第62話 対立




 僕がエリーさんを殺した? そんなバカなことがあるはずがない。殺害推定時刻、僕は黄昏を移動中だった。誰よりもそれは、僕自身とシェリーが知っている。研究室にいるわけがない。僕たちはだいぶ前に第三結界都市から出発していたのだから。



「僕は、殺害推定時刻には黄昏を移動していましたッ! アリバイがありますッ!」

「シェリー・エイミスがそれを証明してくれると?」

「……そうです」

「彼女も共犯だとしたら?」

「……」

「エリーを殺害してから、次の結界都市に移動するまでの時間。君たちなら本気を出せば可能だろう? それでその条件はクリアだ。それに何よりも、現場には君の魔素が微かに残っていた。これは確かな情報だ」

「……」



 サイラスさんにそう告げられる。確かに、死亡推定時刻から本気を出して移動すれば僕は次の結界都市までそれほど時間をかけずに移動できる。シェリー以外に、僕の無罪を証明できる人間はいない。が、シェリーもまた共犯だと言われれば僕に無罪を証明する方法はない。状況は最悪だ……しかも、僕の魔素が現場に残っている? そんなバカな……僕はあの部屋で魔法を発動したことはないし、残るわけがない。それに魔素は時間経過で薄れていく。個人を特定できるほどの魔素は魔法を発動してから、それほど長い時間は残らない。


 それを踏まえて、やはり僕がその時間に現場にいるというのはおかしい。いや、異常だ。それに目撃情報もある? 一体どうなっているんだ……。



「ねぇ、サイラス。おかしくないかしら。今まで私たちに尻尾も掴ませない裏切り者が、こんな簡単なミスをする? 殺しをするにしても、目撃者を作るなんてお粗末すぎる。それに本当にエリーを殺害したとしても、この召集にわざわざやって来るとは思えない」



 そう言ったのはクローディアさんだった。彼女は僕をかばってくれている。だが、その擁護は虚しくかき消されてしまう。



「止むに止まれぬ事情があったのかもしれない。エリーの専門領域は黄昏の研究だ。彼女が何か真実を掴んだと知って、急な行動を取らざるを得なかったのかもしれない。それに彼は2年も黄昏にいたんだ。魔族の手先になっていても不思議はない。とりあえず、彼が犯人であろうとなかろうと話を聞く必要がある。ユリアくん、君には正直に話をして欲しいところだが……抵抗されると厄介だ。拘束させてもらうよ。他の特級対魔師たちも呼んだのはこのためだ。君にはどのような力が宿っているか分からないからね」



 サイラスさんがそう言うと、彼は武器であるワイヤーを展開して僕を拘束しようとする。


 くそ……どうすれば……一体どうすればッ!! このまま大人しく拘束されていいいのか? どうすれば……どうすればッ!


 その刹那、僕の目の前に現れたのは……ベルさんだった。



「……やらせない。ユリアくんは……連れて行かせない」

「ベルさん、どうして?」

「ユリアくん……逃げて。もう状況は最悪……完全に嵌められている。それにここで囚われてしまえばきっと……そこで状況は詰んでしまう。あなたは最後の希望だから……けど、まだ……リアーヌ様を見つければ……なんとか、なる……」

「……リアーヌ王女を見つければいいんですか? でも……」

「うん……ここは私が食い止める……逃げて……」



 彼女は腰から刀を引き抜くと、サイラスさんだけではない。他の特級対魔師にもその刃を向ける。



「おい、ベル。お前も裏切り者なのか?」

「そんな……わけは……ない。ロイは相変わらず……ばか……」

「な、んだとテメェ……」




 全員が戦闘態勢に入る。それも特級対魔師同士の戦闘だ。その戦いは苛烈を極めるに違いが……僕には使命があった。それはリアーヌ王女に会うことだ。彼女に会えば、何かが変わるのかもしれない。今の僕に信じられるのは、ベルさんのその言葉だけだった。



 訳が分からないも、僕は少しずつ状況を把握してきた。僕は裏切り者に嵌められたのだ。エリーさんを殺したとして、僕を捕らえて……そして何かをするつもりだったのだろう。だが、まだリアーヌ王女を見つければどうにかなるという言葉を信じて、僕はこの場を飛び出して行った。




 ◇





「おい、ユリアテメェ!!」

「ふぅ……まさか、ベルがそっち側に回るとは……弁明は?」

「……ない。いや……言えない。それにすでに状況は錯綜している……けど、確かなのは……ユリアくんは裏切り者ではないし……この中に真犯人がいる……」



 他の特級対魔師たちはそんな言葉に耳を傾けずに、すでに飛び出したユリアの後を追おうと試みる。だが次の瞬間、全員の存在が会議室から弾き飛ばされる。



「空間転移……」




 ボソッと呟くベル。そう彼らは会議室の外、それも軍の演習場に全員移動していたのだ。




「ユリアくんを追いかけたい。けど、ベルが邪魔をする。ならやりあうしかないけど、あの場所はちょっとね? だから移動させてもらったわ」



 そう告げるのはクローディアだった。彼女は空間転移の魔法を得意としてる、対魔師の中でも稀有な存在だ。だからこそ、全員はすぐに状況を把握できたが……流石に多勢に無勢。ベル一人では残りの特級対魔師をどうにかできる訳がない。そう思っていたが……ベルの横に進んでいく、三人の姿があった。



「私はユリアを信じるわ」

「私も……」

「さっきも言ったけど、さすがにおかしいわね。私もこっち側ね」

「俺もこっちサイドかな〜。流石に無理があるでしょ、あの理屈は。ユリアくんを嵌めるためにやったとしか思えない。ま、どちらにしろ裏切り者はもう隠れることができないみたいだね〜」



 そう。それはエイラ、ベル、クローディア、ヨハンだった。三人もまた、ユリアが犯人だと信じていない。エイラは今までの付き合いで、と言う感情的な部分も含まれていたが、他の三人は違う。あまりにも異質な状況にユリアを裏切り者と断定するのはおかしいと客観的に思ったからだ。そして今回の件を敵の罠だと断定した。




「私も彼を疑いたくはない。しかし、証拠が揃っている。話はつけるべきだ」

「……サイラス、それは罠。軍の上層部に……何を言われたか……知らないけど、この件は……あまりにも異質すぎる……おそらく……ユリアくんを……拘束した後に待っているのは……よくないこと……」

「ベル。君の発言には証拠がない。客観的な事実がない。そしてベル側についている特級対魔師たちもそうだ。確かに私もこの件はおかしいと思う。裏切り者にしてはあまりにもお粗末すぎだ。だが、彼が殺したと言う証拠がある以上、まずは話を聞くべきだが……残念だ。非常に残念だ。まさか、特級対魔師同士で戦う日が来るとは……」



 もうすでに状況は止まらない。全員、殺気立っている。すでにそれぞれが武器に手をかけ、すぐにも戦闘を開始できる状況に至ってしまっている。



 サイラス、ギル、ロイ、デリック、シーラ、レオはユリアを拘束すべきだと考えている。一方で、ベル、クローディア、イヴ、ヨハン、エイラはこれを敵の罠だと考えている。



 この対立はもはや、話し合いでは済まない。少なくとも、ベルたちはユリアが逃げるまでの時間を稼ぐべき思っているが、逆にサイラスたちはユリアを逃がすわけにはいかない。ならば、もはや言葉はいらない。必要なのは暴力による服従のみだ。



 特級対魔師同士の戦闘が繰り広げられることになる――。

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