50話 神、溺れる

「「おー!」」


 二人の賛称がハモっていた。


「綺麗なところだね」


「そうだね!」


「うん!」


「ああ」


 上から楓、ルーナ、エル、俺と湖の綺麗さを肯定していく。


「じゃあ早速泳ごうよ!」


「「賛成!」」


「じゃあ俺はゆっくりしとくから楽しんでこいよ」


「何言ってんの!トオルも遊ぶに決まってるでしょう!」


「えっ!?」


 まさかの遊ぶの前提?

 俺の意思は?俺的にはゆっくり休憩しながら女子たちが遊ぶところを見ているだけで満足なんだけど……。


「……ルーナちゃん、やめてあげよう。透カナヅチだから」


「グッ!」


 そう。俺は生まれて一度もまともに泳いだことなんてない。

 昔、海で溺れたことで泳ぐことがほぼトラウマになったのだ。

 ダンジョンの海階層も絶対に泳ぎたいとは思わなかったなぁ。


「じゃあとりあえずは私たちで泳いでこようか?」


「そうだね」


「じゃあ私は透の泳ぎの特訓するから」


「……は?」


 なぜに?俺は泳がない雰囲気だと思ってたんだけど!?


「いいじゃん!行こう!」


 そして俺は楓に腕を引っ張られ湖の中へ強制連行された。



「こうして透と二人きりで遊ぶのも久しぶだね」


 今、エルとルーナは競争したりなど普通に楽しんでいる。


「そうだな……」


 昔はしょっちゅう二人で遊んでいたのにここに来てから随分減ったよな。


「……私も強くなったんだよ」


「知ってる」


 鑑定で見たからな。

 そこまで強い魔物を狩っているわけでもないのに、あそこまでいくんだったら俺と並ぶのもそう遠くないだろうな。


「……少しは透に近づけてるかな?」


「はっ。俺なんざ楓だったらすぐ抜けるに決まってるだろ」


「そうだといいな……。それよりこの水着どう?」


 楓は黄緑色の水着を着ていた。


「似合っているし、ここのイメージにも合っていると思うぞ?」


 黄緑色は楓の銀髪によく合っており、更に今はだいたい6、7月。森の風景とも一部一致している。


「じゃあ泳ごうか」


「……はぁ、今更嫌だとか言えないよな……」


「当たり前だよ!少なくとも今日中には泳げるようになってよ!」


「マジか……」


「マジで!えへへ」


 くっ、人の不幸を見て喜んでいるなんて……。こいつは悪魔か!


 こうして俺の地獄の特訓が始まった。



「ほら!水なんて怖くないから入ってきてよ!」


 楓が俺に向けて急かしてくる。

 ……いや、物事には心の準備っていうものがなぁ……。


「そんなにビビって恥ずかしくないの?」


「な訳あるか!」


 そう言った瞬間、俺の体は無意識に飛び出しており、俺の体は宙に浮いていた。……いや、浮いてしまった。


 ザバーンッ!


 俺は海へ誤ってダイブしてしまった。


「透!透っ!!」


(……まずい!息ができない。このままだったら……)


 俺はジタバタもがいて上に出ようとするが、もがけばもがくほど下へ行ってしまう。

 意識が薄れていく中で俺はこちらに伸ばしてくるてを見ることができたが、それを掴むことができずに意識がなくなってしまった。



「………………て!起きて!」


 誰かの言葉が聞こえて、俺の意識は戻った。


「……やっと起きてくれた……」


 楓が安堵の表情でへなへなとその場に座り込んだ。


「……すまん。どうなった?」


「トオルが溺れたのをカエデちゃんが助けたのよ。もう……何でそんなに短絡的な行動に出ちゃうかな?」


「……申し訳ございませんでした!」


 今回は流石に俺が悪い。


「いいよ。みんなもありがとね」


「うん!ご主人様を助けるのが私の役割だからね」


「むぅ、それはずるい!」


 ……いや、何がずるいんだよ?

 ……ていうか俺ってみんなに助けてもらってばかりだな。なんか惨めな気分になってきた。


「周りに助けてもらって惨めだー、なんて考えてる?」


 楓とエルが言い争いをしている中でルーナが俺の横に来て話しかけてきた。


「……ああ」


「人間、一人では生きていけないものなのよ。私だってトオルに助けてもらわなきゃ、今頃あんな奴と結婚する羽目になっていたからね」


「……」


「周りに助けてもらうことは恥ずかしい事なんかじゃない。それが例えどれだけその人が完璧でもね。だからもっと私たちを頼っていいんだよ」


「……ルーナ」


 やばい。何か目から溢れてきた。


「ふふっ、何泣いてるの?」


「な、泣いてなんかいねぇし!」


「大丈夫だよ。何かあったら私たちを頼っていいんだから」


 そう言って俺の頭を抱きしめた。


(……ああ、なんでこんな単純なことを忘れていたんだろう?)


 人は一人で生きていくことなんてできない。

 確かに俺は強くなったけど、食事だってエルに作ってもらわなきゃいけないからな。

 この世界のことだって、裏技を使わなかったら誰かに教えてもらわないと、知る由も無いしな。


「だから今日ぐらいは泣いたっていいんじゃない?」


 その言葉で俺の涙腺は崩壊した。


「……もう、泣き虫なんだから」


 そう言ってルーナは俺の頭を撫でながら宥めてくれた。



「あー!透がルーナちゃんといい雰囲気になってる!」


「ちょっとどういうことですか?ご主人様!」


「ち、ち、ち、ちげぇしっ!!」


 あまりの驚きに俺は慌ててルーナから離れ、言い訳に走った。


「えー?でもルーナちゃんに抱きしめてもらってたよね?」


 煽るように楓が行ってくる。


「あ、あれは俺じゃなくてルーナに聞いてくれ!」


 俺が抱きしめたわけじゃないし!

 俺は無罪だ!


「……私はトオルを慰めてあげたかっただけだよ……」


「ちょ!?そこ恥ずかしがっていうところか!?」


 すると、二人の冷たい視線が俺に突き刺さった。

 痛い!


「へー……。それで抱きしめてもらったと……。とんだ変態だね」


「……ご主人様、見損ないました!」


「ちょっ!?」


 いや、変態ということにそこまで否定することはしないけど、見損なわないで!

 そうなったら僕死んじゃう!


「なら、私たちも抱きしめなさい!!」


(何故に!?)


 これを言ったら楓に殺されそうなので、なんとか心に止めることができた。


「これならみんな透を抱きしめられる。うん。平等だね」


「賛成!」


「……」


 ちょっと、楓さん?あなた、平等という言葉を知っていますか?

 その中で不平等な人が一人いますよね?

 俺だよ!

 俺の意見は無視ですか!?


「じゃあ、抱きしめてよ!」


「…………す」


「え?なんて?」


「自分からは無理です!」


 意気地なしと言われようが、自分から女性を抱きしめるなんてこと出来るわけないだろ!

 恥ずかしすぎて死ぬわ!


「……しょうがないなぁ」


 そう言って楓は俺の前に来て、俺を抱きしめた。


(……暖かい)


 なんだか触れただけで壊れそうなほど華奢な楓がこんなに暖かいなんて……。

 心が癒されていく気分だ。

 ……これだったらまた今度もやっていいかも。


「次は私!」


 そう言ってエルも俺に抱きついてきた。

 俺は今度は自分から抱きしめた。


「……いつもありがとな」


 俺がそう言うと、エルの顔がボンっと一瞬で沸騰したかのように赤くなった。


「大丈夫か!」


「私……もう死んでもいいかも……」


「バカなこと言ってんじゃねぇよ!死なせねよ」


 俺はパーフェクトヒールをエルにかけてやる。

 すると、なんとかマシになったようだ。


「……ふぅ、もう死ぬなんて口走るなよ。死ぬ前だったら助けてやれるがそれ以降だと無理だと思うからな」


 無理と言い切らないのはまだした試しがないからだ。

 ……禁忌の呪文っぽいのは分かっているんだけど、それでもやるときはやる。


「それより湖で遊ぶんだろ?」


「……うん!」


 はぁ。ため息も吐きたくなるけど、仕方ない。少しは頑張ってやるか。

 ……後々泳げるようになったら便利だと思うからな。


「あ、終わった?」


「ああ」


「じゃあ行こうか!」


 こうして俺たちはまた遊んだ。

 そして夜までひたすら遊ぶのであった。

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