが憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。そして、この方のために行動をしなければならない。そうだ、そうしなければならない。



「では君にはこれを授けよう」

「……ありがとうございます」



 サイラスは結晶を取り出すと、それをダンの額の前に差し出す。するとその結晶は彼の頭の中に埋め込まれていく。



「……」

「拒絶反応は無しか。いい出来だ。さて後は呪縛カースだな」



 サイラスはすでに目の焦点の合っていないダンに呪縛カースを刻む。それは呪いの一種で、思考、行動を思いのままに制御する魔法。念には念を入れるために、サイラスはダンに呪縛カースを刻む。



「よし。では後は頼むぞ」

「はい……」



 そうしてダンはフラフラとした足取りだったが、徐々にそれがしっかりとしたものになりそのまま歩いてゆく。



「うまくいったみたいね」



 影からスッと出てきたのはクローディアだった。先ほどの意識を混濁させる粒子はクローディアが使った魔法だ。念のため、彼女のバックアップも準備していたのだ。といっても本来はサイラス一人で行えたことだが、彼には第一結界都市での大仕事が待っている。今はそれほど労力は割きたくなかった。



「あぁ。といっても記憶の混濁はあるだろうがな。このやり取りも大部分は覚えていないだろう」

「それにしてもアレ、使えるの?」

「ちょっとした実験さ。計画に支障はない」

「人間は後天的に魔族になれるのか、ね。黄昏症候群トワイライトシンドロームの謎なんて解き明かしてどうするの?」

「ただの好奇心だ。気にするな」

「ふーん」



 サイラスとクローディアは利害の一致で協力しているだけで、互いのことを心から信頼しているわけでもない。時折、サイラスが行なっている実験とやらも彼女にはいまいち分かっていなかった。



 でもそれで構わない。もう少しで、後少しで……悲願が達成されるのだから……。

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