第77話 追憶 4



「終わったのか?」

「うん、終わったよ」



 彼女の体には大量の血がこびり付いていた。未だに滴る鮮血はこの凄惨な現場がまだ新しいことを如実に物語っている。そしてクローディアはペロリと唇についている血を舐めとる。妖艶なその姿はもはや人とは思えなかった。



「後処理はどうする」

「まぁそこはテキトーにやるよ。それに、この施設は今後も使いたいしね」

「……了解した」

「そういえば、あなたの名前は?」



 彼女が話しているのは、あの時の魔人だった。なんでも性質変化の魔法を得意としているらしく、今は完全に人間の姿となってこの箱庭にいる。彼はクローディアが事を起こすというので、ちょうどやって来ていた。今まで何度か結界都市には潜り込んでいるが、今回は長丁場になるので完全に人間に扮している。そして二人は改めて、名を教えあう。



「私はサイラス。呼び方も呼び捨てで構わない」

「サイラスね。私はクローディア。これからよろしく」



 そうして二人の長い、長い、計画が幕を開けた。



 ◇



 まずは軍の中で行動がしやすいようにそれなりの地位にたどり着くことが必要だった。出来れば、特級対魔師がいいだろう。二人はそう結論づけたが、問題はどうやってそこにたどり着くか、だ。はっきりいえば現在の状態ならば、特級対魔師になれるだけの強さは保持しているも、いきなり突拍子もなくそんな存在が二人も出てくれば怪しまれるだろう。



 箱庭の存在も完全に隠蔽できていると思っているが、それでも噂などからその所在を突き止められる可能性がある。ということで、二人は戸籍を偽装し対魔学院に入るところから始めた。それはかなりの長期の計画を意味する。対魔学院に入り、そこで徐々に頭角を表して特級対魔師入りをする。



 また二人には別にすることもあった。それは、クローディア以外の3人の存在だった。あの研究施設での生き残り。それは研究者ではなく、彼女と同じ存在である。人工的に作られた人間。いや、それは人間と言っていいのか分からないが、とりあえずその成功体は覚醒を待つ必要がある。そしてクローディアとサイラスはその3人を孤児ということで施設に預けた。これからその3人がどのような人生を歩むのか……彼らはその動きもまたずっと監視する事を開始した。



「……ねぇ、サイラスって普通に入れるの?」

「ん? あぁ……私は特別だからな。普通の魔人はこうもいかない。何よりも、この人間の生み出した結界というものは非常に優秀だ。普通の魔族では侵入は不可能だ」

「へぇ……でも、この結界を突破する必要があるんでしょ?」

「今後のことを考えれば、そうだな」



 二人は箱庭で計画について話していた。二人が達成すべきことは、セフィロトツリーの解放。だがそれには条件がある。それを満たすためには様々な要因をさらに満たす必要もある。二人が学生として対魔学院に潜り込んでいるのも、その一環だ。それに最大の要因である、あの3人……特に彼をどうするのか二人は考え込んでいた。



「……そういえば、もう一人は使えないの? あれって双子なんでしょ?」

「こちらで解析した結果、妹の方はセフィロトツリーには使えない。だが、持て余すのも惜しいため本国に送っておいた」

「ふーん。魔人として育てるの?」

「そうだな」

「半分人間だけど、いいの?」

「ま、それで死ぬのならそれまでの話だ」

「あっそ」



 二人にとって命など尊いものではない。全ては目的を果たすための道具でしかないのだ。そして彼らは動き始めた。目的を必ず果たすために……。



 そうして数年が経過した――。






「クローディアちゃん……その……お、おめでとう……特級対魔師になれて……わ、私も嬉しいよ?」

「はは、ベルさんってば相変わらずですね〜。でもありがとうございます。人類のために今後とも頑張っちゃいますよ!」

「う、うん……心強い、よ……よろしくね」

「はいっ!」



 軍の宿舎。クローディアとサイラスは共に軍属となり、そしてサイラスは瞬く間に人類最強の存在となった。特級対魔師序列一位。だがそれもそのはず。彼は魔人なのだから、人間など等に及ばない存在なのは自明だ。それに序列一位になれば、できることにも幅が広がる。


 一方のクローディアはその真価をあまり見せることはなかった。それでも、特級対魔師の位置に至ることができた。彼女もまた、その体に魔族の血を有しているため普通に人間よりもあらゆる点で高性能。しかしそれを完全に見せることはない。さらには来たるべき日のために……彼女はどんなことでもした。



 今はベルと会話をしてるが、この性格は後天的に獲得したものだ。もともとクローディアは冷静沈着で聡明な女性だが、彼女は明るい女性という仮面を被った。万全を期すために、サイラスとクローディアは最善を尽くす。そして、あの日がやって来た。そう、ユリアを黄昏に追放する日だ。



「……金はこれだけ用意する」

「い、いいんですか?」

「もちろん。前払いだ。で、段取りはいいな?」

「は、はい。ユリアとはぐれたふりをすればいいんですね?」

「あぁ。その状況での判断は任せるが、くれぐれも他人に悟られるな」

「わ、分かりました」



 サイラスは自身の容姿、声質、あらゆるものを変化させダンと接触していた。ユリアの環境は把握している。落ちこぼれの対魔師。それに優しい性格に育った。だがそれでは足りない。彼の覚醒を促すには、もっと過酷な環境が必要なのだ。そうしてサイラスはダンと接触し、全ての段取りを終えた。



 こうして、ユリアは黄昏へと追放されることになる。

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