第34話 黄昏:危険区域レベル2




「さすがにレベル2……濃くなってきたな」

「そうですね。おそらく、そろそろ森を抜けて、荒野に出ますね」

「確かにそうだが……覚えているのか?」

「まぁ……そうですね。大体の地形などは頭に残っているので」

「はは、頼りになるな。流石、2年も黄昏にいただけのことはあるな、少佐殿」

「……少佐殿はやめてください。そんな大したものじゃないですから」

「なんだ、嫌なのか?」

「……急に少佐と言われてもピンとこないと言うか」

「特級対魔師にもいろんな奴がいるもんだなぁ……」

「他の方と会ったことあるんですか?」

「まぁな。でも偉そうな奴もいれば、お前みたいに謙虚と言うか……なんというか。ま、色々な奴ばかりだな」

「そうですか」

「で、ユリアって呼べばいいいのか?」

「はい。それで構いません、中尉」

「ははは、相変わらず硬いやつだが……まぁ好きだぜ、俺は。お前みたいなやつ。実際、若くして特級対魔師になったからどれだけヤバイ奴が来ると思ったが……」

「ははは、恐縮です……」

「ま、これから仲良くやろうぜ。同じ戦友としてな」

「はいっ!」



 2人でそう話していると、僕たちは危険区域レベル1を通り抜けた。久しぶりの感覚。やはりレベル1を抜けると、途端に雰囲気が変わる。濃い黄昏もそうだが、ここには血の匂いなどが染みついている。弱肉強食。まさにそれを文字通り表している。



 そして、そこには荒野が広がっていた。大きな岩などが所々にあり、そして……魔物もまた彷徨いている。ここにいるのはスコーピオンだった。しかしもちろん、その体長は普通ではない。大きさは3~5メートル程度で、かなり大きい。また色は赤黒い黄昏色に染まっている。おそらくここに長くいる個体なのだろう。僕はこいつらと戦ったことがあるが、なかなかに厄介だ。特に尻尾の毒。強い酸性を持っているのか、触れると溶けてしまう。それは人間の皮膚など容易にドロドロにしてしまうほどだ。



 僕は黄昏にいた頃、何度もスコーピオンがその毒で獲物を狩っているのを見てきた。倒すのはそんなに難しくはないけど、それでもやはり群れで行動されるのは中々に面倒なものである。



「大佐、どうします?」


 ベイツ中尉がそう聞くと、大佐は少し思案してからこう言った。


「そうだな。ここで少し狩っておくか。全員、戦闘態勢」

『了解』

「前衛は先陣をきれ、中衛は遊撃、後衛は魔法による支援だ」

『了解ッ!!』



 そして僕とベイツ中尉は先陣を切って進んでいく。両手にナイフを構えると、不可視刀剣インヴィビブルブレードを発動。そしてそのまま、姿勢を低くして大地を駆ける。


 眼前、一匹のスコーピオンが視界に入る。



「ハァッ!!」



 一閃。スコーピオンは敵が来たと認識していたが、不可視の刃を知覚することはできずにそのまま真っ二つになっていく。飛び散る体液に最大の注意を払いながら、僕と中尉は最前線で削り続ける。



 僕自身、ずっと1人で黄昏で戦ってきたからこそ分かるが……やはり、仲間がいるとかなり効率が違う。僕とベイツ中尉が最前線で削り、漏れた魔物を中衛、さらには後衛のみんなが削る。さらには後衛からは魔法による支援があるので、かなり戦いやすい。これが第七一特殊分隊。その名前から一特いっとくと言われ、周りには畏怖と尊敬の念を込めて呼ばれているとのことだったが、それは嘘ではないのだと僕は再認識していた。



「……やるな。ユリア、ちょっと疑っていたが……やっぱり、特級対魔師は伊達じゃねぇな」

「ベイツ中尉もなかなかの腕前で」

「ま、俺にはこれしかないからな」



 中尉が使っている武器はフランベルジュ。刃渡りは1.5メートル程度で、柄も両手で握っても余るぐらい長い。そして何よりも、その特徴は揺らめく炎のような波型の刃。これは切りつけた時に相手の傷口を広げる作用がある。そのため、攻撃を受けた相手はただの一撃を食らうだけでは済まない。


 と、ここまでは利点だけど……問題はその取り回しが良くないという点だ。リーチが長い分、連続攻撃ができずに集団戦では向かないと言われているが……ベイツ中尉は慣性制御をうまく使っている。僕と同等か、それ以上に慣性の扱いが上手い。本当に巧みに魔法を使うので、僕は素直に驚いてしまった。またそれは剣だけではなく、自身の体にも使っている。



 僕の場合は、体には要所要所で使っているも彼は一挙手一投足に使用している。これが最前線で戦う対魔師なのか……と改めて認識するのだった。




「……ん?」

「なんだ?」

「……地震?」

「大きいわね」

「お前ら、少し下がれ……」



 急に大きな揺れがやってくる。そして僕はこの現象に覚えがあった。



「……魔物が出てきますッ! 戦闘準備をッ!!」



 僕はそういうと、皆が再び臨戦態勢に入る。知っているとも。この大地の揺れ、そしてあの大きな鋏。あれはこのスコーピオンの群れのボスだ。



 個体名は巨大蠍ヒュージスコーピオン。そいつが地面から這い出てくると、大きな奇声を発する。



「キィイイイアアアアアアアアアッ!!」



 だがその瞬間には僕は大地を駆け出していた。もちろん、隣にはスコット中尉もいる。そして周囲に再び出てきた雑魚は、中衛、後衛に任せる。これは暗黙の了解。僕たちはすでにこのような事態の際にはどうするか決めていたのだ。



 前衛2人が、巨大蠍ヒュージスコーピオンを叩き、後衛は雑魚狩り、そして中衛は適宜両方のサポート。その布陣を崩すことなく、僕は地面を思い切り蹴りそのまま両手のナイフから発動している不可視刀剣インヴィビブルブレードを振るう。



「……硬いなッ!!」



 そう、僕の攻撃は相手の体を傷つけることはなかった。不可視刀剣インヴィビブルブレードの硬度よりも、相手の外殻の方が硬かったのだ。



「ユリア、離れなさいッ!!」



 先輩の声がすると、僕はすぐにバックステップを取って後方に下がる。その刹那、巨大蠍ヒュージスコーピオンの体全体が紅蓮の炎に包まれる。



「キィイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアッ!!」



 悶絶する声。流石に熱を完璧に防ぐほど外殻は分厚くないようで、巨大蠍ヒュージスコーピオンはそのまま悶絶しながらウロウロとし始める。



「ユリア、一点集中だッ!!」

「了解ッ!!」



 硬いのなら、そこを重点的に攻撃して突破すればいい。まずは中尉が脳天めがけてフランベルジュを振るう。燃え盛るの炎はすでに弱まっているが、それでも熱いものは熱い。だが僕たちがこの好機を逃すわけにはいかなかった。



「ハアアアアアアアッ!!」



 空中に飛翔すると、僕は両足からも不可視刀剣インヴィビブルブレードを発動。そして脳天めがけてそれを突き刺すと、続いて両手のナイフの不可視刀剣インヴィビブルブレードもまた、思い切り脳天に突き刺す。すると、外殻がバキッという音を立てて崩壊し……僕の不可視刀剣インヴィビブルブレードはそのまま脳天を貫いた。



「ギッ……キィイイイイイ、キィイイイイ……ィイイ……」



 脱力し、そのまま大地にひれ伏す巨大蠍ヒュージスコーピオン。意外とあっけなく終わり、後ろを振り向くと雑魚の駆逐も終了したようだった。



「よ、ユリア。やったな」

「はい。なんとかなりましたね」

「しかし、巨大蠍ヒュージスコーピオンはあまり見かけないが……」

「確かに、いたとしてもレベル4くらいじゃないと……」

「あぁ。こいつは、危険区域レベル4相当だ。生態系に変化でもあるのか?」

「……二人とも、議論はそこまでだ。今回の情報は研究部に持ち込む。死体も一部を回収しておく」

『了解』



 大佐がそう言って、僕たちは危険区域を後にしてその場から去ることになった。無事に任務は終わり、結界都市に戻るのだが……。



「……?」

「どうした、ユリア」

「いえ、なんでもありません中尉」



 誰かに見られている……そんな気がしたが、まぁ気のせいだろう。



 この時はそう思っていた。

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