第66話 ベルティーナ・ライトの軌跡



 ベルティーナ・ライト。仲の良いものからは、ベルと呼ばれている。そんなベルの出自は、特別なものでは何もない。対魔師の能力というものは、ある程度遺伝する。そのため、優秀な対魔師同士の結婚が推奨されているのだが、ベルの両親は対魔師でも何でもなかった。ただの一般市民。両親もまた、対魔師になる子どもが生まれて来るなど夢にも思っていなかった。



「ベル……お前、魔法が使えるのか?」

「うん……」



 幼い頃、父親が発見したそれは到底信じられるものではなかった。魔法。それが使えるものは多くいる。しかしこんな幼少期から、しかも教えてもいないのに使える……父は娘が人類の希望になるのかもしれない。そう思った。



 その後、父はベルに厳しい訓練を課した……ということはなかった。確かにベルには才能があった。それでも人生を選ぶのは彼女自身だ。両親は特に何かを促すことはなかったが、ベルは対魔学院に入れる年齢になると自発的に対魔師への道を進み始めた。



「……」



 無口な彼女は、人とコミュニケーションを取るのが苦手だ。そのため、学院では友達もいなく孤立していた。だがその実力はすでに折り紙つき。ベルは学院での生活をたった三年で終えると、そのまま軍人になった。両親はベルの才能を素直に祝福してくれた。それに彼女はすでに一級対魔師にたどり着いていた。そんな彼女を両親は誇りに思っていた。



「ベル、すごいな」

「えぇ。お父さんの言う通りだわ。あなたは立派な対魔師になったのね」

「……うん。これからもっと頑張る。もっと、もっと、頑張って、お父さんとお母さんだけじゃなくて人類のために頑張りたい……」



 そしてベルは軍人となり、そこで地獄を見た。



「ベル、逃げろ……ッ! 俺はもういいッ!!」



 上官たちと共に、黄昏危険区域レベル3までやってきていた。そこでなんと彼女たちは不幸にも、魔人に遭遇してしまったのだ。すでに部隊はほぼ壊滅。生き残っている隊員は、ベルと上官のみ。だがそれでもベルは逃げると言う選択肢を取らなかった。この命がここで尽きようとも、戦い抜く……その覚悟が彼女をさらに異次元へと導く。




「――第八秘剣、紫電一閃しでんいっせん




 それはベルが編み出した十の秘剣の一つ。この時はまだ実戦で使用はしていなかった。ただいつか、魔族に対抗するときの切り札になればいい。そして彼女は閃光の刀を抜刀。眩い光がその鞘から放たれると、次の瞬間には魔人の両腕が宙を舞っていた。



「ぐッ……その技量……くそッ、ここは引かせてもらうッ!」



 魔人は最後にそう言って、姿を消した。魔人は人間と容姿はそれほど差異はない。だがその緋色の目が何よりの特徴。それに、尻尾や角のある個体なども存在が確認されている。今回出会った魔人は尻尾の生えたものだったが、その強さは人間など優に届かないものだった。それでもベルはその強さに匹敵していた。



 その後、ベルは特に追いかけることはしなかった。今は生きている上官の応急処置をしなければならない。最優先なのは、そちらの方だ。



「少佐ッ! しっかりして下さいッ!!」

「ベルもういいんだ……」

「まだ、まだ大丈夫です……ッ!!」



 すでに上官の左腕と右脚は切断され、腹からも血が止まらない。すでに死に体なのは誰の目にも明らかだった。ベルはそんなことはとうに理解していた。だが、治癒魔法を止めない。いや、止めることができなかった。



「ベル……お前は特級対魔師になれる器だ……」

「何を、何を言っているんですか……?」

「先ほどの一撃。見事だった……やはりお前の剣は……魔人にも届き得る……ものだ……」

「少佐……」



 すでに治癒魔法はかけていなかった。ベルは最後にしっかりと彼の手を握りこむと、涙を流しながら上官と目を合わせる。



「ベル、頼んだぞ……世界を、人類を……どうか、どうか……」

「少佐……ッ」



 そしてだらりと手が落ちる。瞳孔は次第に散大していき、首元に手を当てる。脈拍も停止した。死。今までずっと隣で戦っていた人が死んでいった。



 こうしてベルは初めて、仲間の死を経験した。




 ◇




「ベルティーナ・ライト。君を新しい特級対魔師に任命しよう」

「謹んでお受けいたします……」




 ベルは魔人の撃退を機に特級対魔師の地位にたどり着いた。それからはさらに多くの仲間の死を見てきた。積み重なる仲間の屍を超えて、彼女は悲しみすらも飲み込んでさらに進んでいった。他の特級対魔師たちも、次々と死んでいった。それは魔人の台頭のせいだった。なぜか魔人は黄昏危険区域レベル3付近に現れるようになり、特級対魔師はその処理に終われた。ベルはその中でも生き残った。魔人を屠った数も、人類の中ではトップクラスだ。


 そして気がつけば、彼女は特級対魔師序列2位になっていた。


 多くの対魔師の死を乗り越え、その屍の山の上に君臨する最強の剣士。ベルはすでに心など擦り切れていた。それでも彼女を支えていたのは、何だったのか。それは彼女自身でも分かっていない。そしてそんなベルの転機となったのは、リアーヌ王女との出会いだった。



「あなたは……誰ですか?」

「私はベルティーナ・ライト……と、申します。これからリアーヌ様の……護衛に……つかせて……頂きます。どうぞ、ベル……とお呼びください」

「ベル?」

「はい」

「ベルは私を守ってくれるの?」

「はい。この命尽きるまで……私はあなたをお守りします……」

「そう……これからよろしくね、ベル」

「はい。リアーヌ様」



 幼い彼女の護衛に命じられたのは、リアーヌ王女が王族の中でも特別な存在だったからだ。彼女の持つ特異能力エクストラ。それは人類の切り札にもなり得るものだ。それを守るために、特級対魔師序列2位であるベルが駆り出された。半径三メートル以内の戦闘では人類最強。その実力から、ベルはリアーヌの護衛という任務を始めたのだ。



 それからどれほどの月日が経っただろうか。二人はずっと一緒だった。いつ如何なるとき時も、側にいた。だが転機は訪れる。それは襲撃の時だ。リアーヌの才能は開花しつつあった。この世界を暴き出す、特異能力エクストラ。それが解放される時は近い。それは誰よりも側にいたベルが知っていた。彼女は、リアーヌの指示に従い証拠を探した。裏切り者を見つけるために。諜報活動も得意としているベルはありとあらゆる痕跡を探し、そしてリアーヌと共に進んできた。



 そんな時、召集がかかった。それと同時に、リアーヌの能力は解放された。状況としてはちょうどいい……そう思いたいが、ベルはこの召集を異質なものだと思っていた。普通ならば概要が事前に言われるはず。だというのに、緊急事態だから第一結界都市に来いという命令だけだった。タイミング的にも、妙だと考えざるを得ない。



「リアーヌ様。召集がかかりました……」

「そう。でも私も、再び第一結界都市に行くべきね。裏切り者……その正体がおおよそ絞り込めました。と言ってもまだ確信はありませんが」

「……誰でしょうか?」



 ゴクリと生唾を飲み込む。そして、ベルはその名前を聞いた。



「分かりました……」

「くれぐれもこの情報は漏らさないように。私の能力がバレてしまっては困りますからね。では私は第一結界都市に到着したら、すぐに地下に向かいます。そこに行けば、全てが分かります」

「私も……」

「ベルは召集に参加してください。私は一人でも大丈夫です」

「でも……」

「ベル。裏切り者を追い詰めるには、別行動が必要なの。分かって」

「……分かりました」



 苦渋の決断だった。本当ならばベルもまた、リアーヌの側にいたい。そう思うも、状況はすでに動いている。今回の召集もおそらく、裏切り者が動いてのことだろう。



 そしてベルとリアーヌは、別々の道を進む。確実に裏切り者を暴き出すために。

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