希望の始まり

 

 猛吹雪の中を一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。


 ほんの一メートル先だって見えない。スザンナが付けていた目を覆うゴーグルを付けているが、この吹雪ですぐに雪が付着する。何度も何度もゴーグルについた雪を払いながら先に進んだ。


 これほど厚着をしているにもかかわらず、骨まで寒い感じだ。ヴァイアが昔作ってくれた暖かくなる魔道具が本当に助かる。


『フェル様、三時の方向からスノータイガーの群れが襲ってきます!』


 ジョゼからの念話が届いた。私の探索魔法にも引っかかっている。


 この吹雪の中、普通にしゃべるのは無理なので、話すときは念話だ。


『なんでアイツらこの吹雪の中で自由に動けるんだろうな? 結構な群れだがお前達だけでやれるか?』


『お任せください。エリザ、シャル、行くぞ。マリーは念のためフェル様の護衛をしてくれ』


 ジョゼの命令が私の頭にも届く。細かい命令を出さなくても色々やってくれるのはありがたい。


 探索魔法でジョゼ達が群れに突撃するのが分かった。スライムちゃん達は冷耐性を持ってるからこの吹雪でも問題なく動けるようだ。あ、そうか、スノータイガーも冷耐性を持ってるんだな。私も耐性スキルが欲しい。


 だが、探索魔法で反応を見ていると、なぜかスノータイガーも含めて散り散りに離れて行った。なんだ?


『フェル様! 地中からデッドリーマンモスが出ました! 逃げましょう!』


『このデカい反応はアイツか。戦っている場合じゃないな。その提案を受け入れる。逃げよう』


 ドラゴン並みの耐久力を誇るマンモスなんかと戦ってられるか。以前戦ったら半日以上かかってしまった。素材がかなりの値段で売れたけど、割りに合わない。


『向こうへ逃げるぞ、あっちは未踏領域だからな』


『了解です』


 マンモスから逃げるため、みんなでこの場から離れた。




 永久凍土へ足を踏み入れて一ヶ月。なかなか調査は進まない。とはいっても、少しずつだが未踏領域を減らしてきた。全体像はまだ分からないが、半分近くは調べ終わったと言っていいだろう。


 以前探していた時とは違ってこの地域に必ず魔王様がいる。ならば、どんなに大変でも問題はない。


 それに転移門で毎日アビスへ帰っているからな。大変だと言っても探索している時だけだし、それほど辛いわけではない。


『そういえば、ジョゼ達の意識は安定したか?』


『はい、今でしたら、一ヶ月くらいは持つと思います……すみません、百鬼夜行を使うためにアビスへ戻って貰うのは心苦しいのですが』


『何言ってる。魔王様の事も大事だが、お前達の事も大事だ。使いすぎは良くないが魔力高炉が使えるからな。転移門も百鬼夜行も毎日使える。大した手間じゃない。そういえば、ヴィクトリア達は置いてきたけど大丈夫か? その、拗ねたりしてないか?』


『問題ありません。フェル様がアビスの最下層に大事な物を置いてくださったので、それをお守りすると張り切っております』


 大事な物、か。最下層には色々と大事な物を置いてきた。亜空間に入れっぱなしでもいいのだが、スライムちゃん達が何か守らせてくださいと言ってきたので、そのお願いを聞き入れた。


 みんなが集合している絵や、リンゴの種、ウェイトレスの服にゴスロリ服、それに日記帳……みんなとの思い出が詰まった私にとって大事な物ばかりだ。


 アビスが最下層の部屋自体に状態保存を掛けると言ってくれたのでお願いしたと言うのもある。状態保存の永続化をしている物が意外と量が多くて、常時魔力消費している量が結構あったからな。アビスが代わりに管理してくれるなら助かる。


 それに日記魔法は日記帳が亜空間の中にあると反映されない事に気付いた。取り出した時に反映されるから問題はないのだが、リアルタイムで反映されたほうがいいし、私に何かあったときに日記にすぐ反映されれば、アビスへの救援依頼になるかもしれない。


 残してきたスライムちゃん達が張り切っているならそれでいい。あそこを守っているのがスライムちゃん三体でも冒険者が通り抜けるのは無理だろう。それこそセラくらいじゃないとな。


 そういえば、セラは装置のエネルギーが切れるまで起こさない事になった。


 イブの言葉をすべて信じる訳にはいかないが、あの場で嘘をつくとも思えない。おそらくセラは魔王様を殺そうとするのだろう。


 魔王様は不老不死だ。でも、イブは魔王様を守れと言った。もしかすると魔王様を殺せる手段があるのかもしれないな。それをセラが知っている可能性を示唆していたような気がする。


 そんなわけで、魔王様の居場所を確認することが最優先になった。ちゃんとお守りするためにも魔王様のいる場所を押さえておかないと。セラの奴には絶対に言わないようにしよう。


 そんなことを考えながらどれくらい歩いただろうか。代わり映えがしない吹雪の中だから、時間の経過もよく分からない。数分か、それとも数時間か。


『フェル様、よろしいですか?』


『どうした? もう帰る時間か?』


『いえ、シャルが何かを発見しました。人工物の様ですが』


『本当か!?』


『はい、球体の何かだそうです。雪が不自然に積もっているので掘って見たら発見したとか』


 球体……? もしかして脱出ポッドの事か?


『よし、調べてみよう』


 ほんの十メートル先くらいにシャルがいた。掘り出された球体が雪から露出している。シャルがかまくら的な形態になって雪が積もるのを防いでくれているようだ。


 見た限り、脱出ポッドで間違いない。魔王様が乗っていた物だろう。


『シャル、よくやった。もしかするとこの辺りに魔王様がいる建物とか遺跡があるかもしれない。この辺りを中心に探してみよう』


『フェル様、お待ちください。あちらを』


 ジョゼが指した方向を見るが吹雪で良く見えない。だが、うっすらと小さな黒い物が見えた。あれは建物の一部、なのだろうか。


『行ってみよう』


 ジョゼ達が頷くのを確認してから黒い物を目指して歩く。


 近づけば近づくほど何かの建造物であることが分かった。雪で覆い隠されているが、間違いないだろう。


 発火の魔法を使いながら、手で払うように雪を落とすと、金属が見えた。遺跡に良くあるヒヒイロカネだ。


 間違いない。ここだ、ここに魔王様がいる。


『この建物の周囲を確認して入り口を探してくれ』


 はやる気持ちを押さえながら、建物に付着した雪を落としていく。


 こんなことをせずに超火力の発火魔法で一気に雪を溶かすか? と思ったところでジョゼから念話が届いた。


『フェル様、こちらに入り口のようなものがありました』


 返事もしないまま、ジョゼがいる場所へ走る。雪で走りにくいが構ってはいられない。


 ジョゼがいる場所を見ると、雪が溶かされていた場所は少しだけ奥行があり、その奥には両開きの扉があった。厳重そうなヒヒイロカネの扉だ。


 そして手のマークがある。これはいつものヤツだろう。


 でも、私にここへ入れる権限があるのだろうか。イブのせいで「フェル」の権限はもうない。とはいえ、私の大半の権限は「魔王」としての権限だ。それはイブに奪われていないから大丈夫だとは思うが。


 寒さとは違う震えで手をマークに重ねた。


 ガコン、と大きな音がしたと思ったら、扉が地響きを上げて左右にスライドを始めた。扉に付着していた氷がバキバキと音を立てて扉から落とされている。


 開いた場所から中を見ると、通路になっているようだ。スライムちゃん達が全員いることを確認してから、中へと足を踏み入れた。


 その瞬間、通路の手前から奥のほうへ光が順番に付いていく。通路自体が薄く輝いているようだ。よし、どんどん進もう。




 ほぼ一本道の通路を歩いていくと奥に扉があった。扉に付いているプレートには何も書かれていない。中に入ろうと近づいたら、自動で扉がスライドして開いた。そして部屋の中に光が灯る。


 中を見ると、巨大な空間だった。百メートル四方はあるだろうか。


 何かの実験室だろう。以前魔王様を探していた時に発見した遺跡によく似ている。いくつもの訳が分からない機材や、水で満たされたガラスの円柱がたくさんあった。どれも稼働はしていないようだが、なんとなく不気味だ。


 もっと周囲を見渡そうとしたら、水に満たされた円柱の一つが光っているのが分かった。


 部屋の一番奥にある円柱だ。それに大きいし、円柱というよりは半分壁にくっ付いているから半円柱なのだろうか。


 ……よく見ると、その円柱に人が入っているように見える。


 瞬間的に駆け出した。


 ガラスの中にいる人物を見る。赤みが掛かった黒い髪、義手の右手、そして目を閉じていると儚げに見える顔。


 間違いない。魔王様だ。魔王様が水の中に浮かんでいる。


「ああ……魔王様、ようやく、ようやく見つけました……」


 フラフラとガラスの方へ近寄った。そして両手でガラスに触れる。目から涙が溢れた。


 ハンカチで涙を拭いてから、改めて水の中にいる魔王様を見た。


 魔王様は目を閉じたままで、近くで見てもまったく動きがない。髪の毛と着ている服がゆらゆら揺れているだけだ。良く分からないが、大丈夫なんだよな? そうだ、こういう時はアビスに確認しよう。


『アビス、聞こえるか? 魔王様を発見した』


 その言葉にアビスはすぐ反応した。


『はい、日記にその内容が書かれたのでこちらでも確認しています。さっそく魔王様の状況を確認しましょう。その辺りに接続可能なケーブルはありませんか? あったら小手に繋げてください』


 ケーブル……紐の事か。近くを少し調べると紐が見つかった。それを小手につなげる。


『接続を確認しましたので、調べてみます。少々お待ちください』


『ああ、よろしく頼む』


 数分後、アビスから『確認できました』と連絡があった。


『どうやらウィルスに侵された体の修復を行っているようです。ウィルスの繁殖力と修復がほぼ拮抗していまして、ほんのわずかにしか修復できていないようです』


『そうなのか? どれくらいでお目覚めになる?』


『それは……』


 アビスが言い淀んでいる。おそらく長い年月がかかるのだろう。私はそれを知るべきだ。たとえどんなに長かったとしても、私はそれを知る必要がある。


『アビス、言ってくれ。どんな答えでも私は大丈夫だ』


『……わかりました。おそらく五千年はかかります。魔王様自身の生命維持や体の修復、ウィルスの除去、それらを計算するとそれくらいかと』


『五千年? 想像もつかないな……そうだ、エネルギーというのは魔力の事だよな? 魔力を供給することで年数を早めることはできるのか?』


『それは無理ですね。魔王様のエネルギー理論は我々とは別物の様です。おそらく今のエネルギー理論の何世代か先をいっています。今の我々ではエネルギーの供給はできません。むしろその理論でなかったらイブのウィルスに勝てないレベルですね。一体どんな頭をされているのか……』


 アビスよりも頭がいいということか。さすが魔王様だ。


 でも、五千年……五千年か。私は五百年生きた。それを十回繰り返すわけだ。


 果てしなく遠い。魔王様は目の前にいると言うのに、その距離はまったく近くない。私は耐えられるだろうか?


 ……いや、私は魔王様にたとえ世界が滅びても待っていると約束した。なら何千年だろうと何万年だろうと待って見せる。


 魔王様が生きていて、五千年後に目を覚ます。


 それは絶望じゃない。希望だ。私の希望。時間は止まったり、戻ったりしない。ずっと進むだけ。五千年待つだけで魔王様はお目覚めになる。それでいいじゃないか。


 近くにいるスライムちゃん達を見た。


「五千年、私に付き合えるか?」


 ジョゼ達は笑顔で頷いた。


「問題ありません。五千年だろうが五万年だろうが、フェル様に付き従います」


 嬉しいことを言ってくれるな。ジョゼ達に「よろしく頼む」と言いながら頷いた。


 今度はアビスへ念話を飛ばす。


『アビス、お前にもあと五千年は私に付き合ってもらうがいいか?』


『仕方ないですね。相棒なので付き合いますよ』


『ああ、よろしく頼むな』


 私は一人じゃない。優秀な部下やサポートしてくれるダンジョンコアがいる。


 それにみんなが残した大事な物やソドゴラだってあるんだ。私にはそれを守ると約束した。


 五千年なんてあっという間だ。魔王様が目を覚ますまで、私はみんなとの約束を守りながら生きればいい。ただ、それだけだ。


 魔王様がいるガラスへまた手を触れた。


 魔王様。魔王様がお目覚めになる日をずっと待っております。魔王様は私を守ってくださった。ならこれからは魔王様が目覚めるまで私が守ります。安心してお眠りください。


 頭の中でそのように決意する。


 魔王様の儚げな顔がちょっと嬉しそうに見えたのは私の気のせいだろうか。


 まあいいか。


 よし、まずは転移門の座標登録だな。アビスの補助ですぐに行えるようになった。でも、もうちょっと掛かるようだ。終わるまでここに待機だな。


 登録が終わったらソドゴラへ帰ろう。今日はハーミアが新作料理をお披露目するとか言ってたし、緊張感がなくなったら寒くなってきた。暖かい物が食べたい。


 ……いや、今日は魔王様を見つけた素晴らしい日だ。みんなで宴会するべきだな。


「よし、今日は宴会をしよう。私の奢りだ。ジョゼ達も参加しろよ」


「はい。もちろん参加します。今日は一緒に踊りますか?」


「まあ、踊り出したいくらいの気持ちはあるな。踊ってやってもいいが、私の踊りについてこれるか?」


「笑止」


「おい……よし、いいだろう。魔力が吸い取られそうになると言われた私の踊りを見せてやるぞ」


 今日くらいは羽目を外して楽しまないとな。

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